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わたしが15歳になると、日々に、背が伸びているのが感じられたから、先のことを考えて、こわくなった。
わたしはもしかしたら、姉さんほど背が高くなるかもしれないのだ。
いつもでも、こうやって続けることができないだろう。
「姉さん、わたし、もっと大きくなったら、どうしよう」
「心配しなくていいから。次の手を考えているから」
わたしは姉さんにそう言われると、安心してしまう。
「でもさ、ミアン」
ある日、練習のあとで、星空を見ながら、姉さんが言った。
「ミアンはもう15だよね」
「はい」
「じゃ、もう姉さんと呼ばないで」
「どうしてですか。わたしがきらいになったんですか」
「なるわけない。逆だよ」
「じゃ、なぜ」
「私達は本当の姉妹でないのだからね。だから、今日からは、ミアン、カナカだよ」
「わかりました」
「言ってごらん、ミアン」
「はい。カナカ、姉さんじゃなくて、カナカ」
「そうだよ、ミアン」
カナカは微笑んで、わたしの頭を撫でた。
「ミアン、変な子」
わたしがミアンに「かわいいと言って」といくら頼んでも聞いてくれないで、ミアンはいつも「変な子」と言う。
でも、長い付き合いだから、だんだんとわかってきた。カナカには恥ずかしがり屋なところがあって、「かわいい」と言えないのだ。「変な子」と言ったら、それは「かわいい」という意味なのだ。
「ほんとうに、変な子」
そう言って、カナカがわたしの頬にチュッとキスをしたから、わたしは笑った。うれしかったから、わたしも頬にキスを返した。
カナカがわたしを膝の上にのせて抱きしめた。懐かしい。
子供の頃は毎日、そうやってぎゅっとしてくれたのに、大きくなってからはなくなってしまっていたから。
カナカ、わたしはずうっと姉さんの足の上で、踊りたい。
だから、どうかこれ以上、大きくなりませんように。
*
曲芸団にサイルスという少年スターがいる。カナカのひとつ年下で17歳、曲芸団一の人気を誇っている。
3年前に、親方がスカウトして、サイルスは愛馬2頭とともに、入団してきたのだ。
あのケチな親方が、そうとう払ったらしいと団員が言っていた。
サイルスはルックスもよく運動神経がとびぬけていて、馬芸だけではなく、綱でも、輪でも、何でもよくできるのだ。それに、やさしい。
サイルスは前に、わたしに乗馬の基本を教えてくれたことがあった。それから、馬に乗せてもらって、遠くまで乗っていったりもした。
サイルスは景色のよい所で馬を止めた。
自分がかっこよく飛び降りた後、両手を広げた。
「ここに飛びおりてごらん」
「はい」
わたしはそういうのには、慣れている。
「ミアン、うまいね」
「ミアンは馬が好きかい」
「はい」
「少し馬芸を習ってみるかい。教えてあげるけど」
「わたしに、できるかなぁ」
「大丈夫。この馬はおれの親友でさ、おれの言うことなら、何でも聞いてくれるんだ」
「すごい」
「ミアン、おれと一緒に、馬芸をやろうぜ」
「でも、わたしはカナカとコンビだから、ひとりだけ抜けるわけにはいきません」
「そうだな。まぁ、まかせておけ」
それから市場に行った。
「ミアンはここで待っていて」
と言って、サイルスがどこかに行った。
すぐ近くに出店があったからのぞいてみたら、櫛、鏡、髪飾り、紅など、かわいいものがたくさん並んでいた。
店の名前は「無言の音」だった。変な名前。
「無言の音って、どういう意味ですか」
と店の主人に聞いてみた。
「ものに思いがこめられている、ということだよ」
「ものに、思いが、こめられている」
「たとえば、櫛は永遠に愛します、鏡はごめんなさい、髪飾りは一緒にいてほしい、紅はキスをください、とかな」
「いやだ。本当ですか」
とわたしは赤くなった。
サイルスが果物飴をもってかえってきた。赤いいちごが透明の飴で包まれていて、それが長い串にささっている。
「これ。人気があって、行列してた」
いちご飴がぴかぴかして輝いていた。
「うまそうだろ」
「でも、わたし、甘いものは……」
「そうだったな」
サイルスは串をわたしの手から取り上げて、空になった手を引いて、出店に行った。
「何か買ってやるよ。何がいい?」
「何にも、いりません」
サイルスは紅を手に取って、「紅をつけたら、もっとかわいくなる」と言って、買ってくれた。
そして、いちご飴をパリパリいわせながら食べた。
わたしは長いこと、甘いものを食べたことがない。食べたくないわけではなく、本当はとても食べたい。サイルスが食べているところを見たら、思わず、ごくりと唾を飲み込んだ。