第九話 父親からの助言
陽暦二一〇一年十一月二十二日。
まだ、シャドウとも出会ってない時の出来事。
その日は父親が休みで、母親は仕事に行っていた。
母親はいつも夕方になるまで家に帰って来ない。
それほど仕事が忙しいみたい。
つまり、母親が帰ってくるまでの間、ずっと父親と一緒に遊べるということ。
けど、休みとはいえ、父親も普段から仕事で忙しい。
だから、休みの日はきちんと休息を取ってもらいたい。
と子供ながらに思った。
なので、その日も僕はいつも通り一人で遊んでいた。
だが、なぜか父親から率先して僕と遊んでくれた。
因みに、リビングでトランプ・人生ゲーム・ジェンガなどで遊んだ。
それは嬉しいんだけど、父親は休みの日はいつも二階にある寝室で一日中寝ている。
だからこそ、僕は嬉しい反面、逆に心配になった。
きっと明日は雪でも降るんじゃないかって……。
時間はあっという間に過ぎ、夕方になっていた。
僕と父親は遊び終わり、リビングにある椅子に座った。
テーブルは四角形で、椅子が四つ。
システムキッチンL型の向かいに設置してある。
父親はリビングの扉側を背に、椅子に座っている。
対して僕は、扉側と父親の向かいの椅子に座っている。
更に二人の目の前には、ドクダミ茶が入った湯呑みがある。
「なあ、陽」
「ん、なに?」
珍しく父親が真剣な表情で、僕の名前を呼んできた。
両手同士を合わせて、口元辺りに当てて両肘をテーブルに置いている。
いかにも真剣な話をしますって感じの姿だ。
「今、好きな人居る?」
「い、いるけど……。どうしたの?」
いきなりすぎる問いに僕は戸惑い、答えつつも父親に聞き返す。
この頃、ちょうど公園で出会った女の子に一目惚れしたばかりだった。
父親なりに何かアドバイスでもしてくれるのかと思っていた。
だが……。
「そうか。その子は……、巨乳か?」
いやいや、気になるところそこかい。
子供なんだから胸があるわけないでしょ。
「え? いや、そんなところ見てないからわかんないよ。でも、なんで?」
「それはな……。胸がデカい女性に、悪い人は居ないからだ。だから、結婚するなら巨乳の女性にしなさい」
五歳児に何を言っとるんだこの父親は。
と心の中でツッコんでいた。
「いや、そんなことないでしょ。多分胸が大きい人にも悪い人は居るよ。父さんが知らないだけで」
僕はクリクリの目から、徐々に呆れたような目つきに変わっていった。
と同時に、父親に対して疑惑の念が膨らんでいく。
「そうだな。父さんは女性との交友関係は少ない。だが、それは今まで出会った女性の中でも、いい人だけとしか交友を持ってないからだ。そして、その女性たちの共通点が……、巨乳だったんだ」
「絶対偶然だって。それに、人を好きになるのに大切なのは、外見よりも中身じゃないの?」
「う〜ん。確かに中身も重要だな……」
父親は両目を瞑って考え込んでいた。
けど……。
「よし、巨乳の女性っていうのはやっぱりなしだ」
直ぐにパッと両目を開いて、さっき自分で言ったことをいとも簡単に訂正した。
「う、うん」
「じゃあ、結婚するなら母さんみたいな女性にしなさい」
「え? それって、笑顔で怒る女性と結婚しろってこと? そんなの嫌だよ。それに、あんなおっかない怒り方する人、早々居ないよ」
僕はその場に母親が居ないのを見計らって、いつもなら思っていても言わない本音が制御できず、強制的に口から飛び出た。
これをもし、母親が聞いていたら……。
間違いなく命はないだろうな。
「ん? まあ、それもそうだな。けどよく考えてみろ、陽」
「ん、何を?」
「母さんはいつも優しくて、いつも陽のことを心配してくれてるだろ?」
「うん。そうだね」
「しかも、母さんは巨乳で、怒る時も可愛いだろ?」
「いやいやいや。可愛さなんて微塵もないよ。めっちゃ怖いし、なんか変なオーラ出てるしさ」
「そこが母さんのいいところじゃないか。それにあの大きな胸が揺れてる姿は、いつ見ても目の保養になる」
「え、どこら辺が? あと、そろそろ胸から離れなよ」
「だって、ただガミガミと怒られるのは気が滅入るけど、母さんのあの笑顔を見てると、なんだか怒られてるというよりも、反省させられてるような感じがしないか?」
「うん。言われてみれば、確かにそうかも。いつも自分がやってしまったことを再認識して、きちんと反省することができてる気がする」
先程までは胸のことばかり言っていた父親が、急にもっともなことを口にした。
僕も右手を握り、ちょうど親指を顎に当てて、目線をやや上にして少し考えた。
「だろ? つまり、母さんは巨乳で中身もいい、完璧な女性だ。だから、陽も結婚するなら母さんみたいな人としなさい」
「うん。わかった。で、父さんは母さんと結婚した一番の決め手ってなんだったの?」
「もちろん……、胸だ」
「ふーん。……じゃあ、父さんは母さんの胸が大きいから結婚したの?」
その時、リビングの扉がゆっくりと開いた。
それを確認して、僕は直ぐに目線を父親に向き直し、重要なことを質問する。
「うん、そうだな。いや〜、いつもあの胸を見ているだけで、自然と元気になる気がするんだよね。だから、父さんはどれだけ母さんに怒られても、全然悲しくないんだ。いや、むしろ嬉しいくらい」
父親は左手を強く握り、下から突き上げるように胸程度の位置で構えた。
そして、誇らしげな笑みを浮かべながら、熱烈と母親に対する思いを口にする。
その頃、先程リビングの扉を開けた人物が、ゆっくりと中に入って扉を閉めた。
その人物は父親の真後ろに向かって、そろりそろりと足を忍ばせながら迫っている。
けど、父親は全く気づいてない。
「そっか。ねえ、父さん」
「ん? どうした、陽」
「後ろ……」
僕のその言葉と同時に、その人物の両手が父親の両肩に重くのし掛かった。
その手の重みを感じ、やっと父親はその人物の存在に気がついたらしい。
けど、時既に遅し……。
「……え?」
父親は徐々に真っ青な顔になり、恐る恐る首を左に曲げて後ろを振り向いた。
その人物の正体は……。
――仕事から帰って来た母親だった。
その母親は、もちろん激おこ状態です。
いつも以上に禍々しいオーラと、ゾッとするほどの笑みを浮かべている。
父親は驚き過ぎて、口を開けて震えている。




