第五話 二歳の疑問
陽暦二〇九八年十月三日。
あれは、僕が二歳の時に起きた出来事。
その頃の僕は。
今と違ってとても陽気で遊びたがり。
よく父親と一緒に。
家の近くにある公園に行って二人で遊んでいた。
まず、僕の両親を紹介しよう。
父親は僕と同じ白色の髪に、赤色の瞳をした人。
中身はどっちに似たか分からない。
けど、容姿は間違いなく父親と瓜二つ。
母親は黒髪を一つに束ねて結び、右肩の前に垂らしている。
黄色の瞳をした、とてもスタイルのいい人。
以上。
我が日白家の家族構成でした。
では、話を戻そう。
その日もいつものように。
白昼に公園で父親とキャッチボールをして遊んでいた。
二人で交互にボールを投げ合うだけの単純な遊び。
ここまでは。
別に死ぬような感じはしないでしょ?
僕もそう思ってた。
けど、突然その時はやってきた。
何球目かは覚えてないけど。
父親が投げたボールがいつもよりも少し高かった。
明らかに二歳の僕が届かないほどの高さ。
案の定、僕はキャッチできなかった。
そのまま後方に転がっていった。
「あ! ごめん、陽。父さん取ってくるから、ちょっと待っ……」
父親が謝りつつ。
ボールを追いかけようとするが、
「ううん。大丈夫。僕取ってくるよ」
と僕は父親の申し出を断り。
一目散にボールを追いかけた。
因みに、両親は僕のことを『陽』と呼ぶ。
そっちの方が呼びやすいからだと思う。
「ちょっ! 待って、陽! 危ないから!」
そんな僕を止めようと、父親が注意している。
けど、僕はボールを追いかけるのに夢中で聞こえていない。
僕は左手を前に突き出し、必死に走った。
ボールの転がる速度は僕が走るよりも速い。
なかなか追いつけない。
そして、やっとボールに追いつくことができた。
そのことが嬉しくて。
僕は笑みを浮かながらボールを拾い上げた。
けど、僕は走るのに夢中で気づかなかった。
自分が今いる場所は、公園じゃない。
そこは……。
――道路だったんだ。
気づいた時にはもう遅く。
左側から軽自動車が迫ってきていた。
その軽自動車から、
プーーー!
というクラクション特有の鋭い音が、辺り一面に響き渡る。
頭ではわかっていた。
逃げないといけないって。
なのに、足が竦んで動かない。
全身が硬直したみたいに一歩も動かせない。
この時、初めて予感した。
それは……。
――死だ。
もう駄目だと思った。
だが!
「陽!」
次の瞬間。
全速力で走って来た父親が僕を抱きかかえた。
そして、そのまま前方に前転し、道路の外に移動。
軽自動車は瞬時に急ブレーキを掛けた。
その後、僕が先程いた場所より、少し先の場所で完全に停止。
結果、間一髪で軽自動車との接触を回避した。
父親は直ぐさま起き上がり、両手で僕の両肩を強く掴んだ。
僕は咄嗟に両目を瞑った。
なぜなら、怒られると思ったからだ。
「陽、大丈夫か! 怪我はないか!」
けど、父親が口にしたのは予想外の言葉だった。
僕はその言葉に驚き、徐々に両目を開いて目線を父親に向けた。
その姿を目の当たりにし、目を点にした。
その目に飛び込んできた父親は息を切らしている。
驚いたように目を見開いている。
そこまでは、子供の僕にも予想できていた。
でも、僕が驚いたのはそこじゃない。
父親は腕や足を擦りむき、怪我をしていた。
怪我をした理由は決まってる。
僕を助けようとして前転したから。
しかも、子供の僕が見て分かるくらい傷が深い。
腕は血だらけ、足も同様に血が凄い。
それなのに、真っ先に僕のことを心配してくれた……。
そう思うと、自然と目頭が熱くなり、僕は涙を流していた。
その後、軽自動車を運転していた男性が車から降りた。
こちらに駆け寄って来た。
「すいません! 大丈夫ですか?」
男性は焦燥感を高めながら。
僕たちに声を掛けてきた。
「はい、僕たちは大丈夫です。急に飛び出してしまい、申し訳ありません!」
父親は立ち上がってその男性に謝罪。
深々と頭を下げた。
「いえいえ。そんな、どうか頭を上げてください。それに、こちら判断が遅かったですし」
男性はあたふたして申し訳なさそうにしていた。
けど、どうやら僕たちが無事だったことに安心しているみたい。
そして、男性はしゃがみ、右手で僕の頭を撫でながら、
「でも、とにかく、無事で良かった……」
と呟いた。
見た感じ、その男性は怪我はしている様子はない。
けど、なんで彼らは怒らないのか。
その頃の僕は、それが分からなかった。
僕は今、悪いことをした。
悪いことをしたなら、怒られるのは当然だ。
なのに……。
――なんで?