第二十六話 三歳は文字が読めない
「今日はどうなさったんですか? 野緖で良ければ相談に乗りますよ?」
「あ〜、えっと……」
あ、そういうことね。
そういえば、鼻寅さんにはここに来た目的を話してなかった。
でも、鼻寅さんは現在休憩中。
それなら、相談するのは控えた方がいい。
と思うんだけど……。
いい言い訳が思いつかない。
クッキーを渡しに来たっていう理由が頭を過った。
けど、それなら受付で渡したらいいし、わざわざここに来る必要はない。
それ以外には何も思いつかない。
ここは正直に言うしかなさそうだな。
「実は、僕のこの影の能力について行き詰まってしまって……。ここなら何かわかるかと思って来たんです」
「なるほど。そうだったんですね。確かに浸夜くんの影の能力は全てが未知ですもんね」
「う〜ん……。ちょっと待ってて下さい」
「は、はい」
鼻寅さんは残り僅かのクッキーが入った袋をローテーブルの上に置いた。
その後立ち上がり、本棚の前に移動。
「え〜と。それと、これかな……」
ぶつぶつと呟きながら、本棚から右手で分厚い本を取り出し、左手で抱えていた。
何冊か取り終えた後、一人でに頷き、またこちらに戻って来た。
「お待たせしました」
その本たちをローテーブルの上に置き、ズドッという重い音が聞こえた。
その音だけで、各本の重さとページ数が窺える。
本棚から取り出した本は、計五冊。
『九大種国』・『種族一覧』・『能力の使い方』・『幻十竜と怪十魂』・『獣壁国民絶滅事件』という名前の本。
鼻寅さんは、またソファーに座った。
目線をこっちに向け、本に方向に右手を差し出し、
「とりあえず、影の能力に関係しそうな資料と、知っておいた方がいい資料を選んできたので、これらを読んでみたらいかがでしょう?」
と優しく声を掛けてくれた。
更に言えば、ニッコリと笑い、可愛らしい表情。
「そうですね。ありがとうございます、鼻寅さん」
「いえいえ。では、こちらにどうぞ」
鼻寅さんはそう言いながら、なぜか右手で太ももをトントンッと叩いた。
「……へ?」
「ん? どうしたんですか?」
不思議そうに首を右に傾けて聞いてくる鼻寅さん。
対して、それはこっちの方だと言わんばかりに、眉間に皺を寄せる僕。
いや、一応予想はできてる。
多分、膝に座ってということを伝えているはず。
だが、万が一間違っている可能性もある。
ほぼゼロに近いけど。
念の為、聞いてみよう。
間違っていてくれと願いながら……。
「えっと……。それは、もしかして鼻寅さんの膝に座れっということでしょうか?」
「はい。もちろんその通りです。野緖が読んであげるので、こっちに座って下さい」
僕の願いは届かず、木っ端微塵に砕け散った。
けど、まだ諦めない。
「い、いえ。流石にそういうわけにはいきませんです。僕、一人で読めるので」
焦り過ぎて敬語がおかしい。
それはわかっているが、気にする余裕はない。
そう。
僕は一人で文字が読める。
鼻寅さんの気持ちはとてもありがたい。
だが、その気持ちだけで十分です。
だから、読んで頂かなくても、大丈……。
「え? でも、確か浸夜くんって今三歳ですよね? もう文字が読めるんですか?」
その言葉を聞き、固まる僕……。
因みに、十秒程度。
わ〜お。
そういえば、そうでしたね。
僕は今三歳児。
学校にも行ってない子供。
まだ、ひらがなやカタカナ。
ましてや、漢字を知らない状態。
普通、そんな状態じゃ文字は読めないですよね〜。
普通なら……ね。
本当は三歳じゃなくて、十五歳なので文字も全部読めます!
なんて口が裂けても言えないな……。
「あ〜。そ、そうですね……。では、お願いします」
「はい。どうぞどうぞ〜」
僕は一旦ソファーから降りて、鼻寅さんの元に駆け寄った。
だが、どうやって鼻寅さんの膝に乗るか考えていた。
こういう時って、どうやって膝に乗るんだ?
生憎、まだ母親の膝に座ったことがない。
足を掴んで攀じ登る……?
いや、駄目に決まってるだろ。
仮にも、相手は女性だぞ。
そんなことはできん。
でも、どうやっても鼻寅さんの足と接触しないと膝まで辿り着けなさそう。
まさかこんなところで難関な壁が立ちはだかるとは……。
すると、鼻寅さんが両手を僕の両脇に入れて優しく掴んだ。
そのまま抱き上げ、僕を膝の上にちょこんっと座らせてくれた。
あ、普通にここまで来て、待ってたら良かったのか。
なんか色々と考えてたのが馬鹿らしく感じてきた。
とりあえず、軽率な行動をする前で助かった。
危うく変態みたいな行動をしようとしてたわ。
けど、なんでだろ?
なぜか鼻寅さん、さっきから僕の頭を撫で回してる……。




