初恋①
雄然との待ち合わせは、秋葉原のつくばエクスプレスの駅だった。秋葉原ほど大きな駅で携帯電話を持っていない相手と待ち合わせなんてできるだろうかと瑞貴は心配していたが、つくばエクスプレスの駅は思ったよりこぢんまりとしていて、なにより雄然は遠くからでも良く目立った。黒のトンビコートに深緑色のマフラーを巻き、コートの裾からは濃藍の袴が覗いている。ハンチング帽を目深にかぶった立ち姿は、大正浪漫風の情緒がたっぷりだ。そばを通る人が思わず目を奪われる中、涼しい顔をしている雄然に声を掛けるのは、瑞貴には少し勇気が必要だった。
「雄然さん、お待たせしました」
気後れしながら瑞貴が近付くと、雄然は振り向き、満面の笑みを浮かべた。
「おお、宝珠。時間通りだな」
笑うとなくなりそうな糸目は美男子とは言い難いが、桃泉堂の外で見る雄然の凛とした佇まいは、瑞貴も見とれるほど美しい。
二人が落ち合ってまもなく、ホームに電車が滑り込んできた。電光掲示板には『快速』と出ている。停車した電車からすべての乗客が降り、空になった車両に二人は乗り込んだ。つくばエクスプレスという名前から、瑞貴は特急のようなクロスシートの電車を想像していたが、ごく普通の電車だったので少し拍子抜けしていた。
「どこに行くんですか?」
七人掛けの座席の端に並んで腰掛けて、瑞貴が尋ねる。
「つくばだよ」
上機嫌に雄然は言うが、ほとんど答えになっていない。解せない顔をしている瑞貴に肩を寄せて、勿体ぶった笑顔のまま小さな声で付け足す。
「お前、あの髑髏を盗みに来た者のことを気にしておっただろ。その手掛かりを得るためにな」
「えっ、あの足の悪い男の人のことですか?」
「まぁ、何が分かるかは分からんがな」
にやにやしながら頓智のように雄然は言った。電車はほどなくして秋葉原の駅を出発し、柔らかな冬の陽光の中を走り出す。電車の座席はすべて埋まり、立っている人もちらほらいた。
「ん」
脇腹をつつかれて瑞貴が横を見ると、雄然が小さな銀紙の包みを差し出していた。左手には小さな黄色いミルクキャラメルの箱を持っている。
「列車の旅にはこういうのが付き物だろう」
瑞貴が受け取ると、雄然は自分もキャラメルを一つ取り出し、銀紙を剥いて口に入れた。雄然は口の中でそれをコロコロと転がし、右の頬と左の頬を行ったり来たりさせている。瑞貴も手の中のキャラメルの包装を剥いて、立方体に近い茶色の粒を口に含んだ。懐かしいような甘みが口の中に広がる。まるで遠足にでも行くように楽しそうな雄然の横顔を眺めながら、瑞貴はミルクキャラメルを味わっていた。
つくば駅を降りると、雄然は真っ直ぐにタクシー乗り場に向かった。雄然が東福寺、と行き先を告げると、ドライバーは「住所あります?」と言ってナビを操作し始めた。地元民ならすぐに分かるというような目的地ではないようだった。
タクシーが走り出すと、景色はすぐに市街地から貯水池や送電線の鉄塔が並ぶ空き地や水田に変化する。刈り入れの終わった水田は乾いた土が剥き出しで、遠景に見える冬枯れの木々が寒々しい。やがてタクシーは古い住宅がまばらにある曲がりくねった道を通り、十数分ほどで雄然の指定した寺の前に到着した。
瑞貴はてっきり東福寺に行くものだと思っていたのだが、タクシーから降りた雄然は寺には入らず、道を寺とは反対方向に向かって歩き始める。周辺は、だだっ広い畑地の中に戸建ての家が点在する田舎道で、薄曇りの中、気温は東京より数度は低く感じられた。時折、乗用車や歩行者が行き交うが、地元住民以外が訪れることは珍しいのか、怪訝そうに見て通り過ぎる者もあった。
「この家の裏だな」
道の途中で、雄然は左側に建つ一軒の家を見上げる。割合新しい普通の住宅だ。建物の前を通り過ぎ、壁を隔てた家屋の脇に、草が茫々と生えた空き地があった。冬なので枯れた下草の丈はそれほど高くはなかったが、雄然はそこに足を踏み入れる。
「えっ、そこ行くんですか?」
ともすると私有地かもしれない草地に遠慮なく入って行こうとする雄然に驚いて、瑞貴は言った。
「このすぐ先だ。早く来い」
悪びれず、雄然は手招きする。そして前に向き直ると、枯れ草を踏み分けて空き地の奥へと真っ直ぐ進んでいく。取り残された瑞貴は少し逡巡したが、意を決して小走りに雄然の背中を追った。
先ほど雄然が見上げていた家のちょうど真裏にそれはあった。家の庭から生け垣で遮られた野原に、低く土の盛られた塚のようなものがある。塚の真ん中には、南天の木が地面から何本もの細い枝を伸ばしていた。枝のそこかしこに赤い実を鈴なりにつけているが、葉は人の背丈より幾分高い枝の先端により密集している。瑞貴は塚の前で立ち止まった雄然の隣に並び、南天の木を改めて眺めてみて、初めてその異様さに気付いた。
「何ですか、これ」
南天の木の細い枝々の真ん中に卒塔婆が何本か刺さっている。
「滝夜叉姫の墓だよ」
「滝夜叉姫……」
「平将門殿の娘だ。歌川国芳の描いた『相馬の古内裏』の絵が有名だが、父の仇をとるために妖術使いになった姫君だな」
説明しながら、雄然は手にした麻の葉文様の信玄袋の中を探る。『相馬の古内裏』といえば、妖術でがしゃどくろを操る滝夜叉姫と大宅太郎光国が廃屋で対峙する場面を描いた浮世絵である。滝夜叉姫という名前を聞いて、瑞貴は何か嫌な予感がした。
「卒塔婆にある如蔵尼というのは、滝夜叉姫のことだ。この辺りでは滝夜盛姫とも呼ばれているようだが」
よく見ると、南天の木の根元には丸い石に囲われて線香皿が置いてあり、カップ酒も供えられている。何かが祀られていそうだということはかろうじて分かるが、何もない空き地の真ん中にポツンと佇む低木に、何の説明もなく枝に紛れて卒塔婆が突き刺さっている様子は、知らずに目にしたら禍々しさすら感じる代物だ。
雄然は信玄袋から取り出した一束の線香に燐寸で火を点ける。辺りに甘く優雅な白檀の香りが立ち込めた。雄然は煙の立つ線香を掲げて塚の前に進み出ると、それを線香皿に恭しく供えた。
「雄然さん、まさか……」
塚の上に屈んだ雄然の背後から瑞貴が言い終わらないうちに、薄く立ち昇った線香の煙が光を孕み始める。細い線状の煙から発した光はゆっくりと大きく広がり、南天の木全体を包み込むように輝いた。雄然は立ち上がり、二、三歩後退りつつも、にこやかに微笑んで光を見守っている。瑞貴は眩しさに目を細めた。
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