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  作者: 黒死
第二章 陰から影へ(転生編:月の兎と影)
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第三十五話 母親との約束

「瑠映、これは凄いことだよ! 絶対に冒険者にならせるべきだよ! もし、浸夜くんが冒険者になりたいんなら尚更!」


 僕が心の中でシャドウにお礼を告げていると。

 乾牧さんが母親に感情的になって語りかけていた。


 けど、母親は何か思い詰めているような表情をしている。

 何か気掛かりなことでもあるみたいな感じ。


「うん。もちろん、浸夜が冒険者になりたいなら、私は全力で応援するわ」


「じゃあ……」


「けど」


 母親は乾牧さんが言い出すのを断ち切って話し出した。


「けど、それを決めるのは……、私でも、他の誰でもない。それは、浸夜が決めることよ。だから、私から冒険者になるように強要することはしないわ。絶対に……」


「瑠映……」


「ごめんね、掛保。でも私は、珍しい能力を持ってるからとか、特別な力を持ってるからとか、そんな理由で浸夜を冒険者にはしたくない。だから、例え浸夜がこの世界で唯一人の影の適性能力者だとしても、冒険者にはしない。そんな理由で、冒険者にしたくない……」


 母親の顔は、言葉を発する毎に険しくなっていた。

 両手をギュッと握り、目元には微かに涙が見える。


 その顔を見ただけで伝わってくる。

 母親がどれだけの思いで言ってるのか。


 きっと、母親は内心では。

 僕に冒険者になってほしくないんだ。


 でも、その気持ちもわかる。


 僕は魔物に立ち向かっていく鎧男の姿。

 それが、前世の父親と重なるのを感じた。


 だから、その姿に憧れて冒険者になりたいと思った。


 沢山の人を救えるような。

 そんな冒険者になりたいと思った。


 前世の父親のような。

 英雄になりたいと思った。


 けど、同時にさっきの戦いを見てわかった。

 冒険者っていうのは、そう簡単になれる訳じゃない。


 それに、重要なのは冒険者になった後のこと。

 例え、冒険者になれたとしても当然怪我をすることもある。


 最悪の場合……。


 ――死ぬ可能性だってある。


 つまり、冒険者は危険な職業だ。


 きっと、今日の戦いを見た人全員がそう思ったはず。

 当然、母親も……。


 それをわかっているのに、我が子を冒険者にしたい親はいないと思う。

 少なくとも、母親はそう思ってる。


 ……けど。


 それでも、僕は冒険者になりたい。


 決して能力が珍しかったからとか。

 そういう理由じゃない。


 僕は決めた。


 この世界で冒険者になるって。

 沢山の人を救う英雄になるって。

 そう決めた……。


 それに、変わるためにシャドウが与えてくれた。

 この容姿と力。


 そのために、シャドウが与えてくれた。

 新たな人生。


 だからこそ、僕はこの世界で最強の英雄になる。

 この気持ちは変わらない。


 だから、僕はこの気持ちを母親に伝えたい。

 伝えないといけないって思った。


 僕は右手を前に突き出し、母親の衣服をギュッと掴んだ。


 母親はピクッと反応。

 こちらに目線を向けた。


 わかってる。

 僕はまだ声帯が未発達の状態。

 今は極力声を出さない方がいい。


 けど、これだけは……。

 この気持ちだけは、今伝えないといけない。


 例え、今日声が出せなくなってもいい。

 それでも、今の気持ちをきちんと言葉にして伝えたい。


 だから、僕は気持ちを……。

 この言葉を発するんだ。


「ナ、ル」


「ボゥ、ケン、シ、ヤ、ナル」


 声が掠れる。

 発音も正しくできない。


 けど、それでいい。

 今はそれでいいんだ。


 だって、母親にはきちんと気持ちを伝えられた。


 その証拠に……。


 ――母親は、嬉しそうに涙を流していた。


「そう……。それでも浸夜は、冒険者になりたいのね……」


「ゥン」


 僕は頷き、その二文字を呟いた。


「そっか。よし、浸夜がそう決めたのなら、私は全力で応援するわ」


 母親は右袖で涙を拭き、嬉しそうな笑みを浮かべた。

 安心したような、明るい声を発した。


 目元はほのかに赤くなっている。

 安心感でうっとりしているみたい。


「けど、いい浸夜。これだけは約束して。絶対に無理はしないこと。わかった?」


 母親は両手で僕の両肩を握り、真剣な表情で語り掛けてきた。


 僕は頷いて、母親に右手の小指を差し出した。

 母親も同じように、僕に右手の小指を差し出した。


 そして、互いの小指を合わせて、その約束を交わした。

 親子の絆を結ぶ、小指の約束を……。

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