第六話 父親のこと
周囲には、干し草のような甘いにおいが漂っている。
この香りを嗅ぐと、なんとなく落ち着く感じがする。
けど、聞きたいこと……。
聞かなければいけないことがある。
「父さん、いつ亡くなったの?」
「五月五日。ちょうど、浸夜の目が覚めた四ヶ月前くらい前に亡くなったの……」
「そうだったんだ……。父さんって、どんな人だったの?」
「優しい人だったわ。特に凄い心配性で、母さんが熱を出して倒れた時も、一番に駆け寄ってくれた。それに、誰かが困っていたら見過ごせない質で、いつも沢山の人から感謝されてたわ。浸夜のことも、何よりも一番に思って、一番大切にしてた……」
「そっか。立派な人だったんだね……」
「そうよ。とても立派な人だった……。あ、そうそう。母さんがお店を始めたきっかけをくれたのも、父さんだったのよ」
「え、そうなの?」
母親がお店を始めたきっかけ。
つまり、それは冒険者組合を辞めるきっかけが、父親ってことだ。
「うん。あれは、母さんがまだ冒険者組合で働いてた頃に、あの人と初めて出会ってね。その時に、『服、凄い綺麗だね』って、母さんが作った服を褒めてくれたの。その言葉が、何よりも嬉しくて、お店を始めようって思ったのよ」
「そうなんだ」
初対面の女性に、いきなり衣服を褒めるとは……、凄いな父親。
ハードルが高すぎて、僕には無理。
けど、母親にとっては、その言葉がすごい嬉しかったんだろう。
その気持ちは僕もわかる。
それに、母親はその頃から自分で衣服を作っていたってことか。
もしかしたら、母親は冒険者組合で働いてた時から、心のどこかで自分のお店を開きたかったのかもしれないな。
……ん?
冒険者組合で働いてた頃に、父親と出会った?
つまり、母親が受付嬢の時ってことになる。
いや、だとしても受付嬢の制服を着てたはず。
衣服を褒めてくれたなら、冒険者組合の可能性は低い。
でも、受付嬢と会う人物の職業って……。
一応聞いてみるか。
まずは……。
「父さんとは、どこで出会ったの?」
「初めて出会ったのは、冒険者組合の外だったわね」
「え? 外で?」
「うん。その日は仕事が休みだったから一人で買い物をしてたんだけど、急に雨が降り出してね。ちょうど近くに冒険者組合があったから、外で雨宿りしてたの。その時にあの人が中から出て来て、母さんに声を掛けてくれのよ。しかも、なぜか傘を二本持ってて、母さんに貸してくれたの」
「そ、そうだったんだね」
休日に出会ったのなら、自分で作った衣服を褒められてもおかしくない。
けど、冒険者組合の中から出て来たってことは、やっぱり父親の職業って……。
「えっと、父さんって……。もうしかして冒険者だったの?」
「ん……。ええ、そうよ。それからも、よく冒険者組合に来てて、一日に何枚もの依頼書を一気に受けたら、いつもその日の内に解決してたわ。それに、階級も上の方でね、凄く強い人だったの」
「そ、そっか」
で、ですよね。
父親の職業も、僕がなりたい冒険者だった……。
こっちの父親も、沢山の人を救う職業に勤めていた。
更に言えば、いつも感謝され、強くて立派な人。
前世の父親も、消防士という沢山の人を救う職業に勤めていた。
そして、心配性で立派な人だった……、か。
それに、父親だけじゃない。
母親の髪や瞳の色、仕草や言葉遣い、声、怒り方……。
全部前世の母親と同じ。
違うのは、髪型だけだ。
いくらなんでも、共通点が多すぎる……。
偶然? いや、こんなに重なることってあるのか?
まだ……、断定はできない。
だから、その可能性をなくすためにも、今聞けることを聞く……、べきだと思う。
できれば聞きたくなかったこと……。
それを、最後に聞こう。
「最後に、一つだけ聞いてもいいかな?」
「ん? いいわよ」
「こ、答えたくなかったら、別にいいんだけどさ。父さんって、なんで亡くなったの?」
わかってる。
これは聞くべきじゃない。
この質問は、確実に母親を傷つけ、悲しませる。
乾牧さんや巳手さんたちの会話で、それを確信した。
さっきの話で、父親と母親が冒険者組合で、よく話していたことがわかった。
つまり、それはその場に居た他の受付嬢の人も、父親と母親との関係を知っているということ。
母親と乾牧さんたちが仲がいいのなら、尚更話の話題に上がるはずだ。
恐らく、今も勤めている受付嬢の中で、父親のことを知らないのは鼻寅さんのみ。
他の受付嬢の人は、全員知ってる。
その証拠は……。
乾牧さんや巳手さんと初めて出会った時に言った、
『言っちゃいけないこと言おうとしちゃった……』
『雰囲気が……、ね』
という言葉の意味。
これは、僕が父親の雰囲気と似ているということ。
父親のことを知っている証拠だ。
そのことを言っちゃいけなかったのは、母親が父親のことを思い出してしまうから。
だから、言っちゃいけなかった。
二人の仲が良くて、お互いに愛し合っていたことを知っていたから……。
だから、思い出させたくなかったんだ。
それを、僕も今わかった。
だからこそ、これは聞くべきじゃない。
けど、今聞かなきゃ……、僕も母親も前に進めないと思う。
このまま、ずっと踏み止まってる気がしたんだ。
だから、一緒に前に進みたいから……。
その一歩を踏み出したかった。
「父さん……は……」
僕がその質問をした瞬間、母親は目を見開き、目線を下にした。
両手をギュッと強く握り、言葉を途切れながら発する。
その手は震え、声も涙声になっていた。
俯いていて顔がよく見えないけど、間違いなく泣いている。
次第に母親の手に涙がポタポタと落ち始めた。
僕はそんな母親の姿を見て、咄嗟に両手で母親の右手をギュッと優しく掴んだ。
なんでそうしたのか、自分でもわからない。
けど、安心するかなって思った……。
ただ、それだけだ。
すると、母親は何かに気づいたように、ピタッと震えが止まった。
徐々に顔を上げ、僕に目線を向けて目が合った。
その目からは涙が溢れ、目元を赤くしている。
涙で化粧が取れつつあった。
僕はパッと目を見開き、どうするべきか一瞬考えた。
その結果、僕はニッコリと笑みを浮かべ、大きく頷いた。
大丈夫って、伝えたかった。
安心してもらいたかった……。
その気持ちは母親に届いたみたい。
母親はそんな僕の姿を見て、同じようにニッコリ笑みを浮かべ、左袖で涙を拭いた。
そして……。
「父さんは、冒険者として……。いえ、浸夜の父親として……、亡くなったの。けど、あの人は最後まで……、立派な人だったわ……」
母親の声は、まだ涙声だった。
けど、なぜかスッキリしたような表情を浮かべていた。
心の奥底に閉まった何かを、吐き出せたような感じ……。
その表情を見たら、自然と僕の目元から涙が流れた。
でも、結果的に聞けて良かった気がする。




