地下鉄の狂骨①
「じゃ、父さんは先に出るよ」
支度を終えた千歳が、瑞貴に声を掛けて玄関に向かう。
「うん。今日はどっち?」
「民保協の方だよ。帰りはそんなに遅くならないと思う」
「分かった」
千歳は無事に、民保協の臨時研究員になった。対妖怪研究のキャリアを持つ研究者なんて、世界広しといえど、そうそう見つかるまい。民保協は二つ返事で千歳を採用し、お陰で六花と蒼のバディも解消されずに済んだ。千歳は仕事を掛け持ちすることになったが、本職の方ではすでに管理職であり、後輩研究員に任せられる仕事も増えている。むしろ、自分の好きな研究を、それなりの研究費を得てできる分、生き生きとしていた。
機嫌よく出掛けて行った千歳に遅れて、瑞貴も登校の支度をする。今日は二学期の中間テストの最終日なので、学校は昼までだ。月曜日なので部活もない。瑞貴は千歳が作っておいてくれた弁当を冷蔵庫に入れ、一緒に置いてあった匂い袋だけを取り、鞄に入れた。これは、千歳が作っているいわゆる魔除けなのだが、常に少しずつブレンドを変えているらしい。テストの問題がスラスラ解けるようになるハーブがあればいいのにな、と思いつつ、瑞貴は家を出た。
部活の朝練がある日と同じ時間の電車に乗ったので、学校には早く着いた。教室にはまだ数人しか生徒がいない。瑞貴が自分の席で、英単語の最後の暗記をしようとしていた時だった。
「瑞貴ー」
教室のドア付近から、少し甲高い男子の呼ぶ声がする。振り向くと、E組の那珂川壱流が手招きしている。瑞貴が席を立って壱流に近付くと、彼は瑞貴の袖を掴んで廊下に引っ張り出した。
「瑞貴、今日の放課後、時間ある?」
「どうしたの」
「ちょっとさ、付き合ってほしいところがあって」
茶色くブリーチした髪を後ろで結んだ壱流の体は、ひょろっと痩せていて折れそうだ。人気のない教室の前で、壱流は声をひそめてそう言った。彼の父親は霊媒師、母親は占い師であり、彼自身も霊媒師の卵である。そして、学校では唯一、瑞貴が宝珠であることを知っている友人だった。
「妖怪絡み?」
「それがさ、ちょっとよく分かんなくて。相談に乗ってほしいんだよね」
「分かんないって?」
「怨霊なのか妖怪なのか、ってこと。だから、一緒に来て見極めてほしいんだ」
捉えどころのない壱流の話に瑞貴が即答しないでいると、壱流は懇願するように言う。
「百鬼夜行の時に平将門公の怨霊を呼び出したことが父ちゃんにばれて、大目玉を喰らったんだからね。貸しひとつだよ」
「……ごめん。分かったよ」
百鬼夜行を起こす時、妖怪を統率する頭領となってもらうため、壱流に無理を言って首塚で平将門の怨霊を召喚してもらったのだ。うまくいったから良かったものの、日本三大怨霊の一人である平将門を呼び出すのは大きな賭けだった。しかし、それがなければ百鬼夜行は成功しなかったので、確かに壱流には恩がある。瑞貴が承諾すると、壱流は安堵したように八重歯を覗かせて破顔した。
「じゃ、終礼終わったらね」
言い残して、壱流は自分の教室へと踵を返した。今日のテストは三科目で、これが終わればひと段落だ。無事に終われば良いのだが。瑞貴も自分の席へと戻り、英単語の暗記を再開した。
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