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人生は先がわからないというのは本当だ。
その 数日後、ブラワ親方が税金未納のために逮捕された。長年、滞納していたのが、見つかったのだ。
やり方があくどいとわかって、曲芸団が解散させられることになってしまった。
その日、団員はひとりひとり呼ばれて、警察から事情を聞かれた。わたしは年少なので、尋問は一番さいごだった。
ようやく解放されて、元の場所に戻ったら、もうテントはなくて、わたしの荷物だけがぽつんと残されていた。
その上に、赤いリボンの髪飾りが置いてあった。
「さあ、行こう」
とサイルスが馬を引いて、迎えに来た。
「おれ達ふたりの将来が、今日から始まるんだよ」
わたしはなぜか悲しい気持ちになって、下を向いた。
「うれしくないのかい」
「わからないの」
「うれしいことばかりだよ。おれ達は、結婚して家を買って、子供を育てよう」
サイルスが腰を曲げて、わたしの唇にキスをした。
その時、想像していたのとは違って、うれしくなかったどころか、いやな感じがした。
「わたし、行けないです」
「どうして」
「だって。カナカはどこ?」
「やっぱり、ミアンはカナカが好きなのか。カナカは馬から落ちたから、もう演技ができないんだぞ。どうやって暮らしていくんだ」
その時、わたしは思い出した。あの馬が走りだした時、サイルスが馬の耳に何かささやいていたことを。
「あの時、カナカが馬に乗った時、どうして急に走り出したの?」
「知らない。勝手に、走りたくなったんだろ」
「どうして馬を止めてくれなかったの。サイルスのいうことなら、何でも聞いてくれるんでしょ」
「そうだけど……」
サイルスが白い顔をして、ポケットから紙幣を取り出した。
「やっぱり、おまえ達……、おれがカナカをおまえから遠ざけてやろうと思ったんだよ。あいつがあんまり、おまえにしつこいからさ。ちょっと痛めつけてやろうと思っただけで、あんな大けがになるとは思わなかった」
「ひどい。サイルス、あんたがやったんですか。それをこのお金で、つぐなおうというわけですか」
「違う。これは、カナカが去る時に、置いていったんだ。おれとおまえで幸せになれと言って」
*
わたしはカナカを追いかけた。
どこまでも続く一本道。
「カナカ」
足が悪いのだから、そんなに遠くには行っていないはず。
ようやく林の向うに、カナカの背中が見えた。
「カナカ」
わたしは髪の赤いリボンをひらひらさせながら、懸命に駆けて行った。
「カナカ」
「あ、ミアン、どうしたの」
カナカがようやく振り返った。「なんだか声は聞こえていたんだけど、空耳かと思っていた」
「空耳じゃない。わたしの声だよ。聞こえたら、ちゃんと止まって。返事をしてよ」
わたしはカナカの前に立って、道をふさいだ。わたしは走りすぎて、もう息ができない。
「わたし、バネはあるけど、持久力がないのくらい、知っているでしょ」
わたしはハァハァ言って、地面に座りこんでしまった。
「ミアンはサイルスと一緒に行かないとだめじゃないか。サイルスはいい子だから、行って、ふたりで幸せになりなさい」
「幸せって、なに」
「幸せって、好きな人と結婚して、子供を産んで、普通にくらすことだろ」
「うん。わたし、幸せになりたいよ」
「そうだよ、幸せになるんだよ。ミアン、行きなさい」
「いやだ」
「どうして」
「わたし、カナカと幸せになるんだもん」
「何、言ってんの、この子は」
「わたし、カナカと幸せに暮らすんだもん」
「私とでは、幸せに暮らせないさ。ばかだね」
「そんなこと、勝手に、決めないで。わたしはカナカとなら、幸せになれるんだよ」
「こんな足が悪くて、仕事もなくて、大きくて、いっぱい食べて、ブスで、」
「他になにかある?」
「えーと、あんたより5歳も年上で、ブスで」
「ブスは2度目。そのこと、よっぽど気になっているらしいけど、カナカはブスでないし、たとえブスだとしても、それ、わたし、全部、好きだよ」
「サイルスのほうがいいってば」
「カナカのほうがいいんだって。ううん、そうじゃない。カナカじゃなくっちゃ、だめなの」
カナカが地面に座っているわたしを両手で起こした。
「しようがない子。ミアンったら、本当に変わっている」
カナカが泣きそうな顔をした。
わたしはその涙に気がつかないふりをして、カナカの背中にくっついた。
わたし、この海みたいに大きな背中の人、大好き。
わたしの帰る場所は、ここ。ずっと前から、決まっていた。