第六話 二歳の目標
その日の帰り道――。
僕と父親は手を繋ぎ、こんな言葉を交わした。
「ねえ、父さん」
「ん? どうした?」
「なんで父さんは、あんなに必死になって僕を助けてくれたの?」
僕は思っていた疑問をド直球にぶつけた。
「え? そうだな……」
父親は左手を握り、親指を顎に当てて考え込んでいた。
いつも考える時はこうする癖がある。
そして数秒後……。
父親は左手を戻し、真剣な表情で、
「一つは、実の息子だからかな。もう一つは、後悔したくないから。父さんにとって、陽は掛け替えのない存在で、大切な家族で、大切な息子だ。だから、例え陽の前に溶岩が立ち塞がろうと、闇に呑まれようと、その時は必ず助ける。絶対にだ」
と返答。
「なんで? 父さんは、怖くないの? 死んじゃうかもしれないのに……」
「もちろん怖いよ。けど、大切な人を失うのは、もっと怖い」
「……そっか」
父親のこの言葉が、僕の体全体に染み渡るような感じがした。
わかりやすく言えば、心に響いたってこと。
とりあえず、疑問は解決した。
だけど、まだ疑問は残ってる。
それを聞くべきかどうか、悩んでるところ。
僕は自然と困惑した目つきをしていたらしい。
というのも、全く自覚がなかった。
「どうした陽。まだ何か悩みでもあるのか?」
そんな僕を見て父親が問いかけてきた。
「え、なんで?」
「そんなの顔見たらわかるよ。なぜなら、僕は陽の父親だからな。息子の考えはなんでもお見通しだ」
父親は、そんなの当たり前だ!
と言わんばかりに、誇らしげな笑みを浮かべてた。
実をいえば、この出来事の前から凄い父親だとは思っていた。
けど、まさかここまでとはね。
この時、本当の意味で父親の凄さっていうのを感じた。
だが……。
「じゃあ、今僕が何を悩んでるのかも分かるってこと?」
僕は率直な疑問を不思議そうな表情で問いかけた。
「え? あ、いやー、それは……。わ、わかるんだけど、陽の口から聞きたいなーって思ってさ」
すると、父親は僕の問いに、明らかに動揺している様子。
「そっか。じゃあ言うけど、なんで僕を怒らないの?」
そう。
僕はずっとそのことが気になっていた。
「ん? なんだなんだ。もしかして、陽は怒られるの好きなのか?」
だが、父親はニヤニヤしながら聞き返してくる。
いや、そんな訳ないでしょ。
っと、ツッコミたいところだ。
けど、ここは我慢。
「いや、そうじゃなくて。今日、僕は悪いことをした。悪いことをしたら怒られるのは当然じゃないのかなって。そう思ったんだ」
「けど、父さんもあの運転手の人も怒らなかった。それどころか心配してた。まあ、なんで心配してたのはさっきの話で分かったんだけどさ。でも、なんで怒らないのか、それがずっと分からないんだ……」
「なるほどね……。なあ、陽」
父親は何かを悟ったかのように呟いた。
更に、なぜか僕の名前を呼ぶ。
「ん? うん」
「今日、陽がやったのは『悪いこと』ではなく、正しくは失敗になるんだ」
「失敗? 何が違うの?」
「『悪いこと』は頭でそれが悪いことだと分かっていて行ったこと。で、失敗は頭でそれが良いことだと分かって行こなったことが間違っていたこと。似ているようで、きちんと違うんだ」
「よく分からない。それに、失敗だったとしても怒らない理由にはならないと思う」
「うーん、そうだな。なあ、陽」
「う、うん」
一応返事はする。
けど、なぜか父さんは話す前に僕の名前を呼ぶ癖がある。
まあ、多分返事しなくてもいいんだと思う。
けれど、それは僕の良心が許さなかった。
「これから生きていく上でたくさんの出来事がある。成功することもあれば、今日みたいに失敗することもあると思う。けど、決して失敗は悪いことではないんだ。失敗しても、もう二度と同じ失敗を繰り返さないようにしたらいい。ただそれだけで、人は変わっていける」
「それと、もし失敗が怖くて何も出来なくなったら、その時はまず、前を向くんだ。そして進みなさい。一歩でも良い。その一歩が、新たな人生の始まりになる。そして、必ず次に繋がる。繋がっていく」
「うん……。よくわからない」
「はははっ。そうか。ちょっと難しすぎたかな? まあ、今はわからなくてもいいよ。きっと、いつかわかる時がくるからさ。その時に思い出して考えてみてほしいな」
「うん。分かった」
結果、父親がこの時に言ったことは今でもよくわからない。
でも、多分この時から、僕の陽キャとしての人生が始まった。
けど、人間の本質は、そう簡単には変えることはできない。
というのも、僕はずっと極度のコミュ障で、更に極度の人見知りだ。
具体的に言うと、初対面の人とは目を合わせることができない。
更にいえば、会話もままならない。
なので陽キャを目指した、と言った方が正しいかもしれない。
今は、陽の扉を開く百歩手前って感じ。
まだまだ道のりは長そうですね。
それと同時に、この時から僕は父親に憧れた。
そして、父親のような人間になりたいと思うようになった。
もちろん、今回みたいに命の危機が訪れることは早々あることじゃない。
いや、早々あってたまるものか。
だから、僕にできたのは唯一度だけ。
一人の女の子を助け、いや……。
――救ったことがあるくらいだ。