地下鉄の狂骨②
行き先は、地下鉄東西線の茅場町駅だった。学校を出て、瑞貴が使っている駅まで壱流とともに歩く。いつも途中まで一緒に帰っていた海斗には最近彼女ができたので、別々に帰ることが多くなった。文化祭の係の仕事をしていて、文化祭実行委員だった同級生と仲良くなったらしい。瑞貴としても邪魔をしたくはなかったので、部活の日以外は一人で帰ることにしていた。なので、今日、壱流に誘われても特に困ることはなかった。駅へ向かうまでの道すがら、壱流は今日の目的を話し始める。
「これは、父ちゃんが受けた依頼なんだけどさ。霊媒師の修行の一環で、調査して報告しろって言われたんだよね。依頼人は五十歳くらいの会社員なんだけど、地下鉄で幽霊に追いかけられてるんだって」
「追いかけられる?」
「そう。その人は、東西線に乗って通勤してるんだけど、大手町や日本橋の辺りから茅場町の駅まで、毎日、幽霊が電車と並走してついてくるんだって」
壱流と瑞貴は近道である住宅街の路地を通って駅まで向かう。裏道なのでそれほど人通りは多くなく、二人の会話を聞く人もあまりいなかった。
その依頼人の男性が初めて幽霊を見たのは、二ヶ月ほど前だった。朝の混雑した車内で扉側に体を押し付けられ、否応なく窓の外に目を向けていた時だった。東西線のその区間の線路は上下線が同じトンネル内にあり、区間の一部には仕切りがない場所があり、逆方向へ向かう線路が見える構造になっている。その反対側の線路に、一瞬ではあったが明確に、ぼうっと白く光る人影が見えたのだ。依頼人は、しまったと焦ったが、遅かった。目が合ってしまったその白い人影は、その瞬間からすごい速さで電車を追いかけてきたのだ。いや、電車をではない。依頼人をだ。他の乗客には見えていないらしく、誰も見向きもしない上に、幽霊は明らかに依頼人のいる車窓にぴったりと並んでいた。幽霊は、駅のホームやすれ違う車両があると、それらをよけて時々見えなくなるものの、依頼人の降りる茅場町の駅まで執拗についてきた。駅に着いた時にはホームに遮られて見えなくなっていたが、その日から幽霊は男性が東西線に乗るたびに現れるようになったのだ。現れる場所も、大手町の手前からついて来ることもあれば、日本橋を過ぎてからのこともあった。帰りも同様に、茅場町を出てすぐに現れ、しばらく電車と並走する。ただ、電車の中から見えるだけで、その区間を離れれば姿を消すため、男性はしばらく様子を見ていた。
ところが、たまたま残業で帰りが遅くなった日、男性が茅場町の駅のホームで電車を待っていると、ホームドアの下に人の手が見えたのだ。青白い肌に爪が黒く変色した二つの手が、ホームを這い上ろうとしてその縁に手をかけていた。視線を逸らすことができず、金縛りに遭ったように男性が凝視していると、二つの手の間から、ゆっくりと顔が上がって来るのが見える。黒目のない眼。男性は息ができなくなった。そこへ、ホームに電車が入ってきて、一瞬のうちに人影は消え去った。なんとか正気を取り戻した男性は、慌てて霊媒師を探して除霊の依頼をしてきたのだ。
「ホームからなかなか上がってこないところをみると、たぶん線路の地縛霊だと思うんだけど」
と壱流は言ったが、なにか納得がいかないらしく、語尾を濁す。
「でも、ひとつ引っかかることがあってね。その幽霊が現れる時に、いつもそばにもうひとつ、一回り大きい人影が見えるらしくて」
「幽霊に仲間がいるってこと?」
「仲間っていうか……どうも、そいつが幽霊に、依頼人を追いかけるようにけしかけてるみたいなんだ」
地縛霊をけしかける存在。少し話がややこしくなってきた。
「で、そいつはひょっとすると、怨霊じゃなくて、何らかの妖魔なんじゃないかと思ってさ。妖魔なら、瑞貴の領域でしょう」
そう言って、壱流は人懐っこい笑顔を瑞貴に向ける。領域と言われても、瑞貴は別に妖魔を退治できるわけではない。しかし、壱流の言いたいことは見えてきた。
「でも、他の乗客に見えないってことは、僕たちにも見えるかどうか分からないんじゃない?」
駅に着いて、改札への階段を降りながら尋ねる。瑞貴の疑問に壱流は暫し考え、答えた。
「怨霊が姿を見せるのは、恨みを持った相手か、視える体質の相手、つまり、オレや瑞貴みたいに霊感のある人間なんだよ。もちろん、みんなを怖がらせたい愉快犯みたいなのもいるけど、大抵は、何か伝えたいことがあって化けて出てくるものだから。そのメッセージが解りそうな相手に姿を見せるんだ」
「ふーん。じゃ、その依頼人にも、恨まれてるとか、そういう心当たりがあるんじゃないの」
「んー、除霊の依頼をしてくる人がみんな正直にそれを話してくれればいいんだけどね。だいたい、何かしら都合の悪いことだったりするから……」
苦笑する壱流の横顔を見て、人間と怨霊の両方を相手にする霊媒師は大変なんだな、と瑞貴は思った。除霊の依頼をしてくる客なんて、一筋縄ではいかない相手ばかりだろう。
「それに、これ」
壱流が制服のポケットから取り出したのは、お年玉の点袋ほどの大きさの和紙の包みだった。
「これ、依頼人の髪の毛を預かってきたんだ。これでおびき寄せれば、きっと出てくるよ」
得意気に言って、壱流は包みを再びポケットに収めた。
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