第三十五話 母親との約束
「瑠映、これは凄いことだよ! 絶対に冒険者にならせるべきだよ! もし、浸夜くんが冒険者になりたいんなら尚更!」
僕が心の中でシャドウにお礼を告げていると。
乾牧さんが母親に感情的になって語りかけていた。
けど、母親は何か思い詰めているような表情をしている。
何か気掛かりなことでもあるみたいな感じ。
「うん。もちろん、浸夜が冒険者になりたいなら、私は全力で応援するわ」
「じゃあ……」
「けど」
母親は乾牧さんが言い出すのを断ち切って話し出した。
「けど、それを決めるのは……、私でも、他の誰でもない。それは、浸夜が決めることよ。だから、私から冒険者になるように強要することはしないわ。絶対に……」
「瑠映……」
「ごめんね、掛保。でも私は、珍しい能力を持ってるからとか、特別な力を持ってるからとか、そんな理由で浸夜を冒険者にはしたくない。だから、例え浸夜がこの世界で唯一人の影の適性能力者だとしても、冒険者にはしない。そんな理由で、冒険者にしたくない……」
母親の顔は、言葉を発する毎に険しくなっていた。
両手をギュッと握り、目元には微かに涙が見える。
その顔を見ただけで伝わってくる。
母親がどれだけの思いで言ってるのか。
きっと、母親は内心では。
僕に冒険者になってほしくないんだ。
でも、その気持ちもわかる。
僕は魔物に立ち向かっていく鎧男の姿。
それが、前世の父親と重なるのを感じた。
だから、その姿に憧れて冒険者になりたいと思った。
沢山の人を救えるような。
そんな冒険者になりたいと思った。
前世の父親のような。
英雄になりたいと思った。
けど、同時にさっきの戦いを見てわかった。
冒険者っていうのは、そう簡単になれる訳じゃない。
それに、重要なのは冒険者になった後のこと。
例え、冒険者になれたとしても当然怪我をすることもある。
最悪の場合……。
――死ぬ可能性だってある。
つまり、冒険者は危険な職業だ。
きっと、今日の戦いを見た人全員がそう思ったはず。
当然、母親も……。
それをわかっているのに、我が子を冒険者にしたい親はいないと思う。
少なくとも、母親はそう思ってる。
……けど。
それでも、僕は冒険者になりたい。
決して能力が珍しかったからとか。
そういう理由じゃない。
僕は決めた。
この世界で冒険者になるって。
沢山の人を救う英雄になるって。
そう決めた……。
それに、変わるためにシャドウが与えてくれた。
この容姿と力。
そのために、シャドウが与えてくれた。
新たな人生。
だからこそ、僕はこの世界で最強の英雄になる。
この気持ちは変わらない。
だから、僕はこの気持ちを母親に伝えたい。
伝えないといけないって思った。
僕は右手を前に突き出し、母親の衣服をギュッと掴んだ。
母親はピクッと反応。
こちらに目線を向けた。
わかってる。
僕はまだ声帯が未発達の状態。
今は極力声を出さない方がいい。
けど、これだけは……。
この気持ちだけは、今伝えないといけない。
例え、今日声が出せなくなってもいい。
それでも、今の気持ちをきちんと言葉にして伝えたい。
だから、僕は気持ちを……。
この言葉を発するんだ。
「ナ、ル」
「ボゥ、ケン、シ、ヤ、ナル」
声が掠れる。
発音も正しくできない。
けど、それでいい。
今はそれでいいんだ。
だって、母親にはきちんと気持ちを伝えられた。
その証拠に……。
――母親は、嬉しそうに涙を流していた。
「そう……。それでも浸夜は、冒険者になりたいのね……」
「ゥン」
僕は頷き、その二文字を呟いた。
「そっか。よし、浸夜がそう決めたのなら、私は全力で応援するわ」
母親は右袖で涙を拭き、嬉しそうな笑みを浮かべた。
安心したような、明るい声を発した。
目元はほのかに赤くなっている。
安心感でうっとりしているみたい。
「けど、いい浸夜。これだけは約束して。絶対に無理はしないこと。わかった?」
母親は両手で僕の両肩を握り、真剣な表情で語り掛けてきた。
僕は頷いて、母親に右手の小指を差し出した。
母親も同じように、僕に右手の小指を差し出した。
そして、互いの小指を合わせて、その約束を交わした。
親子の絆を結ぶ、小指の約束を……。




