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  作者: 黒死
第三章 陰から影へ(知識編:月世界)
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第六話 父親のこと

 周囲には、干し草のような甘いにおいが漂っている。

 この香りを嗅ぐと、なんとなく落ち着く感じがする。


 けど、聞きたいこと……。

 聞かなければいけないことがある。


「父さん、いつ亡くなったの?」


「五月五日。ちょうど、浸夜の目が覚めた四ヶ月前くらい前に亡くなったの……」


「そうだったんだ……。父さんって、どんな人だったの?」


「優しい人だったわ。特に凄い心配性で、母さんが熱を出して倒れた時も、一番に駆け寄ってくれた。それに、誰かが困っていたら見過ごせない質で、いつも沢山の人から感謝されてたわ。浸夜のことも、何よりも一番に思って、一番大切にしてた……」


「そっか。立派な人だったんだね……」


「そうよ。とても立派な人だった……。あ、そうそう。母さんがお店を始めたきっかけをくれたのも、父さんだったのよ」


「え、そうなの?」


 母親がお店を始めたきっかけ。

 つまり、それは冒険者組合を辞めるきっかけが、父親ってことだ。


「うん。あれは、母さんがまだ冒険者組合で働いてた頃に、あの人と初めて出会ってね。その時に、『服、凄い綺麗だね』って、母さんが作った服を褒めてくれたの。その言葉が、何よりも嬉しくて、お店を始めようって思ったのよ」


「そうなんだ」


 初対面の女性に、いきなり衣服を褒めるとは……、凄いな父親。

 ハードルが高すぎて、僕には無理。


 けど、母親にとっては、その言葉がすごい嬉しかったんだろう。

 その気持ちは僕もわかる。


 それに、母親はその頃から自分で衣服を作っていたってことか。

 もしかしたら、母親は冒険者組合で働いてた時から、心のどこかで自分のお店を開きたかったのかもしれないな。


 ……ん?


 冒険者組合で働いてた頃に、父親と出会った?

 つまり、母親が受付嬢の時ってことになる。


 いや、だとしても受付嬢の制服を着てたはず。

 衣服を褒めてくれたなら、冒険者組合の可能性は低い。


 でも、受付嬢と会う人物の職業って……。

 一応聞いてみるか。


 まずは……。


「父さんとは、どこで出会ったの?」


「初めて出会ったのは、冒険者組合の外だったわね」


「え? 外で?」


「うん。その日は仕事が休みだったから一人で買い物をしてたんだけど、急に雨が降り出してね。ちょうど近くに冒険者組合があったから、外で雨宿りしてたの。その時にあの人が中から出て来て、母さんに声を掛けてくれのよ。しかも、なぜか傘を二本持ってて、母さんに貸してくれたの」


「そ、そうだったんだね」


 休日に出会ったのなら、自分で作った衣服を褒められてもおかしくない。

 けど、冒険者組合の中から出て来たってことは、やっぱり父親の職業って……。

 

「えっと、父さんって……。もうしかして冒険者だったの?」


「ん……。ええ、そうよ。それからも、よく冒険者組合に来てて、一日に何枚もの依頼書を一気に受けたら、いつもその日の内に解決してたわ。それに、階級も上の方でね、凄く強い人だったの」


「そ、そっか」


 で、ですよね。

 父親の職業も、僕がなりたい冒険者だった……。


 こっちの父親も、沢山の人を救う職業に勤めていた。

 更に言えば、いつも感謝され、強くて立派な人。


 前世の父親も、消防士という沢山の人を救う職業に勤めていた。

 そして、心配性で立派な人だった……、か。


 それに、父親だけじゃない。

 母親の髪や瞳の色、仕草や言葉遣い、声、怒り方……。


 全部前世の母親と同じ。

 違うのは、髪型だけだ。


 いくらなんでも、共通点が多すぎる……。

 偶然? いや、こんなに重なることってあるのか?


 まだ……、断定はできない。

 だから、その可能性をなくすためにも、今聞けることを聞く……、べきだと思う。


 できれば聞きたくなかったこと……。

 それを、最後に聞こう。


「最後に、一つだけ聞いてもいいかな?」


「ん? いいわよ」


「こ、答えたくなかったら、別にいいんだけどさ。父さんって、なんで亡くなったの?」


 わかってる。

 これは聞くべきじゃない。


 この質問は、確実に母親を傷つけ、悲しませる。

 乾牧さんや巳手さんたちの会話で、それを確信した。


 さっきの話で、父親と母親が冒険者組合で、よく話していたことがわかった。

 つまり、それはその場に居た他の受付嬢の人も、父親と母親との関係を知っているということ。


 母親と乾牧さんたちが仲がいいのなら、尚更話の話題に上がるはずだ。

 恐らく、今も勤めている受付嬢の中で、父親のことを知らないのは鼻寅さんのみ。


 他の受付嬢の人は、全員知ってる。

 その証拠は……。


 乾牧さんや巳手さんと初めて出会った時に言った、


『言っちゃいけないこと言おうとしちゃった……』


『雰囲気が……、ね』


 という言葉の意味。


 これは、僕が父親の雰囲気と似ているということ。

 父親のことを知っている証拠だ。


 そのことを言っちゃいけなかったのは、母親が父親のことを思い出してしまうから。

 だから、言っちゃいけなかった。


 二人の仲が良くて、お互いに愛し合っていたことを知っていたから……。

 だから、思い出させたくなかったんだ。


 それを、僕も今わかった。

 だからこそ、これは聞くべきじゃない。


 けど、今聞かなきゃ……、僕も母親も前に進めないと思う。

 このまま、ずっと踏み止まってる気がしたんだ。


 だから、一緒に前に進みたいから……。

 その一歩を踏み出したかった。


「父さん……は……」


 僕がその質問をした瞬間、母親は目を見開き、目線を下にした。

 両手をギュッと強く握り、言葉を途切れながら発する。


 その手は震え、声も涙声になっていた。

 俯いていて顔がよく見えないけど、間違いなく泣いている。


 次第に母親の手に涙がポタポタと落ち始めた。


 僕はそんな母親の姿を見て、咄嗟に両手で母親の右手をギュッと優しく掴んだ。

 なんでそうしたのか、自分でもわからない。


 けど、安心するかなって思った……。

 ただ、それだけだ。


 すると、母親は何かに気づいたように、ピタッと震えが止まった。

 徐々に顔を上げ、僕に目線を向けて目が合った。


 その目からは涙が溢れ、目元を赤くしている。

 涙で化粧が取れつつあった。


 僕はパッと目を見開き、どうするべきか一瞬考えた。

 その結果、僕はニッコリと笑みを浮かべ、大きく頷いた。


 大丈夫って、伝えたかった。

 安心してもらいたかった……。


 その気持ちは母親に届いたみたい。


 母親はそんな僕の姿を見て、同じようにニッコリ笑みを浮かべ、左袖で涙を拭いた。

 そして……。


「父さんは、冒険者として……。いえ、浸夜の父親として……、亡くなったの。けど、あの人は最後まで……、立派な人だったわ……」


 母親の声は、まだ涙声だった。

 けど、なぜかスッキリしたような表情を浮かべていた。


 心の奥底に閉まった何かを、吐き出せたような感じ……。

 その表情を見たら、自然と僕の目元から涙が流れた。


 でも、結果的に聞けて良かった気がする。

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