第二十一話 本胴硬楪
視点:〈乾牧掛保〉
あれから一年か。
今頃どうしてるんだろうな〜。
て、考えてたら……、あれ?
あそこに居るのって、もしかして浸夜くんかな?
菖蒲がその子に向かって手を振ってるみたいだし、多分間違いなさそう。
でも、近くに璃映の姿はない。
ということは、まさか一人で来たってこと?
え、すっご。
前会った時は、まだ一人で立つこともできなかったのに。
子供の成長は速いって言うけど、本当に凄まじいね。
……あ。
でもそっか。
そういえば、浸夜くんは練人種。
なら、成長速度が速いのも納得がいく。
でも、あの大きなリュックはなんなんだろ?
明らかに浸夜くんには大きすぎると思うけど。
ん?
なんか菖蒲、落ち込んでる?
何かあったんじゃ……、え。
もしかして、また結婚の申し込みでもしてるとか?
いや、菖蒲なら全然あり得るな……。
あの子、浸夜くんがここに来てからずっとそのこと言ってたし。
と思いきや、直ぐに元気になってる。
しかも、なんか照れてるみたい。
きっと、浸夜くんが励ましてあげたんだろうな。
話は聞こえないけど、自然と予想できてしまう自分が怖い。
できれば私も話に参加したい。
けど、ここを離れるわけにはいかないよね。
よし。
ここは我慢しよう……。
ていうか、ここに来たってことは、浸夜くん何か用があったのかな?
カウンター内に入ってるみたいだし。
ということは、目的は能力のことかな?
なら、今向かってる先は休憩室。
あそこには様々な資料書がある。
確かにあの部屋なら、浸夜くんの能力について何かわかるかもしれない。
そっか……。
あとで休憩の時に会いに行こ。
すると、一人の男性がこちらに向かって歩いて来た。
私は咄嗟にニッコリと笑みを浮かべた。
「おはようございます、本胴さん。今日もお早いですね」
「おはようございます。いえいえ、そんなこともないですよ」
この人は本胴硬楪さん。
冒険者だ。
更に言えば、身長三メートル程度。
全身に鎧を纏ってる大男。
見た目は少し怖いけど、口調は至って普通。
というより、凄く優しい。
いつも早い時間に来て、多くの依頼を受けている。
因みに、他の冒険者は十時くらいに集まって来る。
今は、九時二十分。
冒険者は四〜五人程度しか居ない。
「早速ですが、今日急ぎの依頼って何件ありますか?」
「はい。少々お待ち下さい」
本胴さんが受ける依頼は、いつも急ぎのものが中心。
各依頼書には、受諾期間というものが決まっている。
その期間を超えた場合、こちらで決めた金額を上乗せする必要がある。
つまり、その負担は全てこちらが受けることになる。
だから、本胴さんのような冒険者は、こちらにとって凄い助けられている。
私はパソコンを操作し、受諾期間が迫っているものだけを表示した。
「お待たせしました。現在来ている依頼で急を要するものは、全部で十件あります」
「わかりました。では、その依頼を全て受諾します」
本胴さんのその言葉を聞き、依頼書の印刷ボタンをクリックした。
印刷機が動き出し、一枚ずつ紙が出てきていた。
「畏まりました。では、冒険者資格証をご確認されて頂いてもよろしいでしょうか?」
「はい、どうぞ」
本胴さんは前もって右手に冒険者資格証を用意していたらしく、直ぐに私に向かって差し出してくれた。
「お預かり致します」
私はその冒険者資格証を両手で受け取り、さっきのパソコンに差し込んだ。
各依頼内容に、本胴さんから預かった冒険者資格証の情報を入力し始めた。
その数秒後……。
「ありがとうございます。お返し致します」
全て入力し終え、冒険者資格証を抜いて本胴さんに差し出した。
「はい」
本胴さんは右手で冒険者資格証を受け取った。
その冒険者資格証を右手のひらに仕舞い込むようにギュッと握っていた。
「失礼ですが、本人確認のために氏名・適正能力・冒険者階級をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「了解しました。名前は、本胴硬楪。適性能力は、風。冒険者階級は、王です」
私はパソコンの画面に目線を向け、本胴さんが言った情報と合致しているか確認中。
問題ないことを確認し、受諾確定ボタンをクリックした。
「ありがとうございます。では、こちら依頼書の受諾を確認致しました」
先程印刷した依頼書を両手で取り、机の上で二回ほどトントンと下ろした。
紙を揃える時は、いつもこうしている。
その後、揃え終えた依頼書を両手で掴んで、
「こちら十枚の依頼書になります。お時間がある時に目を通して頂けると幸いです」
と言いながら、本胴さんに差し出した。
「ありがとうございます。後で目を通しておきます」
本胴さんはその依頼書を両手で受け取った。
あれ?
さっき受け取った冒険者資格証はどこへ行ったんだろ?
ポケットにしまってるようには見えなかった。
それに、そもそもポケットがないみたい。
まあ、とりあえず……。
「はい。いつも多くの依頼を受けて頂き、ありがとうございます」
「いえいえ。これが僕の仕事ですので」
「あ、すいません。一つお願いしたいことがあるのですが、宜しいでしょうか?」
「はい、大丈夫ですよ。どうかなさいましたか?」
「先程、一人の男の子が扉を開けられずに困っていたのを目撃しまして……。その子がここを出る時に扉を開けてあげて欲しいのですが、お願いできますか?」
「はい。畏まりました」
どんなお願いかと思ったら、そういうことですか。
何か至らぬ点を指摘されるのかと思ってヒヤヒヤしてたけど、そういうお願いなら良かった。
それよりも、ここの扉を開けられなかったということは、多分かなり小さい子だよね。
そんな子、ここに来てたっけ……。
……あれ?
「ん、男の子? もしかして、黒色の髪に紫色の瞳をしてる子ですか?」
「ええ、そうです」
やっぱりか〜。
確かに浸夜くんはまだ小さい。
多分、今は三歳くらいだと思う。
それに対して、ここの扉は最低でも五歳くらいの子が開けれるように設計されてる。
なら、浸夜くんが開けれるはずがない。
あ〜、やっちゃったな。
なんで浸夜くんを見た時にそのことを疑問に思わなかったんだろ。
普通気付けよ私。
……。
まあ、過ぎたことは仕方ない。
帰る時はちゃんと開けてあげよ。
「もしかして、彼をご存知なんですか?」
「はい。親友のお子さんなんです」
「なんと、そうでしたか。それは良かった。因みにお聞きしたいのですが、あの子はなんという適性能力をお持ちなのか、ご存知ありますか?」
「え? な、なんでですか?」
なんで浸夜くんの適性能力を聞くんだろ?
まさか、もう影の能力が使えるようになったのかな?
「いや、その〜。ちょうどあの子が扉の前で『影纏』っと言ってたのが聞こえてしまいまして……」
「あ〜、なるほど……」
やっぱり、浸夜くん影の能力が使えるようになったのか。
練人種とはいえ、凄い成長だ……けど。
そもそも、この一年間で未知の能力を使えるようになることって可能なのかな?
それに、それなら扉を開けることができるはず。
『影纏』ってことは、影を纏う能力のこと。
そうすれば、例え三歳でもその分の力が加わって扉を開けられると思うけど。
「ですが……。その後、特に何も起こらなかったので、もしかして能力を使おうとしたけど、失敗してしまったんじゃないかと思ったんです。それに、『影纏』という名前の能力に聞き覚えがなかったので、少々気になりまして」
「そうだったんですね」
つまり、まだ影の能力は使えないってことね。
わかってはいたけど、やっぱりそう簡単にはいかないか。
けど、今の話の内容だと、能力を使う方法は理解できてるみたい。
または、試しにやってみたのが当たってたのかも。
きっと、何かしらの条件みたいなものがあるんだとは思うけど……。
今の話だけじゃなんとも言えないね。
もしも、本胴さんに相談したら、きっと何かアドバイスをもらえるはず。
けど……。
「申し訳ありません。各個人の適性能力は、基本的に緊急時以外は他者に伝達することを禁止されているんです。なので、例え本胴さんでもお教えすることはできません」
「そうですよね、すいません。では、あの子のお名前もお聞きすることはできなさそうですね……」
「いえ、名前は特に禁止されておりませんので、お教えすることは可能ですよ」
「え、そうなんですか。では、教えて頂いてもよろしいでしょうか?」
「はい。あの子の名前は、月影浸夜です」
「そうですか。月影浸夜……。なるほど」
本胴さんは呟きながら、左手を握って顎? らしき箇所に当てていた。
多分、何かを考えているんだと思う。
「あの、それがどうかなさいましたか?」
私はその行為を疑問に思い、首を右に傾けながら本胴さんに問いかけた。
「いえ、ありがとうございます。では、これで失礼します」
すると、本胴さんはピクリと反応。
何かを急ぐようにお辞儀をし、扉に向かって歩き出した。
「は、はい。お気をつけて」
私は本胴さんの後ろ姿を見ながら、深くお辞儀をした。
本胴さんは、ガシャッガシャッという鎧同士がぶつかり合う独特な音を立てながら、冒険者組合を後にした。




