第十五話 立派な母親
よし、大丈夫。
決意は固まった。
僕は心を落ち着かせ、頭を前に上げて両目を開いた。
と同時に、なぜか右側から誰かに見られているような視線を感じる。
直ぐにその方向に目線を向けた。
そこには、心配そうな目つきでこちらを見つめている母親の姿。
「浸夜、どうしたの? どこか痛いの? 大丈夫?」
母親は不安そうな表情を浮かべ、明らかに焦っている。
口にした言葉も震えているように感じるし、息遣いも荒い。
けど、僕はなんのことかわからず、ぽかーんとした表情。
母親の顔を、ただ不思議そうに見つめた。
……と同時にあることに気づいた。
自分の右手に感じる違和感。
直ぐに目線をそっちに向けた。
その右手のひらを見て、やっと理解した。
母親が言っていたことや、心配そうな表情の理由。
それは……。
――右手が震えていたから。
頭の中で決意を固めている間、無意識に体がブルブルと震えていたみたい。
今も尚、多少の震えが残っているのが右手を見て確認できた。
恐らく、シャドウのことを考えてる時に、少なからずとも恐怖を感じていたのだろう。
ということは、多分僕が下を向いて目を瞑った辺りからずっと。
確かに我が子が鏡を見た……。
と思いきや、急に下を向いて両目を瞑って震えている。
そんな姿を目の当たりにしたら、そりゃあ心配するよな。
ごめんね、心配ばかりかけて。
大丈夫ってことを伝えるためにも、まずはこの震える右手をなんとかしよう。
右手を胸部に当てて、意識的に大きく息を吸った。
ふう、と息を吐きながら気持ちを落ち着かせた。
うん、もう大丈夫。
本当に、大丈夫だよ。
頭の中でそう思うと、右手の震えが完全に収まった。
僕はその右手を確認し、母親に目線を向けた。
満面の笑みを浮かべ、大丈夫、ということを伝えた。
「そう。いきなり震え出した時はどうしたのかと思って心配したけど、大丈夫なら良かったわ」
母親は一度吐息をつき、徐々に安心した表情を浮かべ始めた。
更に、その大きな胸を撫で下ろし、ほっとしていた。
普通なら、ただ顔に笑みを浮かべているだけ。
それだけでは何も伝わらないかもしれない。
けど、やはりこの母親は凄いな。
僕の心を全て見透かせるかのように、ちゃんと理解してくれている。
親は我が子の考えていることがわかるって聞いたことがある。
けど、この人ほどその言葉が合う人はいない。
それほどに、立派な母親だと思った。
「さて、安心したところで……。そろそろ試験闘技場に行きましょう。ね、浸夜」
僕の元気そうな姿を見て完全に安心した母親が尋ねてきた。
その言葉を聞いて、ハッと思いついたように体が反応。
あ、そうだ。
空腹や容姿のことで忘れてたけど、まずそれが第一目的だった。
僕は持っていた鏡をベットに置いた。
更に、両手を握り、真上に突き上げた。
つまり、ガッツポーズだ。
普段ならそんなポーズは絶対にしない。
なぜなら、目立つから。
けど、今はそれほどまでに試験闘技場に行くのが楽しみで仕方がない。
それに、これ以上この母親に心配を掛けたくない。
「ふふふっ。そう、そんなに楽しみなのね」
母親はその姿を見て、口元に右手を当てながら笑っていた。
先程の心配は完全に消え、どことなく嬉しそうだ。
母親が嬉しそうな姿を見て、僕も嬉しい。
嬉しいんだけど……、やっぱ恥ずかしいです。
僕はそう思った瞬間、徐々に頬が真っ赤に染まっていった。
まるで、真っ赤に熟れた林檎のように。




