プロローグ
鹿威しの音が、ほんのり秋を感じさせる空に高らかに響く。隅々まで手入れの行き届いた、木々が行儀よく茂る庭に面した旧い造りの日本家屋。硝子戸の開け放たれた和室からは、すじ雲が長く尾を引く青空が見え、その下に遠く立ち並ぶ高層ビルが望めなければ、ここが都会の真ん中であることを忘れるほどの静けさだ。
和室には、銀縁の眼鏡をかけてきっちりとネクタイを締めた初老の男と、高校の制服姿の美しい少女が向かい合って座っている。
「小夜……」
男は少女に呼びかけた。オールバックにした髪には白髪が混じり、眉間に深い皺の刻まれた顔にはどことなく翳がある。
「やっとお前を養女に迎えることができた」
「はい、お父様」
透き通るような白い肌に、肩に届かない長さの黒髪。黒目がちの大きな目と端正に通った鼻筋。非の打ちどころのない美少女は、言葉少なに微笑んだ。
「ありがとうございます」
畳に指をつき、深く頭を下げたその顔は、しかし、十五、六の少女とは思えないほど妖艶な表情を浮かべている。
男は頷き立ち上がると、片方の足を引き摺るようにしながら、ゆっくりと部屋を後にした。
和室に一人残された少女は、自分もまた立ち上がり、物憂げな様子で縁側近くまで歩み寄り、柱に背を預けて庭先を見下ろす。秋の気配が控えめに訪れている庭には、時期を過ぎて枯れかけた百合の花。そのしおれた花びらを、彼女は愛おしげに眺めた。
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