第二十一話 重要な見落とし
そして……。
僕はついに、試験闘技場という施設の中を目の当たりにした。
確かに外からでも大勢の人たちの歓声が聞こえていた。
それは間違いない。
けど、中に入ると更に歓声が広がっている。
しかも、周囲の壁に反響して、より大きく響き渡っている。
僕は今まで甲子園やコンサートなどの人が多い場所に行ったことがない。
つまり、人生で初めての光景だ。
試験闘技場は、大勢の人たちでよく見えない。
けど、恐らく円形場。
四方には、降りるために必要な階段が設置してある。
それと、僕が予想していた通り。
北・南が入り口。
東・西が出口みたい。
北の通路には、上に『試験闘技場入り口:北』。
東の通路には、上に『試験闘技場出口:東』。
西の通路には、上に『試験闘技場出口:西』。
と書かれた看板がある。
周囲を見渡した感じだと、観客は五千人程度。
全体的に数えられないほどの観客席が設置されている。
けど、立っている人も何人か居る。
座る席はきちんと決まってないっぽい。
更に言えば、必ずしも席に座らないといけないわけではないみたい。
母親曰く、空いている席がないか探してる人がちらほら居る。
後方には、ジャンプしても乗り越えられない程の巨大な壁。
その壁が全体を覆っている。
見た感じだけでも、三十メートル以上はある。
高さも相当だが、かなりの分厚さに見える。
後方の壁に面して、色々な屋台が連なっていた。
見える範囲でも十二種類。
たこ焼き・焼きそば・カキ氷・林檎飴・綿菓子・焼きとうもろこし・チョコバナナ・ベビーカステラ・ラムネ・クレープ・たい焼き・ジュース売り場が見える。
まさに、甲子園に来ているような感覚だ。
行ったことないけど。
……だが。
や、やばい。
僕はワクワクしすぎて、あることを見落としていた。
しかも、とてつもなく重要なこと。
それは……。
――僕、人混みが苦手なんだよね。
陰キャは極力人と関わりたくない。
故に、人が密集している場所が苦手だ。
特に、僕の場合は常に一人だったから大の苦手。
前世では人が密集している場所には行ったことがない。
いや、行きたいと思ったことはある。
好きなアーティストのライブとか。
好きなアニメのイベントとか。
ただ、行こうと思っても勇気が出なかった。
行きたい気持ち以上に、人混みという壁を乗り越えられなかった。
よくよく考えると、闘技場=大勢の観客。
なら、大勢の人が居るのは当たり前だ。
なのに、今に至るまですっかり忘れてた……。
ということは、それほどにワクワクしていたってことか?
それって、まるで子供じゃないか。
本当に見た目だけじゃなく、中身まで子供になったみたいだな。
てことは、これは転生した影響?
……。
うん、そんなわけないか。
単純に見落としていただけだな。
いや、ちょっと待とう。
これは、あれだ。
今ここで、この壁を乗り越えるチャンスだ。
チャンスなんだけど……。
人混みって、どうやったら乗り越えられるんだろう?
思えば、今まで克服することを考えてこなかった。
だからこそ、全然方法が全く浮かばない。
僕はここに来たことを若干後悔した。
徐々にムカムカし始め、吐き気を催していた。
けど、咄嗟に右手で口元を押さえ、なんとかそれを阻止。
それっていうのは、リバースのことです。
因みに、母親というと……。
そんな僕を見ぬ気もせず、試験闘技場内に設置してある階段をゆっくり降りている真っ最中。
な、なんだと。
その降りる振動さえも、今の僕には危険だというのに。
あ、本当にヤバイかも……。
このままだと、母親の衣服にリバースしてしまう。
それだけは、なんとしても阻止しなければいけない。
その理由は二つある。
まず一つは、また母親に心配をかけてしまうから。
元気になりました!
と思ったら、いきなりリバースした。
そんなところを目の当たりにして、心配しないはずがない。
いや、この母親は必ず心配する。
今までの行動から、それが痛いほど伝わってくる。
だからこそ、これ以上心配はかけられない。
いや、色んな意味で『かける』わけにはいかない。
もう一つは、母親の衣服が汚れてしまうから。
このまま僕がリバースしたら、間違いなく母親の衣服にかかる。
当然、母親は着替えるためにお店に戻らないといけない。
そうなれば、冒険者資格試験を観ることはできない。
つまり、僕がリバースしたら母親に心配をかける。
そして、僕がリバースしたら母親の衣服にかかる。
結果、母親に迷惑がかかる。
三重の意味で、リバースすることを阻止する必要がある。
僕は鼻からゆっくりと息を吐き、気持ちを落ち着かせた。
気休めでも、多少は酔いが軽減すると思ったから。
正しいかどうかは、知らん。
そんな中、母親はキョロキョロと周囲を見渡し、
「あっ……。やっと見つけた」
と小さく呟いた。
と同時に、母親は階段を降りる速度を少し速めた。
最前列に空いている席を見つけたらしい。
母親は階段を全て降り終え、その空いている席に座った。




