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カナカが足をねん挫して、しばらく演技ができなくなった。
治るまでの間、サイルスと組むことになった。
わたしは朝起きると、微笑んだ。
だって、サイルスと練習をするのが楽しくてならないのだから。
ふたりで新しい芸をいくつも考えて、何度も試した。
それからサイルスが相手だと、彼のほうがカナカより脚力も腕力も強いので、もう少し食べることができたし、身長が伸びるのも、そんなに心配しなくてよかった。
ある日、本番を終えてから、カナカの部屋に行くと、そこには誰もいなかった。外を探してみると、テントから離れた大きな木の下で、カナカが歌を歌っていた。それが明るい歌だったから、カナカがもう悲しい思いをしていないとわかって、うれしかった。
「カナカ、歌が上手なんだね。知らなかった」
「私の歌、うまいと思う?」
「とても」
「仕事になるかな」
「どうして」
「足はもうだめみたいだから、そのうちに、追い出されるだろう。だから、これからは、歌で食っていこうかなと思って」
「足はだめって、どういうこと?もうすぐ治るんでしょう?」
「歩けるようにはなるかもしれないけど、もうあの演技はできない。そんな身体で、ミアンを落としてしまったら、大変じゃないか」
落とされてもいいよ、なんて言えないから、 わたしは泣いた。
「こっちにおいで」
カナカが編みかけの赤い髪飾りをわたしの髪につけてみた。
「うん。よく似合う。かわいい」
わたしが突然、笑い出した。
「どうして笑う?」
「だって、カナカが初めて、かわいいって言ってくれた」
「そんなこと、言った?変な子」
カナカはもとのカナカに戻ってしまった。
「これ、わたしのために作ってくれているの?ああ、わたしのコスチュームが赤だから」
「それは……」
その時、サイルスの声が聞こえた。わたしの名前を呼んでいる。
「サイルスだね」
「うん。きっと、また新しい技の打ち合わせだよ」
「そうかい。行っておいで」
*
「ミアンに話があるんだけど」
サイルスが緊張した顔をしていた。
「はい。難しい技の話ですか」
「いいや、そうじゃなくて」
「なに」
「もっと大切な話だ」
「大切な話?」
「将来のことだよ。おれはこの曲芸団を抜けて、独立しようと思うんだ」
「そんなこと、親方が許してくれるんですか?はいる時に、契約金とか、もらったんでしょ」
「だから、そっと抜け出そうと思うんだけど、一緒に来ないかい」
わたしはすっかり驚いて、まばたきを忘れた。
「ブラワ親方が稼ぎをひとり占めしているのを知っているかい」
「噂では、聞いたことがありますけど」
「あれは本当だよ。こんなところで、いつまでも、奴隷みたいにこき使われてはいられない」
「ここを出て、どうするの?別の曲芸団にはいるの?」
「いや。ミアン、おれと組んで、芸をしよう」
「ふたりで」
「そうだよ。ふたりでやったら、稼ぎは全部おれらのものだ。もっと金をためて、家を買って、どこかに落ち着こう。そして、畑を耕して、子供を育てよう」
「今、家って言った?子供って言った?」
「言ったよ」
「だれの子供」
「おれたちのさ」
「わたし達、結婚するの?」
「そうだよ」
「うそっ」
とわたしが叫んだ。
どこかに家を買って、野菜を育てて、結婚して、子供も育てる。そんな普通の生活ができるなんて、そんな夢みたいなことができるの?
「うそじゃないし、夢でもない」