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夜半の階梯 ―宵のハコブネ②―  作者: 朔蔵日ねこ
初恋

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初恋③

 十二月の街はクリスマス一色だった。駅前はイルミネーションで彩られ、ショーウインドウにはクリスマスツリーやリースが飾られ、どこの店に入ってもクリスマスソングが流れている。部活が終わった後は海斗と一緒に途中まで帰るが、以前はゲームの話ばかりだった海斗との会話も、半分ほどは海斗の彼女の話題だ。部活のない日には、瑞貴はやはり一人で帰っていた。

 瑞貴の家は父子二人だが、イベントの日は気が向けば瑞貴が料理を作っている。

(クリスマスも何か作るか……)

 十二月二十四日が終業式で、二十五日からは冬休みだ。千歳はいつものように二十五日にケーキを買って帰ってくるだろうから、瑞貴はメインディッシュを何か作るつもりだった。

 暁父山で行き遭い神が落としていった水色の子供の靴を見せた時、千歳は驚いて、珍しく少し動揺していた。暁父山で行き遭い神に二度遭遇したことを話すと、「そうか」とだけ、硬い表情で呟いた。靴は、しまわれていたもう片方と対になり、母の悠花の遺影の前に供えられている。年末年始は二人とも、秩父には帰らないことにした。結果、冬休みは特に予定はなかった。

 クリスマスの献立を考えながら、瑞貴が高校から駅までの道を帰っていると、不意にどこからか大きな声が聞こえた。はっきりとは聞き取れないが、女性の声で誰かを呼んでいるようで、間を空けて何度も繰り返されている。瑞貴が声の出所を探すでもなく歩いていると、住宅街の路地で大きなバッグを持った少女が右往左往しているのに出くわした。

「ラムちゃーん、ラムネー」

 少女は大きな声で呼びながら、ビルの脇の植え込みを覗き込んだりしている。

(あれって、もしかして……)

 犬か猫を探しているのだろうか。手に持った大きなバッグはキャリーケースだ。遠目からだが、少女の姿には見覚えがあった。瑞貴は少女に近付いて、声を掛ける。

「風見原さん」

 少女が勢いよく振り向くと、肩より短い黒髪が揺れる。長い睫毛に縁取られた大きな瞳が瑞貴を捉えた。相変わらず、眩いほどの美少女だ。

「上条くん」

「どうしたの?何か探してるの?」

「猫が逃げちゃったの」

 やはり、探しているのは猫だった。風見原小夜はキャメルのピーコートに白いマフラーをしているが、プリーツスカートからのぞく膝頭は少し寒そうだ。

「どんな猫?」

「三毛猫で、ラムネっていうの。ここの植え込みに隠れたと思うんだけど……」

 小夜は困惑した表情で瑞貴を見上げる。潤んだようなその眼に魅入られそうになって、瑞貴は慌てて目を逸らした。植え込みは、ビルを取り囲むように長く続いている。瑞貴は屈み込んで、植え込みの下を覗いてみる。

「ペットクリニックに連れて行った帰りだったの。キャリーの蓋が少し開いてて、そこから飛び出しちゃって」

「具合が悪いの?」

「ううん。鼠を捕まえて食べようとしてたから」

「鼠?猫って鼠を捕まえたりするもんなんじゃないの?」

「うちの庭師が育ててる特別な鼠だったの」

 猫を探して植え込みに沿って歩きながら、小夜は事情を話した。豪邸だけあって庭師を雇っているのか。しかし、特別な鼠とは一体何だろうか。

「あっ、あそこ」

 小夜が植え込みの下を覗きながら指をさす。確かに、少し先の植え込みの下で白っぽいものがガサガサと音を立てて動いているのが見える。逃げた猫を捕まえる時、姿が見えるのと捕獲できるのはまた別の話だ。

「何か、おもちゃとかおやつとか、ある?」

「あ、待って」

 小夜はキャリーケースのポケットを探り、小さい羽根のついた猫じゃらしとクッキーを取り出した。おやつが煮干しなどではなく、お洒落なクッキーであることにも、瑞貴は苦笑した。ついでにキャリーケースに入っていたタオルも借りることにする。

 そこから小一時間、瑞貴と小夜は猫の捕獲に奮闘した。猫は植え込みの奥をあっちに行ったりこっちに来たりして、なかなか捕まらない。最後は、おやつを食べに出てきた猫を、瑞貴が素早くタオルに包んで、どうにか捕まえた。

「すごい。上条くん、ありがとう」

 小夜は嬉しそうに礼を言って、猫に顔を寄せる。

「捕まえられて良かったよ」

「ほんとに。ねぇ、ラムちゃん、大変だったのよ」

 時刻は四時半を過ぎて、空が暗くなり始めている。小夜は猫をキャリーバッグに入れた。白い部分の多い三毛の、艶やかな毛並みをした大きな猫だ。

「さっき、特別な鼠を食べようとしたって言ってたけど……」

 瑞貴はキャリーケースのメッシュの蓋を透かして猫を見ながら言った。鞄に付けた懐中時計の猫目石は琥珀色のままであり、これは()()()猫だ。

「ええ。うちの住み込みの庭師が離れで飼ってる鼠を、ラムネが忍び込んで咥えちゃったの。鼠はすぐに庭師に取り上げられたから、たぶん生きてると思う。でも、大きくてあまり綺麗じゃない鼠だったし、眼が怖くて」

「眼が怖い?」

「そう。上条くんだから言うけど、なんだか人みたいに意志を持ったような、妖怪みたいな眼をしてたのよ」

 小夜の言葉に、瑞貴は動揺した。妖怪という言葉にも反応したが、上条くんだから、という言い方にもどぎまぎしてしまう。

「妖怪……少し視えるって言ってたもんね」

「うん。だから、その鼠を咥えちゃったラムネの体が心配になって、それでクリニックに連れて行ったの」

「そっか。その庭師って、どんな人なの?」

「よく知らないわ。お父様が雇って、庭に住まわせてるの。私は普段、あんまり顔を合わせないから」

「ふぅん」

 同じ家に住んでいる使用人でも、よく知らなかったりするのか。瑞貴は少し違和感を覚えたが、お金持ちの家というのはそういうものなのかな、と思い直した。

「ね。上条くん」

 首を捻って考え事をしていた瑞貴は、小夜に呼ばれてその顔を見た。小夜は整った顔に天使のような微笑を浮かべて、瑞貴に顔を近づける。

「えっ」

 ふわりと花のような香りがして、瑞貴は狼狽えた。

「私たち、三回も偶然に出会うなんて、運命だと思わない?」

「運命……」

 瑞貴は小夜の言っていることがうまく呑み込めず、ただ繰り返した。冗談と受け流すには、あまりにも純粋な瞳をしている小夜を見て、瑞貴は体が熱く火照るのを感じた。

「あの……えっ?」

「上条くん、私たち、お付き合いするっていうのはどうかしら」

 展開が急すぎて、瑞貴は頭がついていかなかった。返事をすることもままならず、混乱した表情をしている瑞貴を見て、小夜はくすりと笑う。

「もちろん、お友達からでもいいの。私、もう少し上条くんのこと、知りたいなって思ったの。だめ?」

 最後のだめ?のところで小首を傾げた小夜は、小鳥のように愛らしい。

「だっ……だめじゃないけど……っ。でも、なんで……」

「良かったぁ。ありがとう、上条くん」

 耳まで赤くなってしどろもどろになっている瑞貴の前で、小夜は屈託なく笑った。

「へ……?あ、こちらこそ……」

 何とも締まりのない返事になってしまったが、それでも小夜は喜んだ。早速、連絡先を交換したがったので、言われるままに瑞貴はメッセージアプリを開く。これが、クリスマス二週間前の出来事である。人生何が起こるか分からない、と瑞貴は思っていた。

※カクヨムでも同じ作品を掲載しています。カクヨムでは章ごと、なろうではパラグラフごとの掲載です。

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