単独踏破
旧西風ダンジョン。
等級にてD級という、決して難易度の高く無い低級ダンジョン。
しかし、それでもダンジョンだ。
危険なモンスター達が複数存在し、いつでも命の危機が背中に張り付く環境。
そんな環境を、無能と蔑まれた少年が進んでいる。侵入者を喰らおうとするゴボルト達を瞬く間に斬り裂き、進む。
その顔にはモンスターに対する恐怖など無く。
"自分は一体どこまでいけるのだろう"という純粋な興味だけがあった。
『ギャアアア!?』
『グァァガァ゛!?』
少年はその端正な顔立ちにいっぱいの喜びを浮かべ、興味の赴くままに進んで。
進んで。
進み続けて。
「……来た」
そうして、遊魔綾人は遂に辿り着いた。
旧西風ダンジョン、その最奥。
強敵の棲家に。
▪︎
ここに辿り着くまでに、使った怪物はハバリ一体だけ、それ以外に使う必要がなかった。
ハバリとの『接続』は予想以上に強かった。
他の何も必要としない程に。
「ステータス」
そう呟くと、見慣れた半透明の板が遊魔の目の前に現れた。
【遊魔綾人】 (接続:特攻兵 ハバリ)
レベル:8
職業: 怪物創造師 兵士
体力 62/62 (+20)
攻撃 13(+15)
防御 19(+35)
敏捷 20(+15)
魔力 10(+0)
魔防 0(+5)
現存魔力 23/30
【スキル】 『怪物使役』『接続』
──────────────────────
「は、ははは….」
これは、凄い。
レベル3であったはずの自分が、一気にレベル8にまで上がっている。レベル3に上がるまでに二年も費やしたと考えると、あり得ないほどの飛躍だ。
「この力なら…」
遊魔の頭に、無数の記憶が鮮明に蘇る。
それは"無職"として生きてきた、苦い記憶。
『こんなに何もできない奴見たことねぇ!!』
『なんで貴方はこの学園に来たの?なにも出来ないくせに……』
『底辺は底辺らしく、這いつくばってればいいのにさぁー』
弱いから仕方がない、才能が無いのだから仕方がない。そう自分に言い聞かせて、言い聞かせ続けた。
腹の奥から頭までせり上がるような、羨望と憎しみに蓋をして生きてきた。
そんな生きたは、もうやめだ。
「さぁ────始めよう」
我慢するのはもうやめだ。
蓋をするのはもうやめだ。
足元に纏わりつく不気味な冷気を意に介さず、その棲家の扉を開けた。
▪︎
扉を開けてまず始めに目に着いたのは、その広さ。
ダンジョンにしては高い天井に、半径が50メートルほどありそうな空間。ゴツゴツとした岩壁に、動物の骨らしきものが地面に散らばっている。
「あっ!」
そんな部屋の中心に、───居る。
少し灰色の混じった白の毛色に、自身の何倍もありそうな巨躯。二つの金色の眼が、はっきりと遊魔を捉えた。
『グォォォォオオオオオ!!』
旧西風ダンジョンのボスモンスター。頭目の牙がその咆哮を上げた。
「っ!『接続』──ハバリ!!」
咄嗟にハバリと接続し、その手に鋭い爪を生やして前を見据える。
既にウォーファングは距離を詰め、爪を振り上げていた。遊魔は腕をクロスさせ、強化された膂力で受け止める。
(ぐ!?お、重い…)
ウォーファングはその巨躯に見合った膂力を持っていた。レベルを上げ、接続をしても尚押されている。
ミシミシという嫌な音が腕から鳴る、このままではまずい────!!
「チィ!」
「グァァ!?」
腕で受け止めつつ、ウォーファングの腹目掛けて蹴りを繰り出し距離を離す。ウォーファングは二、三歩後退するが、大したダメージは喰らっていない。
(正面から挑んでも埒があかない……なら、正面じゃ無く、複数方向から!!)
次に遊魔がとる行動は、変化球。
真っ向勝負を挑んでもダメだと悟り、岩壁を走りながら距離を詰める。
防御の次にステータスの高い敏捷を生かし、多方向から攻め続ける。
「よいしょぉお!!」
『グギァァアア!?』
左、右、上から下。
突如加えられた三次元的な動きに、ウォーファングは追いつけていない。遊魔はその鋭い爪で、目の前のモンスターを斬り刻む。
その肉は分厚く、生半可な攻撃を通さない鎧であったが幾度となく繰り返される攻撃は、少しずつ。だが確実にダメージを与えていた。
『グァァアアア!!────』
(──っ!?何か、不味い!!)
そんな現状を打破すべく、怪物は切り札を使う。自身がこのダンジョンの王たる所以────。
その爪がギラリと、鋭い光を放った次の瞬間。
「!?」
遊魔の身体が勢いよく岩壁に叩きつけられ、その周りには大きな爪痕がついていた。
▪︎
ギルドから公開されている情報によると旧西風ダンジョンのボスモンスターは、ゴボルト。
頭目の牙と呼ばれる上位種のゴボルトらしい。
その体躯は他のゴボルトより数倍も大きい、数にして約3メートルの巨躯。
より鋭い牙と爪で獲物を切り裂く。
遠くにいる獲物であっても逃れることは出来ない。ウォーファングはその爪に斬撃を飛ばす力を持っている。
巨躯と、飛ぶ斬撃。この二つがウォーファングの主な強みである。
この強みから、実はウォーファングの得意とする領域は近接戦では無い。
真に得意とするのは、中距離。
斬撃を飛ばし、冒険者を近寄らせずに疲弊させ、焦った冒険者の隙を狩る。
それがウォーファングの戦法であった。
故に、遊魔は対抗策を用意していた。
「ぐぅ……」
よろけながらも立ち上がり、真っ直ぐ、獰猛な笑みを浮かべるモンスターを見据える。
やはりギルドからの情報通り、ウォーファングは遠距離技を持っていた。
範囲は広く、攻撃力も高い。これを連発できるとすれば、攻撃はおろか、近づくことすら難しいだろう。
ならばどうするか。
簡単だ、こちらも遠距離から攻撃すれば良い。
遊魔綾人にはできる、遊魔の創る怪物にはそれができる。
「『接続解除』!───続けて『接続』!」
自らの怪物を降ろし、新たな怪物をその手に掴む。
その名は────
「───聡明なるラーヴァ!!」
海月のような体に、大きな一つ目が浮かんだ異様な姿。
この怪物こそ遊魔の対抗策であった。
(怪物創造師のジョブを検証して分かった───『接続』は一度に一体しか使えない!)
故にハバリを捨て、ラーヴァをセットした。
そうするまでの価値が、ラーヴァには有る。
それは、魔法が使えるという点。
「『水球』!!」
そう唱えた瞬間。遊魔の周囲に複数の水の球が現れ、ビュンと空気を切り、ウォーファング目掛けて飛んで行く。
水球の水はただの水では無い。魔力で創り出され、その硬度を強化された水弾なのだ、まさにその威力は鉄球が高速でぶつかるようなもの。
『ガッ!?グギャアア────!!?』
咄嗟のことに反応できなかったウォーファングの両眼を、水球はいとも簡単に圧し潰した。
目玉が潰れた激痛と、視界を奪われた恐怖で錯乱するウォーファング。その隙を逃す遊魔では無い。
「『水球』、『水球』、『水球』っ!!」
『ガッ、ゴォ゛ギャアァ!!』
水球を連打して、その身体を的確に壊す。始めのうちは斬撃で撃ち落とそうとしていたウォーファングも、遂に動けなくなっていた。
「──とどめだ、行け、ハバリ」
自らのジョブを検証して分かったこと二つ目、接続時でも違う怪物を使役することが出来る。
魔法を撃ち続けながら、ハバリでとどめを刺す。
普段のステータスなら魔力が足りずできなかったが、ラーヴァと接続し、魔力が増えた今なら、それが可能だ。
『ガッ……ゴォ…』
そうして遊魔は、ウォーファングの動きを完全に封じたまま、単独討伐を果たしたのだった。
「……やった……やったやった!!」
少し遅れて、遊魔に訪れたのは圧倒的な達成感。
ダンジョンの単独踏破。
それは遊魔が憧れてやまないものであり、同時に一生達成することのできない目標でもあった。
"無職"の自分には出来るわけがない。
そう言い聞かせていた夢が、目標が遂に叶ったのだった。