第二十四話 噴火寸前
鼻寅さんが怒った姿は一度だけ見たことがある。
その姿は、母親とは違う意味で恐ろしかった。
やべ……。
今すぐここから立ち去りたい。
だが、鼻寅さんはあっという間に僕の目の前まで接近していた。
しゃがんで僕の目をじっと見つめてくる。
駄目だ。
こんな乙女のにキラキラした目で見つめられたら、立ち去ろうにも足が動かない。
仕方ない。
覚悟を決めよう。
元はと言えば、僕がやってしまったこと。
なら、例え怒られても文句は言えない。
「あ。えっとー、もしかして迷子になっちゃいました?」
ん、迷子?
もしかして、僕に言ってるのかな?
いや、間違いなく僕に対して聞いてるな。
他に誰も居ないし。
それはそうと……。
とりあえず、怒ってはないみたいですね。
てっきり激怒してるのかと思ったが。
なんとか命拾いした。
てか、なんか他人行儀な言い方に聞こえる。
まあ、他人なんでけども。
けど……、ん?
もしかして、僕が誰なのかわかってないのか?
そういえば、あの時以来会ってなかったし、覚えてない可能性はある。
よし。
なら、きちんと謝ってから、改めて自己紹介をしよう。
と、その前に……。
きちんと訂正しとこう。
「いえ、違います」
「ん、そうなんですか……?」
「はい。あの、大きな音を立ててしまい申し訳ありません」
そう言いながら、深々と頭を下げた。
「あ〜、大丈夫ですよ。ここの扉は壊れているので、いつも勢いよく閉まってしまうんです。なので、決して君のせいではありません。安心して下さい」
「そ、そうなんですね」
やっぱり、この扉って壊れてたのか。
通りで鼻寅さんが怒らないわけだ。
一時はどうなるかと思ったが……。
何はともあれ、良かった。
「良かった……」
不意に安堵の声が漏れる。
「……ん?」
すると、疑問そうな声を出した鼻寅さん。
と思ったら……。
なぜか両手の人差し指と親指で僕の頬をムギュッと掴んでくる。
しかも、徐々に顔を近づけている。
なんか、凄い目を見つめてるし。
本当にどうしたんですか、鼻寅さん。
嬉しいような、恥ずかしいような……。
なんとも言えない感情同士がぶつかり合う。
結果、恥ずかしい方が勝利。
噴火しそうなほど、顔が真っ赤に染まっていく。
「ど、どどど、どうかしましたか?」
緊張し過ぎてテンパリ散らかす僕。
この状況で冷静な方が凄いわ。
僕が問いかけると、鼻寅さんはハッと何かがわかったように目を見開いた。
「もしかして……、浸夜くん? 君、月影浸夜くんですか!?」
「へ? あ、はい。そうです。お、お久しぶりです、鼻寅さん」
「わあ〜、そうだったんですね。お久しぶりです。もうこんなに大きくなられたんですね〜」
鼻寅さんはそう言いながら、僕の頬から手を離した。
そして、次は右手で僕の頭を撫でていた。
更に言えば、物凄く笑顔。
心の底から嬉しそうなのが伝わってくる。
つまり、こういうことか。
僕が誰なのか確認するために顔を近づけてたってわけだな。
良かった、良かった〜。
なんか雰囲気的に、キスでもされるのかと思ったわ。
いや、それはそれで嬉しいんだけど。
なんというか……。
う〜ん。
なんとも言葉にし難いんだよね。
気恥ずかしいってやつかな?
多分だけど。




