怪物誕生
『これは…職業、怪物創造師?』
『なんだ!?そのジョブは…』
『見た事も無い!…まったく新しいジョブだ!』
確か、七歳になった頃。市のジョブ診断にて、そう言われた。
そのジョブは物珍しかったようで、周囲の大人がうるさかったのを良く覚えている。
そして、そんな珍しいジョブが自分の物だと分かって────ひどく喜んだことも、良く覚えている。
ああ!このジョブで僕は何ができるんだろう!!
どれほど強いモンスターを倒せるんだろう!!
そんな淡い期待を胸に抱いて、未来を夢見て、怪物創造師がどんな適性を持っているか、診断結果を心待ちにしていた、周りの大人達もどんな適性があるか、多大な期待を持っていた。
その期待が、直ぐに失望に変わったことは────当然、良く覚えていた。
チュンチュンと、うるさい小鳥の囀りに目を覚ました。
丁度窓から眩しい太陽光が、起きたばかりの遊魔の顔を染めている。目の下は赤みがかっており、頬には薄い涙の跡が残っている。
自身の惨めさを、これでもかと知らしめているようだ。気に入らない。
「いつまで夢に見てるんだ……僕は」
見るなら過去じゃなくて、今だろう────。
幸い、今日は休日。ダンジョンに潜るには適した日だ。
今日こそは強くなると決意を固め、遊魔は歩き出した。
「はぁぁぁ!!」
『ギャ!?ギュアぁ゛ー!?』
手慣れた動きで剣を振るう。戦う相手はゴブリン。言わずと知れたダンジョン上層のモンスターだ。
スライムと並び評される、最弱のモンスター、その程度であればどんな冒険者でも軽々倒す事ができる。
「はぁ……はっ、はっ……」
ただし、それはまともなジョブを持つ冒険者であったらの話だ。『怪物創造師』のジョブは如何なる適性も与えない。
故に遊魔は、自分自身のステータスに頼るしか無い。故に、ただのゴブリン一体を倒すのにですら苦戦する。
『『ギャッギャッ』』
「う……四匹か…」
いつの間にかゴブリンに囲まれて、逃げ場を失っていた。しかしこんな状況であっても、遊魔の目は死んでいない。
「うぁぁぁ!!」
『ギャアアアア!?ガァ──!!』
背後に回られないように警戒しながら立ち回る。
前のゴブリンを斬りつけ、怯んだら別のゴブリンへ、時には顔面を殴りつけ距離を離す。
(よし!……今のところ上手く戦えている!!)
背後を取られるという不安要素を徹底的に排除するその戦い方は、多対一において完璧と言える動きであった。
攻撃力も速度も足りていないが、それでも戦えている、こちらが押している。現に四匹いるゴブリンのうち一匹を斬り倒したところだ。
遊魔に希望が宿る。
いける、勝てる。
ここを切り抜ける事ができる!!
目の前に映るのは、こちらを向いている一体のゴブリン。その頭、激しい敵意を持った目で睨みつけているが、それだけだ。
相手はまだ攻撃の準備中。対して遊魔は既に剣を振るっている。このまま首を斬り落とせば、後に残るのは大きくダメージを負ったゴブリン二匹だけ。
そのまま、遊魔は剣を振り切ろうとして、そして────。
ぱきん、と音が鳴り、遊魔の剣がへし折れた。
「────え?」
『──ギャ♪』
ゴブリンの顔に歓喜が宿る。その顔はまさに怪物に相応しい、邪悪にして殺意の籠った笑みだった。
「ごお゛ぉ!?───」
ゴブリンに蹴り飛ばされ、遊魔の身体が大きく吹っ飛ぶ。ダンジョンの岩壁に叩きつけられ、とうとう逃げ場を失った。
『『ギャアぁー♪ゴブブ♪……』』
ゴブリン達が愉快そうに笑い、遊魔に近づく、ひたひたと足音を鳴らし、近づいて来る。
「が……は、ぁぁ……」
愉快そうなゴブリンとは対照的に遊魔の顔は絶望に満ちていた。
あれほど勝てそうだったのに、剣が折れていなければ、勝てたのに。
腕も、脚も、もはや動かない、このまま自分はゴブリンに殺されるのだろう。
ああ、自分に、まともなジョブさえ有れば、適性さえ有れば────変わったのだろうか?
この絶望的な現状は、起こらなかっただろうか?
きっと、そうだ。
『剣士』のジョブであればあのゴブリンの頭を切り飛ばせたはずだ。『魔術師』のジョブであれば遠距離から倒せたはずだ。
そもそも、なんの適性も無い、怪物創造師ジョブでさえなければ、クラスの生徒数人とパーティを組めたはずだ。
"無職"と蔑まれること無く、パーティを組めたはずだ。
そうすれば、こんな事になってなかった。
「ははは……ははははは!!」
気付けば、口から笑いが溢れていた。
だって、そうだろう。
今思った全てが"だったら"の無いものねだりだ。
──見るなら過去じゃなくて、今だろう──。
そんな考えはどこに行ったのか、あまりにも惨めで、情けなさ過ぎる。
そして、こんな状況であっても奇跡を願う自分自身を笑ったのだ。
【怪物のソウルを合計100個取得しました、『怪物創造』に移りますか?】
「───え……?」
そして、奇跡は訪れた。
これは一体、どういう事だろうか。
【現在、初回限定サービスにより、現実世界の物理的時間は停止しています。心ゆくまでお選び下さい】
遊魔の頭に鳴り響く、無機質な機械音が、その質問に答えてくれた。
辺りを見渡せば真っ白な空間で、自分以外には誰もいない。
さっきまでダンジョン内部にいたはずなのに。
目の前には、青白い光を放つスクリーンが映っている。
その中には、見た事も聞いた事も無いモンスター達。
「なんだ?このモンスター……」
【これらは、現在貴方が《《創造》》できるモンスター達でございます、貴方が今までの冒険で集めてきたモンスターのソウル。それを必要数支払う事でモンスターを創造する事が可能です】
「うぉわ!?」
またもや頭に鳴り響く機械音が、丁寧に説明してくれる。
つまりは、『怪物創造師』のジョブはその名の通り、モンスターを創造できるジョブだった。そういう事なのか…?
【正解です。創造したモンスターは貴方の支配下に入り、貴方の命令に従う"仲間"となります】
「っ!?」
それは、凄い…!!
自分だけで戦力を増やせるジョブは貴重だ。
怪物を造るだけで無く、使役さえも可能とは…
【創造、しますか?】
「──ああっ!!」
そうとなれば話は早い。
スクリーンを指で操作しながら、創り出すモンスターを選ぶ。何度もスクロールしながら、選択する。
そして、創り出すモンスターが決まった。
【特攻兵 ハバリ】
属性:闇
種族:ダーク・モンスター アンデッド
職業 ソルジャー
体力 20
攻撃 15
防御 35
魔力 0
魔防 5
──────────────────────
生成コスト 怪物のソウル:闇 3個
しいて言えば、初めて目についた人型のモンスターだったから。幾ら使役が可能といえ、いきなりゴブリンやゴボルト系統のモンスターを創るのに抵抗があったから。
【特攻兵 ハバリでよろしいですか?】
「ああ、よろしく頼む」
【────生成、完了】
ピロリンと、通知のような音が聞こえ、モンスターの生成が完了した。
▪︎怪物のソウル
遊魔がモンスターを倒した際、入手できるアイテム
実体は無く、ただ数値として溜まっていくだけなので遊魔自身、その存在に気付かなかった。