表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大壹 序乃壱  作者: 甘蜜亭 土竜
15/23

一章 倭 高天原の惨劇 二

「話はよう分かりよった。ー三佳貞、見事であった。」

 三佳貞の話を聞き終わり美佐江が言った。冷静に答えてはいるが美佐江の体は震えていた。大切な家族が二人も同時に命を落としたのだから当然である。共に話を聞いていた春吼矢達も必死に悲しみを押し殺し続けた。

「じゃ、じゃぁ言いよっても…。眞姫那と音義姉は…。」

「ー三佳貞…。其方は二十と二つ。じゃが眞姫那は二十と七つ。役目は残り三年。音義姉は今年で終いじゃ。役目が終わりよった娘は子を育て田畑を耕し商いに従事よる。じゃがの我等が真はこの地を守る事にありよる。敵の王を殺すは当然。今からの娘を守るも又役目…。我であってもそうしたであろう。其れに眞姫那も音義姉も其方に期待しておった…。」

「じゃよ三佳貞。其方の機転で作戦が上手く行ったんじゃ。」

 花絵が言う。

「そうじゃ。今は悲しんでおる時ではないん…な…。」

 と、貞人耳は泣きそうになるのをグッと堪える。

「眞姫那と音義姉の思い無駄にしてはいけん。我等は我等のすべき事をせねばいけんのんじゃ。」

 と、春吼矢は三佳貞をギュッと抱きしめてやった。三佳貞は又泣きそうになるのを堪え軽く頷いた。

 皆にとって初めての戦。そして卑国にとって眞姫那と音義姉は初めての戦死者である。だからと言っていつ迄も嘆いているわけにはいかない。戦は始まったばかりであり自分達もいつ死ぬか分からないのだ。

 だが…。経験の無い娘達にとって此れは頭で分かっていても気持ちが着いてこないのが真である。この先戦が一年二年と続き仲間が沢山死ねば慣れるのかも知れない。だから、皆が三佳貞に話す言葉は自分自身に言い聞かせているのと同じなのだ。必死に現実を受け入れようとしていると言った所だろう。

 渦ぼんやりとした住居の中、既に日は沈み外は真暗な闇夜である。松明の灯りが薄ぼんやりと集落を照らす程度だから殆ど何も見えないのと同じである。

 集落の中央に大きな焚き火が焚かれてはいるが其処に民の姿はろない。普段なら焚き火を囲み酒を飲んで歌って踊ってと賑やかなのだが、状況が状況だけに外にいるのは兵士だけである。三佳貞達も例に漏れず住居の中である。

 高天原支部に使用している住居は迫と言う男の住居であり眞姫那の夫である。勿論夫と言うのは潜入の為の偽装ではあるが迫は其れを知らなかった。

 だから迫は泣いていた。

 三佳貞の話を聞き寂しく泣いていた。

 大切にしていたのだ。ずっと仲の良い夫婦であり続けると思っていた。共に畑を耕し、酒を飲み歌って踊って…。いずれは子を授かり…。そんな未来を持っていた。

 眞姫那が三子と知ってもその思いは変わらない。変えようにも今更どうしようもない。だから、其処に娘達がいようと関係なく泣いた。

「なんじゃ。さっきからこの五月蝿い男は…。泣きたいのは我の方じゃか。」

 そんな迫をチラリと睨め付け貞人耳が言った。

「まったくじゃぞ。大体誰なんじゃ此の男は ?」

 多間樹が言う。

「眞姫那の旦那じゃか…。」

 春吼矢が答える。

「じゃぁ言いよっても嘘の夫婦じゃか。」

 三佳貞が言う。

「じゃぁじゃぁ言いよるがこの男は知りよらんかったんぞ。」

 春吼矢が言う。

「そんな事はどうでもええんじゃ。」

 ムスッと三佳貞が言う。

「そんな事を言いよったらこの男が可哀想じゃか。」

 日美嘉が嗜める。

「じゃぁじゃぁ言いよるが…。」

「じゃぁじゃぁ五月蝿いだ !」

 娘達を睨め付け迫が声を荒げ言った。

「な、なんじゃぁ。五月蝿いのは其方じゃか。」

 多間樹が言い返す。

「だたら出てけばええだ。ごこは儂の家だ。ニニといどにぐらした家だ。おま達に何がわがる…。儂のニニがみごだたとしてなんだ。儂には関係ないだよ。」

「関係無いのは其方じゃか…。」

「貞人耳…。其れと皆も。余り迫殿を虐めるで無い。嘘であれなんであれ迫殿は眞姫那を大切に思うておったんじゃ。悲しい気持ちは同じぞ。」

 美佐江が皆を見やり言った。

「み、美佐江言うたか…。」

 と、迫は美佐江を見やり言った。

「じゃよ…。」

「儂のニニは眞姫那言うだか ?」

「そうじゃ…。其方のニニは眞姫那と言う名じゃ。」

「わ、儂は嫁さの名も知らなんだ…。」

 と、迫は又ポロポロと涙を零す。その姿を見やり三佳貞は心が痛んだ。眞姫那は三佳貞の蜜の相手である。迫が大切に思う以上に三佳貞は眞姫那の事が大切な相手であった。

 だが、既に泣けなかった。

 涙を流す事も三佳貞には許されぬ事なのだ。何故なら敵は既に高天原に上陸しているのだ。泣いて悲しんで前を見なければ眞姫那の…。否、帥升を殺した眞姫那と自分を助け殺された音義姉の思いを台無しにしてまう。

 三佳貞は辛い気持ちをグッと堪えた。

「気にせんで良い。我等は名は語らぬ。其れより敵は予定通り上陸しよったわけじゃが、三佳貞の言う通り皆殺しが目的なら民だけでも迂駕耶に逃さねばならぬ。」

「阿保言うでなか…。儂は逃げね。」

「迫殿…。詰まらぬ敵討ち等考えぬ事じゃ。其方は民。兵士ではありよらんのじゃ。」

「違うど…。嫁さ言うただよ。皆で守れ言うただよ。だがら戦うんだ。儂は…儂は嫁さの気持ち無駄にしたくね。」

 そう言った迫の目からは既に涙は止まっていた。

 覚悟…。

 そう、既に迫は覚悟を決めた表情をしていた。

「流石は眞姫那の旦那じゃ。見直しよった。じゃが死ぬぞ。ええんじゃな。」

 迫を見やり三佳貞が言った。

「迫だけでなか…。儂らも戦うだよ。」

 と、多くの民が中に入って来た。

「な、なんじゃぁ…。」

 と、多間樹達が皆を見やる。

「みごの娘はこごだぁ聞いたでよ。儂らにも出来る事はないが聞きに来ただよ。」

「其方ら…。倭族は皆殺しじゃぁ言うておるんぞ。此処で戦うても足止め程度じゃ。」

 美佐江が言った。

「其れでええだよ。其れで勝てるなら其れでええ。儂ら皆で守る国だぁよ。こごは儂らの国だ。」

「分かりよった。なら明日より行動開始じゃ…。兎に角今日はゆっくり休まれよ。」

 と、美佐江が言うと皆は覚悟を胸に住居に戻って行った。

「これでなんどかなるだか ?」

「…。負傷兵合わせ兵の数は二千程じゃ。我等三子は八人。其方ら民が加わって大体三千。対する敵はざっと一万…。」

「…。…。数は知らんど。なんどかなるか ?」

「なりよる…。」

 三佳貞が言った。

「だか…。」

 と、迫は拳を握った。

「じゃな…。さて、我等も明日に向けお休みじゃ。」

 そう言って美佐江は腰を上げると住居から出て行った。合わせる様に他の娘達も出て行った。三佳貞はただ一人まだ其処にいた。

「迫…。必ず我が妙案を出しよる。」

「んだ。みごは強いだぁな。」

「じゃよ…。我等が諦めよったら国は無いなってしまいよる。それと、有難うじゃぁ。」

「な、なんだか ?」

「フフフ…。あの世で眞姫那を取り合おうぞ。」

 そう言って三佳貞は住居から出て行った。

 外に出ると松明の灯りが弱々しく、兵士達は落ち着かない様子で辺りを見回っている。夏の夜は日が沈んでも暑苦しい。空を見上げれば無数の星がキラキラと光り輝きお月様の灯りが何とも心地よい。

「すっかり夜じゃか。」

 と、三佳貞は第二砦の方を見やる。

 中集落から第二砦迄の道は一本道である。距離もさして離れているわけではない。本来なら日が沈む前に話は終わっていた。話が逸れて長引いたわけでも無い。ただ帰ったのが遅かったのだ。

 三佳貞は皆に今日の話をした。だが、全部では無い。

 一つ話していない事があった。其れは帰り道での話である。


「三佳貞…。」

 テクテクと疲れ切った体をヨッチらと動かし乍ら歩く三佳貞を呼び止める声で三佳貞はピタリと歩くのをやめた。後ろでに振り返ると見た事もない娘が其処にいた。見た目からして自分と年は同じ位か少し下か程の娘である。

「誰だ ?」

「我は李禹りう。」

「李禹 ?」

 と、三佳貞は合口に手を掛ける。

「ま、待て。我はお前に話がある。」

「我には無い。」

 と、三佳貞は李禹に飛び掛かる。李禹はかん一発三佳貞の腕を掴み切っ先が喉に突き刺さるのを防いだ。

「ま、待て待て…。わ、我思い消えず、我願い途切れず。わ、我朽ちようと我魂死せず。い、いつの日か夜は明けん。」

 必死に抵抗しながら李禹が言う。三佳貞は李禹を睨め付ける。

「誰だお前は。何故我等が国の言葉を知っている ?」

「ゆ、油芽果…。油芽果が…。」

「油芽果… ? 油芽果がなんだ。」

「油芽果がこ…。この言葉を言えと言うた。」

 と、李禹が言うと三佳貞はスッと力を抜き李禹から少し離れた。李禹は冷や汗を拭いながら息を整える。

「其れで我に何の用だ ?」

「だ、だから話がある。」

「無いと言うた。」

 そう言うと三佳貞は踵を返し又歩き始める。

「聞け ! 我言葉 ! 国存亡の話だ !」

 頑なな三佳貞に李禹は力強い声で呼び止めた。

「国…。」

 三佳貞は後ろでに振り返る。

「繋げ…。我言葉。油芽果達が上げた赤粉を無駄にするな。」

「お前は何を言っている ?」

「我は秦国の間者だ。」

「間者…。」

「お前達と我等を繋ぐ者だ。」

「フン。侵略者の言葉に耳を傾ける阿保はおらぬ。」

「我等は侵略者では無い。訳あって身動きが取れぬだけ。」

「如何な理由があろうと侵略者は侵略者だ。」

「だから聞けと言うている。良いか。既に賽は投げられているんだ。お前が疑おうと信じれぬとも何も変わらない。確かにお前達の王は知らない。だが始皇帝は知っている。つまり此れは秦国で交わされた密約だ。」

「密約 ? 大神の預かり知らぬ所でか ?」

「だから繋いで貰いたいんだ。」

 と、言った李禹の目は嘘を付いている様には見えなかった。だから、三佳貞は李禹の話を聞く事にした…。

 だが…。

 信用出来るのだろうか ?

 李禹の話は嘘ではないのかも知れない。だが確証は無い。鵜呑みにして皆を更なる危険に晒す事は出来ない。其れに此れが罠である可能性もある。だから三佳貞は話さなかった。

 今は高天原に敵を止める事が最優先なのだ。何より李禹の話を確かめる余裕が無い。倭族が攻めて来るのは三日後である。

 大神に話すにも大神は未だ出雲であろう。始皇帝に問いただすも天煌国は遥か彼方である。美佐江に話せば何か妙案を思いつくかも知れない。

 だが…。

 にしても時間が無さ過ぎた。

 三佳貞は月を眺め乍らアレコレ考える。今日一日で色々あり過ぎた。体も疲れ切っている。此れ以上は何も考えられない。だから三佳貞はテクテクと近くの住居に入り其処で眠る事にした。


 翌朝、三佳貞は日が昇るのと同時に小高い丘の上にいた。妙案が思いつかぬかとジッと第二砦の方を見やっていた。だが、第二砦から中集落迄の距離が近過ぎた。道中に罠を仕掛けるも此れでは相手に何をしているかバレてしまう。

矢張り中集落に罠を仕掛け山の中に…。

 駄目だ。三佳貞は首を傾げる。

 此れでは三日と持たない。

 同等の力なら罠を仕掛ける事で対等に持って行く事も可能だ。だが、対等では無い。戦術も武器や鎧も相手の方が優れている。何より倭族の体は石の様に硬い。まともにやり合えば一日で終わってしまうだろう。此れでは無駄死にである。

 

 どうせ死ねなら意味のある死を選びたい。


 一日でも長くこの島に引き留めたいのだ。

 一日でも長く…。

 と、三佳貞はフト海を見やる。

 夥しい船の数。遠目から見られば小さな島ができたように見える。

「なんともじゃぁ。あれがぜーんぶ迂駕耶に行きよったら大変じゃか。」

 と、三佳貞はジッと船を見やる。

「船じゃかぁ…。あの船に乗って来よったんじゃよねぇ。倭族に秦兵…。そして民じゃか…。民…。」

 と、三佳貞は李禹の話を思い出す。


「我等は人質を取られている。」

 真剣な面持ちで李禹が言った。

「人質 ?」

「そうだ…。」

「何の為に ?」

「我等が裏切らぬ様にだ。残念な事だが始皇帝は余り信用されていない。」

「其れで民がいるのか…。」

「そうだ。その中には始皇帝の子、大将軍の妻と子もいる。我等が裏切れば即刻皆殺しにされる。」

「なら、戦うしか無い。」

「其れで良いのか ? お前達に勝ち目は無いぞ。」

「フン…。食糧不足は明らか。其れでどうやって戦う ?」

「奪えば良い。それだけだ…。だが、其れは我等の思う所では無い。我等はお前達と共に…。」

「良い。仮にそうだとして、我等にどうしろと ?」

「人質を解放して貰いたい。」

「無理だ。其れにお前達の民は目と鼻の先ではないか。そんな事は自分達でやれ。」

「其れが出来れば苦労等しない。民は常に倭族が監視している。無理に奪えば倭族の攻撃を受ける事になる。其れに…。兵の数も倭族の方が多い。無駄に皆殺しにされるだけだ。」

「なら、諦めるしか無い。今の我等はお前達の民を解放出来るだけの余裕は無い。」

「そうか…。」

「仮にだ。仮に出来たとしてもこの島ではどうにもならぬ。八重兵も我等の数も少なすぎる。揃って殺されるのが落ちだ。」

「ーー確かに、三佳貞…。お前の言う通りだ。」

「だが…。」

「だが ?」

「迂駕耶に行けばなんとかなるかも知れん。勿論、大神が信じればの話だ。何にしてもこの島にいる以上お前達の助けにはなれぬ。」


 ー

 ー


「李禹…。じゃかぁ…。」

 と、三佳貞は広大な海を見やる。

 信用出来るのか否か…。仮に信用したとして何が出来る ? 李禹に告げた様に揃って皆殺しにされるのが落ちである。

 其れに戦が始まれば自分が生きている保証等何処にも無い。蘭泓穎は三佳貞は殺さないと言ったが戦の中でそんな都合の良い話は無い。

 なんにしても…。

「我には関係の無い話じゃ。」

 と、三佳貞は大きく伸びをし乍船団を見やった。

「お…。おぉぉ…。そうじゃ。この手がありよった。」

 と、何やら妙案を思いついた三佳貞はテクテクと丘を降りて行った。

 テクテク テクテクと三佳貞は丘を降りて行く。其れは一歩一歩死に近づいて行く一歩でもある。だが、三佳貞の足取りは軽い。既に恐怖は無いと言った感じである。三佳貞にとって眞姫那と音義姉の思いを無碍にする方が怖かった。だからと言って眞姫那や音義姉の為に戦うのでは無い。

 その全て…。

 今より先に産まれて来る子を奴婢の子とせぬ為に。

 三佳貞は、三子の娘は戦うのである。八重兵も高天原の民も戦うのである。

 時は紀元前二百十八年七月十六日。

 後世に残らぬ高天原の合戦が始まろうとしていた。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ