第三話 体の違和感
僕は右側の頬にじんじんと伝わる痛みを感じ、目の縁から涙が染み出てくる。
それに思いっきり引っ張りすぎて、本当に右頬が餅みたいに伸びて真っ赤に腫れてる。
痛ってえ〜、けど。
ま、まず整理しよう。
つまり、とりあえずこれは夢ではない。
けど、現実に夢と同じようなことが起きている。
ということか。
うんうん。
なるほどね……。
つまり!
よくわからんな。
まず、夢と同じことが起きるのは理解できる。
僕は実感したことないけど、普通にあり得ることらしい。
けど、呼ばれてる名前が違うなんてことあり得るのか?
流石に夢と同じすぎる。
それに、今回は泣きながら抱きしめられてる。
これを正夢と呼ぶには、少々不可解すぎる。
てか今更だけど、なぜか体になんの外傷も見られない。
痛みなども全く感じない。
もちろん右頬が腫れてるのは除いての話だけど。
それは僕が自発的にやったことだから。
仮にあのままトラックに轢かれてたら、絶対に無傷な訳がない。
外傷が全くないにしても、必ず体内へのダメージが残ってるはずだ。
なら、考えられるのは記憶喪失。
または昏睡状態だったくらいかな?
例えば、あれから数ヶ月……。
いや、数年が経過していると仮定しよう。
あの日、僕はトラックに轢かれて怪我を負った。
なんとか一命を取り遂げて、そのまま病院に入院。
けど、それからずっと意識が覚醒しなかった。
そのまま時間が経って体の怪我が全て治った。
その状態で、なぜか今になって完全に意識が覚醒。
そして、現在に至る。
……。
それでも疑問はあるけど、このまま何も確認しないわけにはいかない。
よし、一つずつ確認していこう。
まずは、記憶喪失じゃないか確認しよう。
一番重要な僕自身の情報から。
僕の名前は日白陽開。
今まで生きてきた人生の十五年間、唯一度も友達という存在ができたことがない男。
因みに、ごく普通の中学三年生。
更に言えば、陰キャ。
いや、陰キャを極めた男だ。
うん、大丈夫。
ちゃんと覚えてる。
僕の記憶は正常に機能してる。
とりあえず、脳への影響はない。
欲を言えば、全ての記憶を消え去りたかった……。
そして、まっさらな状態から新たな人生を始めたかった。
けど、流石に自分勝手すぎる願いだな。
生きてただけで儲け物ってものだ。
てか、よく考えたらその前に夢のことや母親のことはちゃんと覚えてたわ。
ということは、記憶喪失の可能性はない。
それに、例え僕が昏睡状態だったとしても今はどうでもいい。
恐らく今の状況とは無関係だし。
今わからないのは……。
この女性が僕を抱きしめて泣いていること。
そして、僕のことを浸夜って呼ぶ理由。
以上。
今はっきりしたのは、僕は至って正常ってこと。
ということは……。
怪しいのは、やはりこの女性だ。
けど、女性からは別に悪意は感じない。
つまり、意図的に行なっている行動ではないってことだ。
だとしたら、考えられるのは人違いだな。
僕がその浸夜っていう人と似てて、間違えて抱きしめている。
そう考えれば、今起きてることにも一応納得がいく。
起きてることにはね……。
だって、そもそもなんで僕が居る個室に入ってきたのかは謎のまま。
それは後で聞いてみるとするか。
よし、なら早く教えてあげよう。
じゃないと、この女性にも、その浸夜っていう人にも悪い。
だって……。
こんな羨まけしからん状態を赤の他人の僕がこのまま堪能するなんて。
そんなのとてもじゃないが僕の良心が許さない。
まあ、恐らく教えてあげたとしても、確実にただでは済まないだろうな。
別に僕が悪いわけじゃないと思うけど。
よし、頬にビンタされるくらいは覚悟しておこう。
こんな美女にビンタしてもらえるなら喜んで!
僕は覚悟を決めて、女性に目線を向けた。
女性は今も尚、ずっと泣き続けている。
僕に縋り付くように、ギュッと抱きしめている。
その姿を見ていると、次第に僕も悲しい気持ちになっていくように感じた。
無意識に声を掛けようと開けた口をつぐんだ。
頭では理解している。
早く伝えないといけないって。
それはわかってる。
わかってるけど……。
それは、今じゃない。
だって、その涙から伝わってくる。
この女性がその浸夜っていう人のことを心の底から心配していたんだってことが……。
本当に、痛いほどに伝わってくる。
例え人違いだったとしても、この女性の涙は決して嘘じゃない。
理由は、それだけで十分だと思う。
一応言っておくけど……。
決して、ビンタが怖いわけではないですよ?
うん……、多分。
僕は女性を落ち着かせようと、慰めるように右手で背中をさすってあげた。
両目を瞑り、にこやかな笑みを浮かべて子供をあやすように。
だが……。
「……ン?」
右手が女性の背中に触れた瞬間、僕は違和感に気づいて不意に声を出した。
と同時に、眉間に皺を寄せて徐々に両目を開いた。
その違和感というのは……。
いや、でも……。
気のせいかな?
右手のひらの感触がいつもと違うような。
うまく言葉にできないけど。
なんというか……、小さい。
え、こんな感じだったか?
なんか幼児みたいな面積しか触れないんだけど。
……ん?
待って。
そういえば、この女性に抱きしめられた時から薄々感じてたけど。
もしかして……。
――僕の体、縮んでない?




