第36話 3つ目の物件
幸福亭で美味しいご飯を食べ、ルーカスさんの働き先も決まり、あとは引っ越し先を決めるだけ。
どこか皆、足取りも軽そうに見える。
今は最後の物件を見にドライカの北区にやって来ている。
「今の所、1つ目の物件がいいんだっけ?」
「そうね。次が最後なんでしょ?そこが駄目なら1つ目かなぁ。そういえばルーベン達の家は何処にあるの?」
さらっと場所を聞いてみるが、何気にドキドキしていたアモであった。
「僕の家は、ここ北区にあるよ。近くを通ったら教えるよ。」
「へぇ〜そうなんだ。でもなんか北区だけ雰囲気が少し違うわね。なんだろ?」
何かが違うのは確かなのだが、答えはわからない。
「北区はドライカ騎士団の本部があるからね。騎士団の人とか多く住んでるから、自然と治安が良くなるんだよ。大通りにも一本道で繋がってるから迷う事もないしね。」
どうりで雰囲気が違う訳だ。
「そういう事か。」
「ほら見て、あの大きい建物が騎士団の本部、訓練場もあるんだよ。僕も週に2回ぐらい使わせてもらってる。」
「魔法の訓練?それとも武器の訓練?」
「魔法の訓練のが多いかなぁ。時間がある時は、ペンスさんに弓の稽古つけてもらってるんだけど。」
「そういえばルーベンって武器の適正って剣と弓だっけ?」
「うん。アモは弓でしょ?」
「そうね。良ければわたしも教えてもらえないかしら。ペンスさんの弓、凄かったし。まだ光魔法の訓練しかしてないのよね。」
エナ村でのペンスさんの活躍は、今でも鮮明に思い出す。
「そこは父上とペンスさんに聞いてみないとね。でも弓術に興味があるんだ。ちょっと意外かな。」
「エナ村の事もあったしね。少しは戦える力もあった方がいいって思っただけよ。」
「そうだね。……あっ!話しをしてたら、気が付かなかった。あそこ、あれが僕の家。」
「いきなりね。……へぇ〜大きいし良い家じゃない。庭も手入れしてあるし、流石、隊長ロキさんの家って感じだわ。ルーベン、お母さん呼んでるわよ。」
少し息の荒い母上がこっちにきた。
「ルーベンちゃん。アモちゃん。歩くの早いわよ。」
「ごめんなさい。話しに夢中で、そういえば引っ越し先は何処なんです?僕の家まで来ちゃいましたけど。」
すると自信溢れる笑顔で予想外の事を口にした。
「ふふふ。驚きなさい。ここが最後の引っ越し先候補よ!!」
「えっ?えぇーーーー。ここって僕の家の……目の前じゃないですか。あれ?でもベン爺の家ですよね?」
家も目の前で、良くあいさつをする。ご近所さん。仕事は引退して元大工の親方。皆ベン爺って呼んでいるから僕も呼んでるんだよね。とっても優しいお爺ちゃんだ。
「まぁ。まずは説明しないとね。ルーカスさん、アモちゃん、いいかしら?」
「はい。」「はい。」
2人も驚きだろう。まさか引っ越し先候補がアートルド家の目の前だとは。
「ここは、ベン爺さんって言う人の家なんだけど、家が2つ並んで建ってるでしょ?こっちがベン爺さんが住んでいるわ。もう1つは従業員の為の家だったの。元大工さんなんだけど、仕事も引退して、今は誰も使ってないから、掃除すれば住めるし自由に使ってくれて構わないとのことよ。あっ。噂をすれば…ベン爺さん。」
髪は白髪の良く笑っているお爺ちゃんだ。
大工の親方のイメージって恐いし、すぐ怒るって感じだったけど、ベン爺は違うよなぁ。引退すると丸くなるのかなぁ。
「ホッホッ。話しは聞いとるよ。大変だったの。とりあえず中を見てみなさい。住む気があるなら少し掃除をすれば使えるじゃろうて。」
僕も一緒に中を見てみた。
今日見た中で1番広い。部屋数もあるし、キッチンも広い。文句なしの物件だけど……アートルド家の目の前か…ルーカスさん達がなんて思うかだよな。
「どうじゃった?多い時はここに弟子達5人程で住んでおったから部屋数もそれなりじゃろ。ワシの住んでる隣じゃから、知らん奴には貸したくなかったからの、アートルド家から話しを聞いてお主達にならと思ったのじゃよ。それに気になる所があるなら、ワシがなんとかするぞ。元大工だからの。」
「いえいえ。気になる所なんてひとつもありませんよ。」
アモが興奮している。
「広ーい。部屋も多い。日当たりもいい。ベンおじいちゃんが建てたの?」
「そうじゃよ。ワシが建てたんじゃ。」
「すごぉーい。わたしここがいい。ベンおじいちゃんも隣に住んで、目の前はルーベン達、文句ないじゃん。ねぇパパ?」キラキラ⭐︎
「それもそうだが……何から何まで…ありがとうございます。」
「気にしないで下さい。助け合うのはお互い様ですよ。」
(何よりルーベンちゃんとアモちゃんの為に)
「アモもここに住むと言っているし、でもここまで良い立地と建物。値段の方法はどのぐらいになるのでしょう。」
「そうじゃのぉ……これでどうじゃ?」
ベン爺は、3つの指を立てている。
「銀貨3枚でいいぞ。」
「えっ!?安すぎませんか?流石にそれは申し訳ないです。」
「いいのじゃよ。どうせ使っとらんかったしの。お金は子供の為に使ってやりなさい。」
「……ありがとうございます。」
こうして引っ越し先も決定した。
結局、母上の手のひらの上で踊らされているような気がするのだが……
(ふふふ。上手くいったわね。これで楽しくなるわ。あの子にもさっそく伝えなくちゃ。)
何かよからぬ事を企む母は、うっすら笑みを浮かべていた。
銅貨1枚……100円
銀貨1枚……1000円
金貨1枚……10000円