第十九話 申取居散
その女性の服を凝視していると、首に掛けてある紐が目に入った。
しかも、その紐の先にはカードホルダーがあり、その中に白色の名札みたいなものがある。
その名刺には……。
上段に小文字で、『冒険者組合 受付嬢』。
下段に大文字で、『申取居散』。
と書いてあった。
これでこの女性の名前と職業は判明した。
名前は、申取居散。
職業は、冒険者組合っていうところに勤めている受付嬢。
冒険者組合は……。
名前からして、恐らく冒険者に依頼をしたりする場所の名称。
もしそうじゃなくても、冒険者に関係する何かってことは間違いない。
冒険者資格試験の内容は、冒険者になる資格があるのか試す検査。
その試験の管理をしているのが冒険者組合の役目。
故に、この女性……。
申取さんは、冒険者組合の受付嬢として今日ここに居る。
そして、申取さんが今やっているのは、入場者の確認だ。
うん。多分間違いない。
「居散、久しぶり〜」
母親が突然申取さんに向かって右手を振りながら語りかけた。
右腕を離しても、左腕で僕をがっしりと抱き抱えてちゃんと支えてくれている。
僕は万が一落ちたら嫌だから、ガッシリ掴んでるけどね。
母親の喋り方や態度からして、恐らく知り合いなのだろう。
しかも、かなり親しい間柄。
さっき、お店では塞養さんって呼んでいた。
対して、申取さんのことは名前で呼んでいる。
つまり、名前で呼ぶほど仲がいいということ。
いや、でも塞養さんに関してはちょっと違うのかな?
多分、雇用関係にあるから苗字で呼んでるだけ。
お店での二人の会話からして、別に仲が悪いわけではなさそうだったし。
「んー?」
申取さんは目を細めて、じっと母親の顔を見つめていた。
多分、通路が暗過ぎて誰かわからないんだと思う。
けど……。
「お、璃映。久しぶり。元気だった?」
どうやら母親だと気づいたらしく、ハッとしたように目を見開いた。
直ぐにニッコリと笑みを浮かべ、元気よく右手を振り返しながら、明るい声で返事をした。
「ええ、お陰様で元気にしてたわ。今日は誰が受付やってるのかと思ったら……、まさか居散だとはね」
「あはははは……」
「あれ? そういえば、居散ってここの受付嫌いじゃなかった? やってるところ初めて見た気がするんだけど……」
「そうなのよ……。私、人混み嫌いだから極力やりたくないんだけど、組合長に言われたから断れなくてね……」
申取さんは脱力した両腕をぶら下げ、少し前屈みになった。
沈んだような表情を浮かべ、どことなく気力が抜けたような声を発した。
その姿から、仕方なくやっているということはよく伝わった。
「そうだったの。まあ、組合長に言われたなら、仕方ないわね」
「うん……。最初は反論しようと思ったけど、辞めた」
「は、反論しようとは思ってたのね……」
「ん? でも、そもそも冒険者組合に大勢の人が来るけど、それは大丈夫なの?」
「そ、それは……、なんとか気力で」
「じゃあ、ここの受付も気力でどうにかならないの?」
「無理!」
申取さんは先程まで魂が抜けたような声をしていた。
だが、その二文字だけは元気よく答えた。
しかも、母親からの問いに即答。
「即答ね……」
「だって……。試験闘技場の受付は一人来たと思ったら、次から次へと人が入ってくるから、休む暇もないし、気力だけじゃ持たないの。だからやりたくないのよ……」
「あ、あ〜、そうよね。なんかごめんね」
「璃映〜、変わってくれない?」
「え? 嫌だけど」
母親は右に首を傾け、さも当然のように即答。
しかも……。
なんで私がそんなことしないといけないの?
という文字が頭上に見える程の疑問感を醸し出している。
「だよね……。てか、即答だね……」
「けど、その代わりに今度何か差し入れしに行くから。もう少し頑張って」
「うん。ありがとう。まあ、今日行われる冒険者資格試験は、この国の名物行事みたいなものだし、仕方ないんだけどさ」
「そう……ね。名物行事……」
母親は聞こえないような声を呟く。
と同時に、先程まで申取さんに向いていた目線を左に逸らした。
気のせいか。
表情からも笑みが消え、どことなく悲しそうに見える。
「あ。そういえば、璃映がここに来るなんて珍しいね。どうし……」
申取さんは先程まで魂が抜けたような目と声をしていた。
だが、なぜか急に発していた言葉を止め、目を見開いて一点を見つめていた。
その先にいた人物。
それは……。
――僕です。
なぜかわからない。
けど、僕と目があった途端、ずっと固まっている。




