【この素晴らしき日々】
どんなものだろう。
もし願い事が叶うなら。
人々は言語を使った音をを発生した。その言語の言葉は重なり重なって暴音となり耳にはいずりこんできた。
東京の池袋駅の地下は人でごった返している。肩を左右に揺らしながら道を他人にゆずる。人の頭の上を見上げては足元を見て、忙しく目を泳がせていた。
ふとした時に子供時代に戻る。知らない人に会うことがない実家。食事の時に集まる家族との無言の会話。通り沙汰に道を譲りあう。
背広を着た男が柱の角から急に飛び出してきた。目線を合わせることもなく天井を見上げながら肩をくねらせ二人ともスピードを緩めぬまま縫うように通り過ぎる。
そんなこんなで地上に出る階段を首をかしげてだるそうに足を鳴らして上る。
太陽はかけていたブルーライトカットの眼鏡の黒縁を反射して顔を空に向ける。
一歩一歩歩いてもまた一歩足を出してもまだらなコンクリートは飛ぶ駒鳥のように光を反射させた。
あれって───
吸血鬼が表れるには快晴すぎた。
その姿を見たものはとたんに虜になってしまう。はかない姿。
あるものはすべてを奪ってしまいたいと感じ。
あるものはすべてをあげてしまいたいと感じた。
二股に割れる交差点でたたずむ姿に彼女のはかなさは現実のものへと変わった。
僕は日差しのまぶしさに手で目に影を作った。彼女をもっと見たかった。
次第に感動は薄れて、肌にじわじわと侵略する灼熱に耐えられず僕は目的地へと足を速めた。
彼女はいったいどんな人生を送っているのかを頭の隅にとらえておきながら、巨大商店施設へのバカでかい車両道路を上った。
お疲れ。
バイト先の店主が奥の事務室から顔を出した。その手には今時どんなに遅れている会社でも使ってなさそうな四角いノートパソコンを持っていた。僕はちょうど制服に着替えようと休憩室で雑務をしている同僚をはために事務室に足を運んでいた時だった。
お疲れ様です。
彼はしばらく僕を見てにやにやといやらしく笑っていた。
この人は僕が先に挨拶をしないとぜったいに一言をかけない。だからこそ今日は初めてあちらから声をかけてきたことで何か違うなと感じていた。しかし予想は外れて僕の横を通ってせっせと店頭に出て行った。
安堵のため息を漏らす僕に雑務をこなしていた同僚が話しかけてきた。
「まだ、安心はできないね」
彼は肩肘だけついて上半身だけねじって見上げてきた。
「あいつのことだし」
僕はそのあと適当に返事を返して事務室に入った。
ネームシールが貼られているプラスチックの箱を指でなぞった。つーと指を滑らすと【本郷 ー 高橋】と達筆な店長の字で記されていたシールの上で止まった。ポケットのものをすべて入れるとシャツを脱いだ。
ズボンに手をかけたころに事務室のスライドドアが勢いよく開いた。
「わ!─ごめんなさい!」
女性の声だけ聞こえて開く時の回転音とは倍速以上にぴしゃりとスライドドアは閉められた。少しあっけにとられながらも上半裸なだけで良かったと思いつつズボンをおろして制服に着なおした。
女性に足を半歩近づけた。気まずそうにあたりを見渡した。僕以外の角度を。