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大壹 序乃壱  作者: 甘蜜亭 土竜
14/23

一章 倭 高天原の惨劇

 三佳貞が迂駕耶に到着したのは倭人襲来から二月目の事である。小舟に乗ってエッチラホッホ…。何とか生き延びた三佳貞はボロボロである。海岸に着き、砂浜に足を踏み入れるやそのまま倒れ込んでしまった。其れを見つけたのは八重の兵であり、看病をしたのは陰三子の樹寐恵きぬえだった。三佳貞は三日三晩眠り続け四日目の朝に目を覚ました。

 見慣れぬ天井に三佳貞は戸惑った。自分が何をしていたのか、此処が何処なのか分からない。意識はまだ虚である。そんな三佳貞に声を掛けたのは看病をしていた樹寐恵である。

「み、三佳貞…。気がつきよったんか。我は死んだんか思うて心配しよったんじゃぞ。」

「き…ぬえ… ? 何故其方が此処に ?」

「何を言うておるんじゃ。三佳貞は浜辺に倒れておったんじゃぞ。」

「浜辺に… ? なんじゃぁ…。我は悪い夢をみておったんか。」

「悪い夢 ?」

「じゃよ…。悪い夢じゃ。」

 と、三佳貞はゆっくりと左腕を上げた。手首から先が無い。グッと歯を食いしばり右の拳を握りしめる。

 夢では無かった。

 あの悪夢が夢であれば…。そう願った所で現実は変わらない。何より其れが如何に無駄な事なのかを三佳貞は良く知っている。

「三佳貞…。大丈夫じゃ。腕には薬草をたんまり塗っておる。腐る心配はありよらんぞ。」

 と、心配そうに樹寐恵が言った。が、三佳貞にとって其れはどうでも良い事だった。手を無くした事よりも、腕の痛みよりも…。心の痛みの方が大きかったからだ。

「樹寐恵…。」

「なんじゃ ?」

「此処は何処なんじゃ ?」

「亀浜の砦じゃよ。」

 亀浜とは産卵の時期になると大量の亀が浜にやって来る事から名付けられた浜辺の事である。

「じゃかぁ…。大神はいよるんかのぅ ?」

「大神はまだじゃよ。じゃが、大将軍ならいよる。夜麻芽やまめもおる。」

 夜麻芽とは夜三子を務める娘の事である。

「じゃかぁ…。」

 と、三佳貞は体を起こす。

「これこれ…。もぅちっと寝ておってもええんじゃぞ。」

「駄目じゃ…。我は伝えねばいけん。樹寐恵…。其方にも言わねばいけん事がありよる。ーー我を大将軍の所に…。」

「分かりよった。」

 そう言うと樹寐恵は三佳貞を大将軍のいる駐屯所に案内した。

 三佳貞が運ばれた寝所から駐屯所迄は歩いて10分程掛かる。樹寐恵は途中チロチロと心配そうに三佳貞を見やり、三佳貞は左腕を庇い乍らテクテクと歩いた。

 砦の中は兵士でごった返している。周辺諸国からの兵が既に到着していると言う事なのであろう。既に迎え打つ準備は出来ていると言った感じである。

 三佳貞はチロチロと周りを見やり乍ら樹寐恵の後を追う。左手首がズキズキと痛む。痛む度に悔しさが込み上げてくる。


 蘭泓穎…。

 後悔させてやる。


 三佳貞は何度も何度も自分に言い聞かせ乍ら駐屯所を目指す。其れから暫く歩き駐屯所…。つまり軍本部に到着した。

 駐屯所の前に衛兵が二人。二人は樹寐恵を見やり三佳貞を見やると”その娘は ?”と、樹寐恵に問うた。

「三佳貞じゃ。」

 樹寐恵が言う。

「三佳貞 ?」

「我は別子の三子じゃ。」

 三佳貞が言った。

「じゃよ。浜辺に倒れておった娘じゃ。」

「あぁぁ…。あの娘か。」

「もぅ大丈夫なんか ?」

「大丈夫じゃ。」

「其れで高天原はどうなっておる ?」

「其れを伝えに来よった。大将軍はいよるか ?」

 三佳貞が問う。

「中におられる。夜麻芽殿も中だ。」

「丁度良い…。後、将軍とたももおれば呼んで欲しいぞ。」

「分かった。」

 と、片方の衛兵は銅鐸を鳴らしに、三佳貞と樹寐恵は中に入って行った。

 中に入ると広い土間があり其の先に一段高い床がある。駐屯所と言うより屋敷に近い作りである。

 三佳貞と樹寐恵は土間を進みサンダルを脱いで部屋に上がる。部屋は三つあるが大将軍と夜麻芽は正面の部屋に腰を下ろしていた。此の部屋には土間からの仕切りがない。だから三佳貞が来た事は大将軍と夜麻芽にも直ぐに分かった。

「三佳貞…。気がつきよったんか。」

 そう言いながら夜麻芽は足早に三佳貞の所に来た。三佳貞は無言で頷くと夜麻芽は優しく三佳貞を抱きしめた。

「良う無事じゃった。腕はどうじゃ ? 未だ痛みよるんか ?」

「大丈夫じゃ…。」

 と言った三佳貞の体はブルブルと震えていた。涙がボロボロと溢れ出てくる。腕が痛いからではない。悲しいからでもない。底知れぬ怒りと悔しさと空腹の所為である。

「三佳貞殿。呼べば我等が足を運んだものを…。態々出向いて来てくれるとは…。」

 大将軍が言う。

「敵は目前じゃ…。いつ迄も寝ておる訳にはいかぬ。」

 と、三佳貞は涙を拭う。

「その通りだ…。頼もしい娘よ。さぁ、兎に角中に入って腰を下ろされよ。」

 そう言うと大将軍は三佳貞と樹寐恵を席に案内した。

 中に入り藁で編んだ敷物に腰を下ろすと夜麻芽が栗で作ったクッキーとナンの様な通称栗パン、そして饅頭を三佳貞の前に置いた。

「腹が減っておるであろう…。」

「減った。」

 そう言うやいなや三佳貞は其れらをパクパクと食べ始めた。余りの勢いの凄さに夜麻芽は慌てて花水の入った瓶を三つ程持ってきた。

「これこれ、余りがっついては喉に詰まりよるぞ。」

「まぁ、仕方ない。何せ三日も寝ておったんだからのぅ。」

 と、大将軍が言うと三佳貞の動きがピタリと止まった。

「みっ…か… ?」

 三佳貞がボソリ。

「あぁぁ、そうだ。」

「…。と、言う事はじゃ…。」

 と、三佳貞は指を動かして数を数え始めるが、五本の指では足らず左手をと思ったのだが左手が無いので足の指を使って数を数えるのだがどうも足りない。仕方なく隣にいる樹寐恵に両手を広げさせ足の指を自分の前に出させた。

 樹寐恵の足の指の前に自分の足の指を置き三佳貞は数を数える。自分が寝ていたのが三日…。高天原を出たのが…。

 

 いつじゃったか… ?


 まぁ良い。余裕を持って一日じゃ。寝ておったんが三日じゃから足して四日じゃ。じゃから後…。


「二十と六日じゃ。」

「二十と六日 ?」

 大将軍が聞き返す。

「じゃ。後二十と六日で倭族が進軍を開始しよる。」

「進軍を… ?」

 夜麻芽が言う。

「いや、それよりも今倭族と言うたか ?」

 大将軍が問う。

「言うた。」

「どう言う事だ ? 攻めて来ておるのは秦軍ではないのか ?」

「秦軍もいよる。じゃが主導しておるのは倭軍じゃ。」

「倭軍…。だが倭族は支配しても統治せずのはず…。」

「それなんじゃが、その前に一つ聞きたい事がありよる。」

「聞きたい事 ? なんだ言うてみると良い。」

「八重は倭族に剣を抜きよったんか ?」

「剣を ? 否、そんな話は聞いておらん。」

「知りよらんと…。」

「三佳貞、其れは何の話しじゃ ?」

 夜麻芽が問う。

「我は眞姫那と音義姉の三人で帥升の船に潜入しよったんじゃ。その時に倭族の兵士が言いよったんじゃ。先に手を出して来たのは我等の方じゃと…。じゃが、我も眞姫那も音義姉もその様な話は知りよらん。」

 と、三佳貞は夜麻芽を見やる。

「其の様な話は我も知らぬ。」

 夜麻芽が言う。

「ちょっと待て。先にも言うたが儂も知らぬ話だ。だが、倭族がそう言うて攻めて来ておるのなら天煌国で其れなりの事があったのであろう。」

「かも知れよらん。じゃが如何な理由があろうと我等は侵略者を手招きで迎え入れる様な真似は出来ぬ。」

「確かにそうじゃ。」

 夜麻芽が言う。

「じゃから我等は帥升を殺しよった。」

「え… ?」

 一同三佳貞の言葉に対し自身の耳を疑った。

「帥升を殺した…。」

 夜麻芽が聞き返す。

「じゃよ…。見事な連携攻撃じゃった。」

「ちょ、ちょっと待て。なら此の戦は終わりではないか。」

 大将軍が言う。

「じゃよ…。我等もそう思うておった。じゃが、話はそう簡単には行きよらんかったんじゃ。帥升の命と引き換えに眞姫那は殺されよった。我を助けよる為に音義姉は殺されよった。」

「音義姉が殺された…。嘘じゃ。音義姉は手練れじゃぞ。そう簡単に…。じゃろ三佳貞。嘘なんじゃろ…。」

 三佳貞の言葉に樹寐恵は狼狽言った。樹寐恵と音義姉は蜜なのである。

「樹寐恵…。ほんまじゃぁ。音義姉は…。」

「三佳貞…。ーー音義姉は…。音義姉は三子の娘として死によったんか。勇敢じゃったんか ?」

「当たり前じゃか…。勇敢で無かったんは我だけじゃ。」

 そう言って三佳貞はポロポロと涙を溢す。

「二人とも…。泣くのは後じゃ。我等は此の地を守る為に存在する者ぞ。其の為に落とす命…。決して無駄では無い。そして三佳貞。託された思いと願い…無駄にしてはならぬ。」

「応じゃ。」

「うむ。なら話の続きを願おう。」

「じゃ…。あれじゃ。帥升には娘がいよったんじゃ。その娘、蘭泓穎が新たな帥升に即位しよった。」

「蘭泓穎…。」

「じゃよ。蘭泓穎は倭族を従え高天原に船の進路を変えよった。」

 と、三佳貞は花水をゴクゴクと一気に飲み干し”ふぅぅ”と一息。と、其処に呼んで貰った八人の将軍が中に入って来た。

「そろいも揃って何事だ ?」

 大将軍が問う。

「良い。我が呼んだんじゃ。」

「三佳貞殿が ?」

「そうじゃ…。此度の戦は生半可では勝てぬ。皆の意見が必要なんじゃ。」

「皆の ?」

「そうじゃ。知っての通り秦軍は強い。じゃが倭族の強さは桁外れじゃ。つまりアメイジングなんじゃ。」

「あ、あめしんく… ?」

「良い。世界を旅しよる我じゃからこそ知る言葉じゃ。要するに圧倒的な強さなんじゃ。じゃから皆で妙案を出さねば全滅してしまいよる。」

「其れほど迄に強いか。」

「強い…。」

 と、三佳貞は将軍達が腰を下ろすのを待つ。そして全員が腰を下ろすのを見届けると一息ついて皆を見やる。

「高天原での事を今から話よる。その話を聞いて皆で策を考えて貰いたい。」

 そして三佳貞はスッと瞳を閉じた。


          大臺神楽 闇夜

            一章 倭

             三

           高天原の惨劇


 衛兵から身を隠す為に海に潜った三佳貞はそのまま逃げる事はせず船の死角にその身を潜ませていた。流石に行って帰ってするには遠過ぎるし、既に体力も限界に近かった。何より帥升が殺されたからと行ってこのまま天煌国に戻るとは考えにくい。否、戻ると言う選択肢を選んだにせよ物資の補給は不可欠である。と、なれば間違いなく何処かの島に船を向ける事は絶対だと三佳貞は踏んでいた。

 その思惑通り船の進路が変わった。

 行き先は当然高天原である。此れで溺れ死ぬ事はないとホッと一息。当初の予定通り事が運び一石二鳥…。だが、代償は大き過ぎた。

 否、王の中の王。神の王帥升を殺したのだ。その代償がたった二つの命で済んだのだ。逆に良かったと言うべきなのだ。だがそんな理論的には考えられない。悲しくて悲しくて仕方なかった。三佳貞は船にしがみ付きながらポロポロと涙を流した。

 ポロポロ

 ポロポロと涙を流し泣いて泣いて泣きまくった。そして知らぬ間に三佳貞は眠りについていた。

 其れからフト目を覚ますと船は既に港に着いていた。三佳貞は慌てて周りを見やるが人の気配はない。此れは大変だと三佳貞は急いで岸に向かって泳ぎ出すが暫く進んで方向を変えた。多くの兵が岸に居たからである。

 港から少し離れた場所に泳ぎ着くと三佳貞は湧水が出ている場所に向かって歩いて行った。海水を洗い流す為である。

 太陽の熱と海水の所為で肌が痛い。三佳貞は湧水を見つけるや紬を脱ぎ海水を洗い流しついでに紬についた海水も洗い流した。

 紬を木に吊るし疲れた体を木陰で休める。そして又ウトウトと三佳貞は眠りについた。

 次に三佳貞が目を覚ましたのは日がだいぶ傾いた時だった。湧水をガブガブと飲み乾いた紬を着やる。

 さて、此れからどうするか三佳貞は考える。場所からして第二砦付近である。近くの集落と言えば高天原支部のある中集落だ。取り敢えず其処に行くか第二砦の様子を見に行くか…。

 秦軍は第一砦、第二砦の両方に攻め入った事は確かである。そして倭族は第二砦に船を停泊させている。当初の作戦通りなら既に砦に八重兵はいない。なら、中集落に行き報告するのが正しい判断と言える。

 だが、秦軍の猛攻に全滅した可能性もある。

 否…。

 高天原に集結した兵の数は四千と聞いている。流石に全滅は無いであろう。と、ブツブツ言いながら三佳貞は第二砦の方にテクテク歩いていく。なんだかんだ考え乍らも気になるのだ。其れにこの場所からなら第二砦の方が遥かに近い。港から離れた場所にと言っても然程離れてはいないからだ。

 三佳貞はテクテクと歩き時折周りをキョロキョロと見やる。身を隠し乍ら進んだ方が良いのか考えるが辺りに人の気配は無い。だが大事を取って浜辺より丘から攻めるべきか…。ピタリ歩みを止め三佳貞は丘を見やる。丘と言っても急な崖になっているわけでは無い。緩やかな斜面を登れば良いだけである。

「丘じゃな…。」

 と、ボソリ。三佳貞は進路を丘に向けた。

 其れから少し歩くと大量の船が目に映る。改めて見るとなんともな風景である。其れをチロチロと見やりながら歩いていると、気がつけば港近く迄来ていた。此処まで来ると流石に身を隠さねば大事に繋がってしまう。三佳貞は茂みに身を隠し様子を伺う事にした。

 そして、突如言いようのない違和感が三佳貞を襲った。

「なんじゃ…。」

 三佳貞はジッと港を見やる。

 船から荷下ろしをする者達が忙しなく動いている。だが、どう見ても兵士には見えない。見えないどころか其処には女もいた。其れも一人や二人なんて数ではない。

「なんじゃ…。女がいよるぞ ?」

 と、三佳貞は首を傾げ考える。考るがどう見ても兵士には見えない。其れは女だけではない。荷下ろしをしている者の大半は男である。その男達も首を捻っても兵士には見えない。

「う〜ん。あれは兵士ではないぞ。民じゃ。八重の民じゃか ?」

 と、思って見るが着ている衣が違うし髪型も違う。

「あれは秦の民じゃか…。じゃかじゃか、じゃかじゃかどう言う事じゃ ? 何で民がいよるんじゃ…。」

 三佳貞はこの状況が理解出来ず首を傾げる。通常戦に民を連れて来るなどと言う事はない。其れは八重も秦も同じである。だが、此処に秦の民はいる。このなんとも不思議な光景をもっと良く見ようと生い茂る草から草へ移動し乍三佳貞は観察を続けた。

 やがて、積荷は全て降ろされたのか民の動きはダラダラと水を飲んだり談話したりと休憩をとり始めた。其れから間もなく大きな音が聞こえ始めた。三佳貞は音が鳴る方を見やり民を見やると民達はゾロゾロと音がなる方へと歩き始めた。三佳貞もつられて行きそうになったが踏みとどまる。

 このまま行けばバレてしまう。

 だから三佳貞は草から草へ…。だが、民が向かう先は砦の中である。高天原に続く城壁は恐らく消し炭である。だが港に続く城壁は現役バリバリの健在である。中に入るには民と同じ場所からしか入る事は出来ない。

 困った…。と、三佳貞が思案している所に群れから外れた娘が一人。チョコチョコと三佳貞の隠れている所に歩いて来る。キョロキョロと周りを見やりながら歩いて来る娘は間違い無くチッコである。三佳貞はしめしめとすかさず娘の前に姿を現すと口を押さえ首に手刃一発で気を失わせると、着ている紬を脱いで娘の衣を奪い其れを着た。

 衣に合口を隠し三佳貞はテクテクと入り口に向かいながら髪を紐解一つでに括り直す。高くゆった髪は既にくずれているがくずれた髪型は無駄に目立つ。何よりバランスが悪くなる。と、三佳貞は門を潜り皆が集まる方へと歩いて行く。

 門から中程まで行った所に人が群がっている。三佳貞は駆け足で其の群れに向かう。近づくにつれ大きな声で話す女の声が聞こえて来る。何を話しているのかは分からない。

 だが…。

 鼓動が一つ。

 ドクンとなる。

 其れは近づくに連れ大きくそして激しくなって行く。三佳貞は集まる人集りを掻き分け前へ前へと進んで行く。

 人の多さに誰が話しているのかは分からない。ただ声だけが聞こえて来る。相変わらず何を話しているのかは分からない。否、話している内容などどうでも良かったのだ。

 ただ前へ…。

 やがて民の群れが終わるとその群れは兵士達の群れに変わる。屈強な男達を押し退け三佳貞は更に前へ前へと進む。

 辿り着く先に誰がいるのか ? 三佳貞には分からない。分からないが三佳貞の本能が進めと体を歩ませる。

 鼓動が更に激しく体を打ち付ける。

 

 苦しい…。


 三佳貞は忍ばせている合口をギュッと握る。

 

 やがて小さな登壇場に立つ女の前に辿り着く。女の後ろにはなんともな数の兵士達が立っている。恐らく倭族の兵であろう。だが、今の三佳貞にはどうでも良い事である。標的は目前にいる女なのだ。

 その女がなぜ標的なのかは分からない。だが、本能が殺せと言っている。

 三佳貞は女を鋭い目つきで睨め付ける。女も又三佳貞を睨め付けている。合口を握る手に力が入る。そんな三佳貞を見やり女はニンマリと笑みを浮かべそして大きな声で言った。

「我が名は蘭泓穎。新たなる神の王帥升である。」

「蘭泓穎…。」

 と、三佳貞は合口を抜くと泓穎の喉をめがけ飛びかかった。が、泓穎は其れを避けると三佳貞の腹に拳を一発。すかさず三佳貞を蹴りつけた。

 蹴りつけられた三佳貞は地面をゴロゴロと転がると、其れを秦兵が捕らえようとした。

「良い…。」

 其れを泓穎が止めた。

「しかし…。」

「良いと言うておる。」

 と、泓穎は三佳貞を見やる。三佳貞は咄嗟に後ろに飛んだのでダメージは少なかった。

「余裕じゃな…。」

 そう言いながら三佳貞はゆっくりと立ち上がる。

「その娘は…。」

 と、言って陽が三佳貞に近づいて来る。

「ほぅ…。我が母を殺した娘の仲間か。」

 陽の反応を見て泓穎が問う。

「じゃったらなんじゃ。」

「母を殺しなお逃ず攻めに来るか…。良い。其方名はなんと言う ?」

「三佳貞じゃ。氏がみ名がかさじゃ。」

「み かさだな。」

「三佳貞で良い。」

「三佳貞…。帰って皆に伝えると良い。今より三日我等は休息を取る。四日目の朝に我等は攻撃を開始する。」

「な、なんじゃそれは…。我等を騙す気じゃか。」

「自惚れるな。三子の娘。其方らが相手騙す必要などないであろう。我等を舐めるで無い。」

「その言葉後悔しよるぞ。」

「良い。させてみよ。」

 泓穎がそう言うと三佳貞は合口をしまい周りを威嚇する。

「八重、そして三子の娘…。この地に生きる民、今より生まれ来る子にいたる迄…。この地に残す事はせぬ。三佳貞。其方は我が奴隷としてその全てを見届けさせてやろう。」

「フン…。此処で我を殺さんかった事後悔しよる。忘れるな…。我等はこの地を守りし者じゃ。最後の一人になりよっても我等は諦めぬ。」

「良い…。さぁ、今は帰るが良い。」

 そう言うと泓穎はもの静かに踵を返し歩いて行った。三佳貞は暫く泓穎を睨め付けていたが見えなくなったので中集落に帰る事にした。

 気がつけば周囲に兵士無く。民が晩御飯の用意を始めていた。

 








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