第十話 母親の恐ろしさ
「あらあら。あなた? ちょっとこっちに来てくれるかしら?」
母親は右に首を傾けながら、父親に問いかけた。
しかも、額に怒筋が浮き出ている。
「へ? いや、違うんだ、母さん。別にそこだけで……」
「こっち。来てくれるかしら? 今からあなたが言ってた、嬉しくてたまらないことしてあげるから……。 ねえ、あ、な、た」
父親は必死に言い訳をしようとするも、母親によって強制的に阻止され、なす術を完全に失った。
所謂、万事急須というやつだ。
「はい……」
父親はあっさりと諦め、震えながら椅子から立ち上がり、リビングから出て二階に上がって行った。
その父親の後に続いて、母親もリビングから出ようとドアノブに手を掛けた。
だが……。
「あ、そうだ。陽〜」
なぜか僕の方に振り向きながら呼びかけてくる。
「は、はい。なんでしょうか」
僕は母親が纏っている禍々しいオーラに圧倒されて、恐怖で体が震えていた。
「さっき父さんが言ってたことは全部忘れていいからね? 好きな女の子ができたなら、その子の中身を見てあげなさい。それと、好きな子に告白する時に、『胸が大きいから』っていう理由で好きだ、なんて言ったら駄目よ? それは、もし他の女の子にいいところを聞かれた時も同様にね。いい?」
「はい。もちろんです」
「あ、あと。母さんそんなにおっかない怒り方してるかしら? ねえ、陽?」
「いえ。いつも素敵な笑顔です」
僕はこの時、思ってもいないことを口にした。
正直に答えていれば、恐らく命がないと直感したから。
てか、なんで僕がそのことを言ったことを知ってるんだろう。
まさか……。
ずっと父親と僕がしていた会話を聞いてたのか?
そう思うと、恐怖が全身を駆け回り、背筋が凍るようだった。
「あら、ありがとう。じゃあ、ちょっと一人で遊んでてね。母さんは父さんと大切なことをしないといけないから。だから、二階には上がっちゃ駄目よ? わかった?」
「はい。わかりました。お気をつけて」
そして数時間後――。
リビングの扉が開いて、両親が戻って来た。
父親は魂が抜けたように、全身が真っ白で今にも死にそうな姿。
恐らくこっぴどく怒られたんだということが、その姿を見ただけで伝わってくる。
けど、なぜか母親は先程の怒りは消え、いつも通りの元気で優しい姿に戻っていた。
しかも、気のせいか肌がツルツルになってる気がする。
一体二人で何をしていたのか……。
それは今も尚、謎のままだ。
そういう訳で、父親がなぜ母親と結婚したのか。
また、なぜ母親を好きになったのか。
そのことを五歳という若さで知ったのである。
そして、母親が地獄耳だってことも。
ある意味すごい人だってこともよくわかった。
あと、父親は立派な人だけど、何をやっても母親には敵わない。
そのことも身に染みてわかった。
僕はそれからというもの、父親が言った、
『胸がデカい女性に、悪い人は居ない』
という言葉が本当なのか気になってしまい、無意識に女性の胸ばかりに目線を向けてしまった。
当然、女の子からは白い目で見られるようになりました……。
今思えば、外見は父親と瓜二つだけど、中身も父親に似たってことなのかな?
残念ながら、悪いところだけしか似てないみたいだけど……。




