第三十話 乾牧掛保
母親は右側のカウンターに向かって歩き出した。
そのカウンターには、乾牧さんが立っている。
乾牧さんは母親に気づいた。
だが、なぜか不思議そうにこちらを見つめる。
「あれ? 瑠映? 久しぶり〜」
すると、乾牧さんが母親の名前を呼び。
右手で振り返していた。
「久しぶり、掛保」
母親も直ぐに右手を振り始めた。
二人の様子からして。
またしても母親の知り合いみたい。
おいおい。
どんだけ知り合い多いんだよ。
まあ、お店を経営してるのなら。
知り合いが多いのはいいことだと思うけど。
でも、さっきの申取さんもここの受付嬢だった。
そんなピンポイントに受付嬢だけと知り合いになるもんなのか?
少し気になる……。
何か知り合いになるきっかけがあるはず。
とりあえず、二人の会話を聞いていこう。
「瑠映がここに来るなんて珍しいね。どうしたの?」
「あ〜、えっとね……」
「まさか……」
乾牧さんは右手を口元に当て、顔が強張っている。
とんでもない物でも見たような表情。
「再就職……?」
ボソッとその言葉を呟いた。
だが……。
ん、再就職?
どゆこと?
「そんな訳ないでしょー。今日は浸夜の適性能力と種族を検査してもらいに来たのよ」
母親は眉間に皺を寄せ、少しムッとしている。
状況が理解できず、僕もムッとした。
「なんだ〜、そうだったの。はぁ、びっくりしたー」
乾牧さんは安心したように、右手で胸を撫で下ろした。
けど、安心している中。
どことなく残念そうにしている。
「いや、びっくりしたのはこっちよ」
乾牧さんの反応を見て母親が即答する。
そんな中、僕は二人の会話を聞いて推測した。
なるほど。
なんとなくわかった。
二人の話から……。
母親は以前、ここで働いていた。
しかも、恐らく受付嬢として働いていたはず。
今思えば、試験闘技場でもやたらと受付のことを知ってた。
それに、申取さんや乾牧さんと仲がいい。
更に言えば、呼び捨てで呼び合うほど。
それは、共に働いていたから。
そう考えれば、あんなに仲がいいのも納得がいく。
多分、同時期に勤めていたのかもしれない。
まだそこまでわからないから、可能性としてだけど。
そして、気になるのは乾牧さんがさっき言った、
『再就職』
という言葉。
母親に何があったのかはわからない。
けど、何か辞める原因があったはず。
流石にその理由を口にするわけないか。
とりあえず、これは後回し。
てか、『適性能力』ってなんだ?
それがこの世界の能力の名称なのかな?
適性っていうのは……。
それぞれに備わってる性質・性格。
それに当てはまる適した性質のこと。
つまり、適性能力って言うのは……。
それぞれに適した性質から備わってる能力のこと。
なら、一人に備わってる能力は一つだけの可能性が高い。
そして、当然僕にも何かしらの適性能力があるってことね。
だとしたら一体どんな能力があるんだろう。
前世が陰キャだったから……。
陰とかかな?
そんな能力あるのかわかんないけど。
ちょっと楽しみ。
「そっかそっか。浸夜くん大きくなったね〜。私のこと覚えてる? まだ小さかったから覚えてないかな?」
乾牧さんがカウンターから前のめりになって僕に語りかけてきた。
しかも、凄く距離が近い。
すると、乾牧さんはニッコリと笑みを浮かべ、
「とりあえず、久しぶりー!」
と言いながら両手を僕の方に突き出してきた。
両手を僕の両脇に入れて優しく掴み、母親から僕を奪い取った。
「きゃー! 可愛い〜!」
乾牧さんは母親に背を向け、僕を思いっきり抱きしめている。
僕の顔が胸に埋まる。
うお!なんか破天荒な人だな!
てか、一応僕まだ病み上がりなんですけど!?
ツッコミどころが多くて反応が追いつかない。
けど、とりあえずいい匂いがする。
なんというか、落ち着いて眠ってしまいそうなほど。
温かい匂いだ。
あ。
でも母親もめっちゃいい匂いがしてたよ。
と思いながら、僕はチラッと母親に目線を向けた。
だが……。
母親は優しそうな笑み……。
いや、違う。
怖い笑みだ。
しかも、なんか禍々しいオーラを纏っている。
この顔には見覚えがある。
前世の母親が怒る時と同じ怖い笑みとそっくり。
髪と瞳の色。
そして、声が似てると思ってた。
けど、まさか怒り方もそっくりなのか?
え、こんな偶然ある?
てか、こんなおっかない怒り方する人が他にもいるなんて……。
恐ろしすぎる。
いや、似たような人は三人居るって言うし。
決してありえないことでもないのかな?
と、とりあえず……。
こうなってしまったら、もう誰にも止められない。
もちろん、今母親の目線の先に居るのは……。
言うまでもなく。
乾牧さんだ。
「掛保?」
母親は恐ろしい声で乾牧さんを呼んだ。
「ひゃ! は、はい?」
乾牧さんはその声に驚いて女の子っぽい声を発した。
どうやら、殺気に似た何かを察知したらしい。
ゆっくりと母親に向かって体を向けていく。
そして、母親の顔を凝視し、固まっている。
「今浸夜はまだ病み上がりの状態なの。だから、ね? あまり急に動かしたりしないで? わかった?」
「あ、はい……。ごめんなさい」
乾牧さんは直ぐに僕をカウンターの上にゆっくり置いた。
と同時に、しゃがんで姿を消した。
すると……。
母親から禍々しいオーラが消えていった。
この時、僕ははっきりとわかった。
それは……。
――この母親も、怒らせると怖い!
ということ。
ガタッ、ガタガタっと何かがぶつかり合う音が聞こえる。
その音が聞こえるのは、乾牧さんがしゃがんだ場所から。
「え〜と、どこだっけな……」
なんかぶつぶつ呟いてる。
何やら、カウンター下でごそごそしているみたい。
「……あ! あった、あった」
どうやら、探してた何かを見つけたらしい。
ちょこっとカウンター下から顔を出した。
両手には、一枚の鉄板を持っている。
魔法陣のような模様をしている。
「はい。お待たせ〜」
その鉄板を僕の前に置いた。
ドスンっという鈍い音が鳴り、重さの具合が窺える。
その鉄板には、ケーブルのようなものが差し込んである。
そのケーブルは、カウンターに置いてあるパソコンと繋がっている。
「じゃあ、浸夜くん。ここに手を乗せてくれるかな?」
この鉄板に?
そういえば、今日は僕の適性能力と種族を知りに来たんだっけ?
つまり、この鉄板に手を乗せたら。
僕の適性能力と種族が判明するってことかな。
なんか一瞬で色々あって忘れてた。
けど、これでやっと適性能力と種族がわかる。
よし。
なら、乗せましょう。
僕は頷きながら、その鉄板に右手を乗せた。
その瞬間……。
――その鉄板から真っ黒な影が出現し、僕を包み込んだ……。




