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大壹 序乃壱  作者: 甘蜜亭 土竜
6/23

一章 倭 降り立つ闇 四

 日が昇る少し前、唐突に戸を叩く音がした。その音で氷室は目を覚ます。むくりと体を起こし神楽を見やる。神楽はよだれを垂らしながら熟睡している。氷室は神楽を起こさぬようそっと立ち上がり羽織を羽織った。

 トントン…。

 再度戸を叩く音がした。

 氷室は静かに戸に向かいソッと戸を開ける。

「氷室乃神…。大神より伝令であります。」

「うむ…。」

「出兵の準備をせよとの事であります。」

「分かった。少しそこで待たれよ。」

 氷室は従者にそう言うと部屋に戻り支度を整えた。氷室は静かに支度を整えると再度従者の所に戻り‘行こうか‘と言った。

「その娘は良いのですか ?」

 寝いっている神楽を見やり従者が言った。

「良い。寝かせておいてやれ。」

 と、氷室は第二城門に向かって歩き始めた。

「大神の到着はいつ頃だ。」

 歩き乍ら氷室が問うた。

「先程入城されました。」

「何と、日も昇らぬ刻に入城とは…。それだけ緊迫していると言うことか。」

 日も昇らぬ刻…其れは正に闇である。松明の灯りを頼りにしても山道を照らすは一寸先程度。どれだけ注意しようと気を張ろうとも危険を回避するのは至難の技である。しかも、これが、八重の王である大神の一行であれば尚更そんな無茶な事はしないものだ。本来なら陣を張り動かぬが得策なのである。

「恐らく…。」

「何にせよ備えるに越したことはない…か。」

 と、氷室達は第二城門付近までやって来て歩みを止めた。門の外から何やら騒がしい声と共に激しく城門を叩く音が聞こえたからだ。

「何事でしょうか ?」

「女達が騒いでおる。」

 と、氷室は城門を見やる。暗くてよく見えないが城門を飛び越え無数の何かが飛来してくるのも見えた。恐らく石である。

「暴動でしょうか ?」

「否…。だが、関わらん方が良い。儂等は通用門から行こう。」

 と、氷室が行き先を変えようとした時である。後方から物凄い勢いで誰かが走って来た。暗くてよく見えなかったが二人はいた。そして其れはあれよあれよと言う間にハッキリと氷室の目に映るまでになる。

「い、伊都瀬殿…。と、水豆菜殿ーー。」

 二人は氷室の存在に気付いていたのか否か氷室を見ることなく城門まで走って行く。氷室は其れを目で追いかけ次の瞬間自分の目を疑った。何と伊都瀬が徐に岐頭奥義丸太を城門にぶちかましたのだ。この岐頭奥義丸太とは所謂ドロップキックである。

 何ともえげつない音が響き渡る。そして伊都瀬が大声で怒鳴り散らした。

『其方らは何を騒いでおるか !!』

 何とも不思議な事に伊都瀬の一喝で騒ぎはピタリとやんだ。

「何と…。あの聡明な伊都瀬殿が…。」

 驚きを隠せない様子で従者が言った。

「何を言うておる。伊都瀬殿も卑国の娘。聡明であるは振りであろう。」

「ご名答…。伊都瀬殿も若かりし頃は恐ろしいほどに凶暴だった。歳を得て大分丸くはなったがな。」

 と、後ろから誰かが言った。氷室達は後ろでに振り返る。

「わ、若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)大神。」

 氷室達は慌てて頭を垂れる。

「久方振りだな。氷室殿。」

「久方振りです。」

「其方とはゆっくりと酒を交わしたい所だが先ずは兵に言葉を与えに行かねばならん。」

 と、若倭根子日子毘々は第二城門を見やり、’我等は通用門から出るとしよう。’と、言った。

「儂等もそうする所でした。」

「ほう、其方も卑国の娘を理解しておるな。さては…だな。」

「いや、お恥ずかしいかぎり。」

 と、話し乍ら三人は通用門に向かって歩き始める。

「所で大神は娘時分の伊都瀬殿をご存知で ?」

「何を言うておる。あれの初めての相手は此の儂だ。」

「何と、そうでしたか。」

「うむ。伊都瀬殿は儂の子を三人産んでおる。内一人は女子だったから合わせてもらえなんだがな。」

 と若倭根子日子毘々は寂しそうな表情を浮かべた。

「何と…。若倭根子日子毘々大神であっても合わせて貰えぬとは。」

 従者が言う。

「其れは当然だ。卑国の娘に特別なんて物はないからな。男子が産まれれば父親に預け、女子が産まれれば便りなくコッソリと育てよる。例え大神であっても無理を強いればこれだ。」

 と、若倭根子日子毘々は喉を掻き切る仕草を見せた。

「いや…。流石に其れはーー。」

「あるぞ…。」

 氷室が言った。

「真逆…。」

「いや、娘達が忠誠を誓うは八重ではないし、この儂にでもない。娘達が忠誠を誓うはこの地。海に囲まれたこの大地そのものだ。だから、この地を脅かす者、自分達の掟を無碍にする者は誰であろうと敵と言う訳だ。」

「其れに今や卑国の民は六万を超える大所帯だ。その内兵士は三万強…。八重の兵力と同等だぞ。」

「と、言うことは万が一敵にでもなればえらい事になると。」

「何を言うておる。兵役を終えた三子もいざとなれば兵となる。そうなれば我等軍勢を遥かに凌ぐ数になるぞ。」

「何と恐ろしい。」

「恐ろしい ? 確かに恐ろしい。だが、娘達がこの大地に忠誠を誓っておる以上、卑国が我等の敵になる事はない。何故なら我等も又この地を守る為に存在しておるからだ。」

「つまり、共存という事ですか。」

「そういう事だ。」

 と、若倭根子日子毘々は遠目から伊都瀬を見やった。伊都瀬は衛兵に門を開けさせエライ剣幕で怒っていた。その姿を見やり若倭根子日子毘々はクスリと笑う。

「どうされたんです ?」

 氷室が問う。

「なに…。伊都瀬殿も一端の日三子になったと思うてな。」

「確かに…。娘時分の伊都瀬殿はやりたい放題でしたからな。」

「ほう、其方の国でも同じであったか。」

「はい。城の宝を盗んでは、はした金で民に売っておりました。」

「同じだな…。で、後日、民が其れを返しに来るのであろう。」

「はい。ーー父はその度に倍の金額で其れを買い取っておりました。其れで、一度城の宝を全て隠したことがあるのですが…。」

「牛舎の牛を全部売り払われたのであろう。」

「何故其れを ?」

「同じ事をして、売り飛ばされたからだ。」

「何と…。鉈技なたぎ城でも同じ事をしておったとは…。」

「雑草を擦り潰して薬草だと言って民に売ったり、店から盗んだ品を格安で売り捌いたりな。」

「同じですな。」

「まぁ、其れは伊都瀬殿に限った事ではないが。」

「確かに卑国の娘は皆似た様な事をしております。そして民は嘘だと知って買い。そのあと品を店主に返しに行って…。其れなのに店主は態々娘を探して追いかけ回す。ーー何でしょうな…。皆楽しんでおります。」

「そうだな…。卑国の娘は我等…。否、八重の民にとって母であり、姉であり妹であり娘であり孫だからな。そう思えば憎むに憎めんと言う事だろうな。」

「そうですね。私の母も三子だそうです。ですが会ってもらえず、未だに誰が母なのか分かりません。」

 従者がボソリと言った。

「誰が母かと知れば会いたくなる。あの女子が娘だと、孫だと知れば会いたくなる。そうならぬ様に合わせぬのさ。辛いが仕方のない事…。」

 氷室が言う。

「ですが母上がおらぬと言うのは寂しいものです。」

「心配する事はない。おらぬのではなく分からぬだけだからな。」

 若倭根子日子毘々が言う。

「おらぬのと一緒です。」

「確かに…。」

 氷室が言った。従者は寂しい表情を浮かべたまま通用門の扉を開ける。まず氷室が通り抜け第二城門の方を見やる。流石に此処からでは第二城門を見やる事は出来ないが、夥しい数の娘達がいる事は確認できた。

「おるわおるわ…。」

 門を通り抜け若倭根子日子毘々が言った。

「未だ、日も昇らぬというのに元気なものです。」

「あの中に母がいるのですかね。」

 門を閉めながら従者が言った。

「さあな…。だが、其方を見るに‘い‘と‘か‘ではない事は確かなようだ。」

「いとか ?」

 首を傾げ氷室が言った。

「其れは何でしょう ?」

 と、言いながら三人は歩き出す。

「何と、其方もまだまだ青いな。」

「其れは聞き捨てなりませぬぞ。」

「‘い‘と‘か‘を知らぬ様では青いとしか言いようがないぞ。」

 と、若倭根子日子毘々が言うので氷室は従者に知っているかを問いかけた。

「いえ、私も知りません。」

「儂も知らん。」

 と、氷室は若倭根子日子毘々を見やる。

「全く…。良いか娘達にはそれぞれ名前があるだろ。その初めの文字が氏、そのあとの文字が名だ。伊都瀬殿は‘い’が氏で‘とせ‘が名だ。」

「おおぉぉ…。何と、ーー儂を揶揄っておられるのですな。」

「揶揄ってなどおらぬ。まぁ、昔はそんな事気にしていなかった様だが、卑国の民が増えるにつれ誰が誰の子か分かる様に初めの文字を合わせる様にしたらしい。」

「伊都瀬殿がそう言っておられたので ?」

「否、其れを教えてくれたのは先代の多岐奈殿だ。」

「そうでしたか…。しかし、多岐奈殿の葬儀は盛大でしたな。」

「うむ…。皆が皆黒の紬を着てひたすら食い散らかしておったな。」

 と、二人は当時の事を思い出す。

「あの、所で…。いとかで無いとはどう言う事でしょうか ?」

 空気の読めない従者が言った。

「お、おぉぉ…。そうであったな。‘い‘と‘か‘は三子族の中でも特に凶暴な娘が多いのだ。特に千家の‘か’はいかん。あれは凶暴を通り越して野獣だ。一度牙を向けば手がつけられん。だが、其方は比較的大人しい。まぁ、儂の推測だが、恐らく‘く‘か‘ま‘だな。」

「くかま ?」

「そうだ…。‘く‘と‘ま‘は優しい娘が多い。否、言い方が悪い。優しい顔をした娘が多いと言うべきか。三子族の娘は皆が皆優しくは無いからな。」

「私の顔は優しいですか ?」

 と、従者は表情を曇らせ言った。

「悪い意味では無い。良き魂を持っておると言う意味だ。其れともう一つ。母が三子である事を誇りに思え。娘達は位に関わらず皆強い。誰であろうと決して諦めぬ強き心を持っておる。母が三子であると言う事は其方も其れを持っていると言う事だ。」

「はい。」

「誇りを持って、この国を守る。其方らは英雄であらねばならぬ。だが、間違うな。儂を守るためでは無い。この国の民、そしてこの先に生まれてくる子を奴婢の子とせぬ為だ。」

と、若倭根子日子毘々は娘達を見やる

「あの中に私の母がいるのなら一度で良いから会ってみたいです。」

「そうだな…おるやも知れぬしおらぬやも知れん。だが、おったとしても名乗らぬし、母とも思うてはおらぬ。」

と、若倭根子日子毘々は西第一城門に向かって歩き出す。氷室と従者も其れに従い歩き出した。

「確かに…。卑国の娘は子を育てませんからのぅ。」

氷室が言う。

「男子は育てませんが、娘は育てるでしょう。」

「否。卑国の娘は自分の子は育てぬ。稚児院の娘や彼処におる兵役中の娘達は尚更だ、産んだ子が乳離れしたら直ぐに乳母に預けてしまうからな。」

「乳母…ですか。」

「兵役を終えた娘達の事だ。兵役は位によって違うが大体は三十の歳で役が終わる。その後は田畑を耕す者、狩をする者や紬を編む者と様々な職に就くんだが其れらをこなし乍ら子を育てる役目も担うんだ。」

「其の通りだ。だから例え其方が娘であっても母の温もりを知る事は無いと言う事だ。」

「そうですか…。ですが乳母が母なら温もりを…」

「無い。」

遮る様に氷室が言葉を被せ言った。

「何故です ❓」

「言うたではないか。卑国の娘は自分の子は育てんのさ。」

「そう言う事だ。乳母を担う娘が子を産んでも乳離れをすればその子は別の乳母に預けられるのさ」

そう言いながら若倭根子日子毘々は先を急ぐ。

「……理解できません。私は母を知りたい。卑国の娘は母を知りたいとは思わないのでしょうか」

と、従者は門前の娘達を見やる

「さあな…。機会が有れば聞いてみると良い。其れに知りたいも何も其方にはちゃんとした母がおるではないか。」

と氷室はニヤリと笑みを浮かべる

「母…ですか ? ひょっとして神はあの土人形の事を言うておりますか。」

土人形とは土偶の事である。

「そうだ。卑国の娘が赤子を渡しに来る時は必ずあの人形を持って来るだろう。此れを我と思い子に与えよとか何とか言いながら…」

氷室がそう言うと従者はジロリと氷室を見やり大きな溜息を吐いた。

 卑国には何とも変わった風習がある。其れは男子育てず産まれれば殺せである。と、言ってもこの考えは八重御国が確立されてからは国力を高める為殺せから男子育てずに変わり産まれた子は父親の元に渡しに行くようになった。

「母ですか…。まぁ、私の為に母が作ってくれた事を考えれば…」

と言った所で若倭根子日子毘々がケラケラと笑い出した。

「な、何が可笑しいのです。」

「いやなに…そんな事を信じておるのかと思うてな。」

「ち、違うのですか ?」

「違うも何も土人形を作るのは稚児院の娘達だ。しかも作った人形は纏めて焼くんだぞ。もぅどれが誰のか分からんし、出来た人形は露店を営む娘達が持って行ってしまうんだ。」

氷室が言った。

「…ではあの人形は母が作った物ではないと。」

「運が良ければそうだ…が、違うだろうな。」

「ですか…。」

 と、従者は首を垂れる。

「まぁ、そう落ち込むな。娘達は其方の為にチンチンチャラチャラだ。」

氷室が言った。

 チンチンチャラチャラとは子を渡しに行く時に行う娘達の儀式である。と、言っても初めは儀式等ではなく安全に子を父親に渡す為の物であったのだがいつしか其れが大袈裟になり儀式として執り行われる様になったのだ。

 母と子を乗せた牛車を百人の娘が取り囲み、卑国から父親のいる国まで旅をするのである。当初は母と子を乗せた牛車を百人の娘が護衛していただけなのだが、いつの頃からか母には白無垢の紬、朱に塗られた専用の牛車が用いられ百人の護衛も華やかに…

 銅鐸の音色がチンチンチャラチャラ華やかに。国から国への道中艶やかに。娘達は舞を舞いながら進むのである。

 そして父親の家の前で牛車が止まり娘達が特別な舞を舞う。この時娘達は何かを言っているのだが、何を言っているのかは分からない。が、一通り言い終わり初めて子を抱いた娘が牛車から降りてくる。

 母親が転ばぬよう二人の娘が手を添えながらヨッチラオッチラと母親は牛車から降りてくる。この時父親はハラハラしながらも見ている事しか出来ない。

 やがて子を抱いた娘が父親の前に来ると父親は思わず娘を抱きしめる…と言うのが大体である。

 が、妻を持つ男は少々難儀である。かと言って拒否は出来ない。拒否すれば間違いなく父親も子もその場で殺されるからである。

 だから、娘を抱きしめた後両手を差し出すのである。

「活きの良い子じゃ。大切になされよ。この子は必ず天津を照らすであろう。」

と、子を抱いた娘は決まった台詞を言ってから子を父親に渡す。そして又チンチンチャラチャラと音色が鳴り響く。

 そして傍に立つ娘が母親に例のアレを渡すのである。

 そう…。両手を上に上げ、やたらと目の大きなケッタイな形をした土人形…土偶である。

「我此の先その子に会わず、名のらず。じゃが、母を知らず育つは不憫であろう。此れを我と思い子を育てよ。」

 と、此れも決まった台詞を言いながら渡すのである。

 そしてチンチンチャラチャラ

 チンチンチャラチャラと、音色が響き渡る中娘は牛車に戻って行くのである。

 此れが氷室の言ったチンチンチャラチャラである

「チンチンチャラチャラ…。私はあれを見る度に切なくなります。」

「切なくか…。」

「母を知らぬまま気がつけば私も三十五…。既にどうでも良いと言えばどうでも良い事なんですが…。」

「三十五…」

と、若倭根子日子毘々が従者を見やる。

「何と…其方既にそんな年であったか。」

氷室が言う。

「はい。そうですが…。何か ?」

「いや、なにかもなにも…。其方が三十五であるならあの中に其方の母がいる訳がないであろう。」

と、若倭根子日子毘々は第二城門の方を見やる。

「ですか…」

「其方が三十五であるなら確かにいるはずはない。既にこの世を去っておると考えるが賢明だな。」

氷室が言う。

「又大袈裟な事を…」

「大袈裟では無い…。卑国の娘が子を産むのは早くて十三の年だ。十三で其方を産んだとしても既に四十八…。卑国の娘が如何に長寿と言えど六十迄は生きたりはせん。」

氷室の言う様に人の寿命はそんなに長くはない。平均を取れば恐らく四十五才と言った所であろう。その中で卑国の娘の寿命は少し長いのだが、長いと言っても五十迄生きる者は少ない。

  其の多くの者は病で命を終わらせる。怪我や事故で命を終わらせる者もいるが其れは比較的少ないと言えた。

「まぁ、確かに…。言われて見るとそうですね。」

「だろ…。」

 そう言って氷室は従者の背中をポンと叩いた。

 この時代の命は軽い。否、重く無いと言う方が正しいのだろうか ? 生きている事の方が奇跡に近いと言える程、生を受けた赤子が大人に迄育つのは難しかった。

 大半の赤子は病で命を落とすし、大人になっても簡単に病で命を終わらせる。だから人は死んで当たり前の考えが普通であった。だが、其れでも人は子を産み育てる。

 その理由は国力を低下させない為、渡来人から国を守る為である。

 国の強さは人の数であると言っても過言ではない。勿論文明の力は偉大である。で、あっても人がいてはじめてなのだ。

 とは言うものの周代の恐怖等ただの民にとっては単なる御伽話である。国を守る為にと言うよりは単なる子孫繁栄…。つまりは本能に過ぎない。

 だから、秦が攻めて来ると言われても眉唾な話なのだ。若倭根子日子毘々は大袈裟である。心配性なのだと多くの民はそう考えている。だから演劇を楽しみ笑いあえるのだ。

 ただ此れは情報が行き届いていないだけで実際は深刻である。事実秦の間者は八重を調査し八重の間者は帰ってこずなのだ。

「お二人方。此処からは気を引き締めねばならんぞ。」

西第一城門の前で歩みを止め若倭根子日子毘々が言った。

「はい…」

「良いか…。多くの民は海の向こうに国等無いと思うておる。支配されておったは遠き昔。三子によって治安は保たれ、平和な時に抱かれておった今が終わりを告げる。秦は必ず攻めてくる。何より敵は強大だ。我等より遥かに強い。だが、勝算はある。」

「大量の兵を送り込めない…。」

 氷室が言った。

「そうだ。秦に何十万の兵がいようとも海が我等を助け、海が秦を妨害する。我が軍勢は卑国を含め十三万。数で押し返す事は可能だ。良いか、この先に産まれて来る子を決して奴婢の子にしてはならん。」

「応 !」

「参ろう皆の所へ。」

 そう言うと若倭根子日子毘々は兵士が待機する陣の所に向かって行った。


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