第35話 案内
ある程度、お互いの挨拶も完了して引っ越し先の候補の案内に向かう。
自分が住む訳でもないのに、なんかワクワクするな。
そして1つ目の物件に到着した。
ここはドライカの西区にある物件。
ドライカのお店が多く立ち並ぶ大通りも近いし、立地は問題ない。だけど……
「1つ目は、ここね。建物もきれいだし、立地は問題ないのだけれど、その分値段が高いわね。それに我が家から離れているわ。」
「いや、母上。自分達の家は関係ないのでは?」
「そう?けっこう重要だと私は思うわ。ドライカに知り合いもまだいないだろうし。私達も近ければサポートもしやすいでしょ?」
「まぁ確かに…そうだよなぁ。」
(ルーカスさんは腕がなくなって、日が浅いし慣れない事もあるだろうし。)
中を見てルーカスさんが答える。
「中もきれいだし。すぐに住んでも問題ないね。私はいいと思うよ。アモはどうだい?」
「うん。わたしもいいと思うわ。家具もある程度取り付けてあるし。」
「ねぇ。アモは、どういう家に住みたいとか希望はあるの?」
(あらあら。ルーベンちゃん、もう将来の事を考えてるのかしら…)
「えっ……そうね。キッチンが広い家がいいわ。パパと一緒に料理をよく作るから、狭いと不便でしょ。」
なぜか、よそよそしい。
「そうかぁ〜ルーカスさん料理人だしね。広い方が都合が良いか。それにアモも作るんだね。凄いね。」
「何よ。以外?パパには全然敵わないけど、今度……その……食べてみる?」
(きゃぁ〜〜。可愛い。そこはルーベンちゃん。言うのよ。アモの料理食べたいなって。ほら!ほら!)
「いいの?食べたい。食べたい。」
母上の鼻息が荒い
「ルーベンちゃん。アモちゃん。応援するわ。」
2人して目を合わす。
『何を???』
疑問に思いながらも、その後は大通りを通りながら南区の2軒目へ。
ここの評価は、悪い所はないが、ルーカスさんもアモも1つ目の方が良いと言っていた。僕もそう思う。
2つ目を、案内した所でお腹が空いてきたので、4人で食事をする事に。
母上の案内で家族で行ったことのある。
大通りの食事処へ向かう。確かここは『幸福亭』魚料理が美味しい所だったな。
カランカラン。
「いらっしゃい。おっ!来たね。こっちに座っておくれ。」
「母上、予約してたんですか?」
「そうよ。店長とは知り合いで、少し理由があってね。ルーベンもここに何度か食べに来たでしょ。」
「はい。覚えてます。とても美味しい魚料理でした。」
「まぁとにかく座りましょ。ほらルーカスさんもアモちゃんも。ちょっと口が悪いけど、ここは魚料理が人気なのよ。」
「一言余計だ。予約してあったからな。すぐ用意するから待ってな。」
スーッ。美味しい魚の匂いが店の中に充満する。
自然に嗅いでしまう。
皆、一緒のようだ。
「凄いいい匂いがするね。パパ。」
「あぁ。楽しみだね。一体どんな料理なんだろう。」
「はいよ。今日は『焼き魚と煮魚』だ。召し上がれ。」
どちらも凄い美味しそうだ。
『いただきます。』
まず焼き魚を皆で一口。パクッと。
「うん。美味しいーー。中はホクホク外はパリパリ。」
「凄い。美味しい。ねぇーパパ。」
ここでルーカスさんが話す。
「うん。美味しい。店長さんの腕がいい証拠だね。焼き魚は焼くだけと勘違いする料理人も多い。単純な料理工程だからこそ料理人によって差が出るんだ。ここまで美味しい焼き魚は初めて食べました。」
「そうかい。嬉しいねぇ。魚を焼くのに大切な事はなにか分かるかい?」
「魚を焼くのに『表六分に裏四分』といういい方が古くからあります。六分、四分と割合でいっても中々その通りにできるものでは、ありません。それに魚を焼く場合、一度火にかけたら、返すのは、一度だけ。それを間違うと味が変わります。魚によって返す瞬間を見極める。これが1番大切な事かと。」
「お見事。さっさっ煮魚の方も皆さん。召し上がれ。」
「凄いね。ルーカスさん。」
「当たり前よ。パパの料理も凄いんだから。フンッ!!」
煮魚の方は甘い独特な香りがする。
僕はどっちかというと、煮魚の方が好きだ。
パクッ。モグッ。
なんといってもこの噛んだ時。
煮汁と魚の旨味が一気に口の中に広がるこの瞬間。
これがたまらない。
「あぁ〜幸せぇ〜。美味しいしか言葉が出てきません。」
「ありがとな坊主。うちの店の名前は『幸福亭』って言うんだが、お客さんがうちの料理を食べて幸福な気持ちになって欲しいと思って、若い時につけた名前なんだ。美味しそうな顔して食べてるのを見るのが料理人とっては1番嬉しいもんだよ。」
「はい。本当に美味しいです。」
モグモグ。
「そうですね。この煮魚も本当に美味しい。魚の煮つけをする場合も火加減が大切になってきます。強火で一気に煮上げないと、魚自体のうま味がどんどん煮汁の中に出てしまったり…身がしまって固くなったりします。それに…煮る前に1度焼くことで余計な油と水分も落ち生臭さがおさえられてますね。こういった手間をかけるのと、かけないのでは味に差が出ますから。勉強になりました。大変美味しかったです。」
店長が、驚いた顔をしている。
「あぁ〜なんだかなぁ…とりあえず悪かった。試すような事をして。」
『ん?試す?』
「ルーカスさんって言ったか、アンネさんから聞いていたんだ。腕の良い料理人が、前の戦いで人を庇って左腕なくしちまったってな。それに大切なお店も魔物に壊されたんだろ?それで子供と一緒に、ドライカに引っ越してくるって聞いてな。アンネさんが頼み込んで来たんだよ。ここでルーカスさんを働かせてくれないかって。」
「そんな……なんで、そこまで」
「簡単な話だ。アンネさんは心配だったんだろうよ。オレも話しを聞いてルーカスさんさえ良ければ、ここで働いても構わないって言ったんだが、つい同じ料理人として試しちまった訳だ。予想以上の腕と知識があるしな、今となったら大歓迎さ。まぁ急な話しだ、ゆっくり考えてくれ。」
「確かに料理人として働ける場所があればと思ってました。でもこの腕です……迷惑をかけるかもしれません。」
「いいじゃねぇか。迷惑かけても……確かに調理するのに片方の腕がないと不便かもしれないが、色々試しながらやっていく。料理と一緒だ。それに…若い頃からずっと1人でこの店やってきて、金はもう稼いだしな、最近腰が悪くて少し営業する時間短くしようと考えてた所だったんだよ。ルーカスさんがいれば問題ねぇさ。」
「ありがとうございます。ぜひここで働きたいです。ここで働かせて下さい。」
「よし。決まりだな。まずは引っ越し先決めて来な。」
「はい。アンネさんもありがとうございます。」
「いいのよ。子を持つ親として心配だっただけで、余計なお世話だったらどうしようかと思ったけど。良かったわ。」
それから皆で幸福亭の料理を堪能した。
ルーカスさんが料理人として働ける場所が見つかって本当に良かった。
「ねぇ。ルーベン。ルーベンのお母さん…とても良い人ね。」
アモは亡き母とアンネを少し重ねるのであった。
「うん。本当に母上の子供で良かったよ。……でも絶対に怒らせたらダメだよ。家の中では怒ると1番恐いから。」
「へぇー。意外。あんな優しい顔してるのに。」
トコトコ。テクテク。
3つ目の引っ越し先候補まで歩いている。
ルーベンは、ふと思った事を口に出した。
「ねぇ。アモ?」
「何?」
「ルーカスさんの腕…早く治す方法見つけないとだね。」
「当たり前よ。なんの為に引っ越してきたと思ってるの。」
「うん。そうと決まれば引っ越し先だ。行くぞ!」
「あぁ〜待ってよぉ。なんでルーベンが楽しんでるのよ。わたしの住む家なんだけどぉ。」
こうして2人は、必ず治すと心に刻んで歩み出す。
きっと2人ならやり遂げられると信じて。