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大壹 序乃壱  作者: 甘蜜亭 土竜
13/23

一章 倭 襲来 六

 時は少し戻り倭族の船が進路を高天原に向ける少し前…。三佳貞達は無事帥升が乗船している船に辿り着いていた。

「ちょ…。ちょっと休憩じゃぁ。」

 外板に鉤爪を引っ掛け音義姉はグッタリである。

「分かっておる…。我も限界じゃか。」

 外板にしがみつきながら眞姫那が言う。

「二人ともだら…。 うげ !」

 波がドンブラコッコと三佳貞の口に入る。

「これこれ、既に力尽きておるんは三佳貞じゃか。」

 ゲンナリした表情を浮かべ音義姉が言う。

「まったくじゃ…。この船に辿り着けたんが奇跡じゃぞ。」

「ほんまじゃか。行き当たりばったりの策はこりごりじゃぞ。」

「行き当たりばったりでは無いぞ。ちゃんと…。うげ…。」

 と、海水が口に入る。三佳貞はうぇっと海水を吐き出す。音義姉は顔をプルプルと震わしている。

「ちっこじゃか。」

 三佳貞が問う。

「じゃよ…。体が冷えてきよった。」

「じゃな。そろそろ行きよるか。」

 と、眞姫那は鉤爪を引っ掛けながら外板を登り始めた。

「もぅ行きよるんか ? 元気じゃか。」

「眞姫那は疲れ知らずじゃぞ。」

 と、二人は眞姫那に追従した。

 チャカチャカと鉤爪を使い柵まで登ると三人はソロリと中の様子を伺った。帥升の船室に続く階段の前に二人の衛兵が立っているだけで後は誰もいない様に見える。しかも其の衛兵は衣を纏っているだけで鎧も武器も持ってはいない。

「二人だけじゃか…。」

 音義姉が言う。

「じゃな…。残りは船首の方におるんじゃかのぅ。」

 眞姫那が答える。

「何にしよっても二人なら余裕じゃか…。」

 音義姉が言う。

「じゃぁ言いよっても相手は倭人じゃ。油断は禁物じゃ。」

 三佳貞が言う。

「じゃな…。」

「なら、どうするんじゃ ?」

「あれじゃ。必殺行商人じゃ。」

 三佳貞が言った。

「賛成じゃ。」

「我も賛成じゃ。」

 と、三人は柵を登ると甲板の上に降り立った。

 衛兵の前にずぶ濡れになった娘が三人。だが、秦兵の時と違い別段衛兵が驚く様な事は無かった。

「なんと、なんと此処まで泳いで来たのか ?」

 階段の右側に立つ衛兵が言った。

「泳いで ? 何を言うておる。我等は歩いて来た。」

「そうじゃ。歩いてじゃ。」

「じゃよ。」

 と、音義姉と三佳貞が続いて言う。

「ほぅ…。で、道中で転んだか。」

 と、二人の衛兵はゲラゲラと笑った。

「し、失礼な…。転んだりせん。」

 眞姫那が言う。

「こらこら、転んだからずぶ濡れになっておるのだろう。」

 と、更にゲラゲラと笑う。

「ま、まぁあれじゃ。偶にはそう言う時もありよる。」

「じゃよ。」

「じゃ。」

「ん〜。そうか。其れで此処まで何をしに来たんだ ?」

「我等は行商人じゃ。物を売りに来よった。」

「行商人 ?」

 と、二人の衛兵は三人の娘をジロジロと見やり首を傾げた。

「品物は何処にあるんだ ? 真逆海に落として来たのか ?」

 と、衛兵が問うと眞姫那達はお互いをキョロキョロと見やりながら”落とした。”と言った。

「其れは災難だったな。まぁ、茶でもと言いたいが生憎その様な物は此処には無い。品物も無いなら来た道を帰ると良い。」

「帰る ? 来たばかりだぞ。美味しい物はその先に隠してあるのではないのか ? 」

 と、階段の先を指差し眞姫那が言った。

「じゃよ。我も食べたいぞ。」

「お宝じゃか。」

 と、音義姉と三佳貞が続いて言う。

「残念だがこの先には上手い物もお宝も無い。有るのは帥升様の船室だけだ。」

「帥升様 ?」

 と、衛兵の真逆の言葉に眞姫那達は胸中ドキッとした。だが、此処で表情に出すわけにはいかない。三人はしてやったりな気持ちを必死に押さえた。

「帥升様とはあの帥升様か ?」

 三佳貞が言った。

「そうだ。分かったら諦めて帰ると良い。」

「いやいや。この船に帥升様がいるとは…。是非に挨拶をせねばバチが当たりると言うもの…。」

「そうじゃ。挨拶じゃ。」

「さ、さ…。船室に向かおうぞ。」

 と、三人がスタスタと階段に差し掛かろうとした所で二人の衛兵が其れを止めた。

「こらこら、勝手に入ってはいかん。」

「諦めよ。三子の娘。」

 ニタリと笑みを浮かべ衛兵が言う。

「なんじゃぁ…。バレておったんか。」

 と、眞姫那が言った。


 其の刹那。


 眞姫那と音義姉が合口で二人の衛兵の腹を刺した。

 グイっと合口を腹に…。グイッと力一杯ねじ込む様に…。だが、合口は一向に刺さっていかない。衣の中に鎧が ? と、思いジッと見やるが其れらしき物は無い。

「音義姉…。其方はどうじゃ ?」

「困っておる。」

「じゃかぁ。我もじゃ。合口が腹に刺さって行きよらんぞ。」

「じゃよ…。」

 と、二人が話しているのを黙って聞きながら二人の衛兵は衣をはだけさせ何とも立派な肉体を三人に見せた。

「分かったか…。お前達では無理だ。」

「無理だからなんだ。」

 と、眞姫那は衛兵の喉を突く。が、衛兵はヒョイっと避けるとその腕を掴んだ。

「何故理解できぬ。諦めよ。」

「今なら無かった事にしてやる。大人しく帰る事だ。」

「女だからと舐めるで無い。」

 と、今度は音義姉が衛兵の顔を突く。が、此れも簡単に避けられた。衛兵は音義姉の腕を掴み後ろに押した。

「女だからでは無い。良いからこれ以上先走るな。」

「先走るな ? 侵略者を前に先走るも何も無いであろう。帥升の首を取れば其れでしまいだ。」

 三佳貞が言った。

「侵略者…? 我等がか ? 本気でそう考えておるのなら考え違いだ。」

「考え違い ?」

「そうだ。侵略も何も…。この世界全てが我等倭族の物。お前達はその中で争っているだけだ。」

「つまり ?」

「侵略も何も民も土地も既に我等の物だといっている。」

「…。」

「…。」

「…。」

 三人は衛兵が言った言葉の意味が理解出来なかった。

「三佳貞…。この男は何を言うておる ?」

 音義姉が問う。

「分かりよらん。」

「つまり、なんじゃ。どう言う事じゃか。」

「つまり…。侵略者じゃ。」

 三佳貞が言った。

「じゃかぁ…。」

 と、音義姉は眞姫那の腕を掴んでいる衛兵に攻撃をしかけた。

 体は刃を通さない。だが、顔と喉は眉唾である。何故なら先の攻撃を受け止めたのは腹だけだからだ。次の攻撃はヒョイっと避けた。つまり、顔と喉は急所なのだ。

 音義姉は衛兵の顔を狙って合口を突く。掴んだ手を離し衛兵は避けるが、すかさず眞姫那が喉を突く。が、何とか衛兵は其れを避け間合いをあける。が、其処に三佳貞が顔を狙って合口を突いてくる。本来ならここで決まるのだが何故か決まらない。だから三人は幾度となく攻撃を仕掛けていく。其の攻撃を衛兵は上手く避けるのだが、何度も何度も諦めずに来られるのは流石に面倒である。仕方なく衛兵は一の攻撃をかわし顎に掌底一発。二の攻撃をかわし腹に一発。三の攻撃をかわすと衣を掴み投げ飛ばした。

「いいかげんにしろ ! お前達が如何に足掻こうとどうにもならぬ。何故分からぬ ?」

「理解して侵略をゆるせと ?」

 腹を押さえながら眞姫那が問う。

「侵略ではない。其れは秦国の役目。我等の預かり知らぬ事だ。」

「なら、何をしに其方らは来た ? 良いか。如何な理由があろうと秦兵とおる以上敵なんじゃ !」

 顎を摩りながら音義姉が言う。

「敵…か。我等神の一族を敵と言うか…。だからか…。」

「何がじゃ ?」

 ゴロンと倒れたまま三佳貞が問う。

「良い…。話しても無駄じゃ。このままじゃと無駄に刻が過ぎて行きよる。」

「そうじゃ。」

「じゃが、どうしよるんじゃ ? 相手は強いぞ。」

「ふ…。とうとうじゃ。とうとう使いよる時が来よった。」

 目を輝かせ乍ら眞姫那が言った。

「ま、真逆…。あの技じゃか。」

 生唾を飲み音義姉が問う。

「じゃよ。岐頭奥義三位合体じゃ。」

「さ、三位合体…。あれを使いよるんか。」

 三佳貞は少し戸惑った。

「シャァァァ ! 今使わんでいつ使いよる言うんじゃぁ !」

「じゃかぁぁ。三位合体じゃ !」

 と、眞姫那と音義姉は拳を握りしめ腰を下ろした。三佳貞はのっそりと立ち上がるとソソクサと音義姉の肩に跨ると音義姉は立ち上がりそのまま眞姫那の肩に跨った。

「おい…。真逆。」

 衛兵がボソリ。

「其の真逆だろうな…。」

 続いてボソリ。

「禁断の二段肩車をするつもりか ?」

「悪いことは言わぬ。危ないから止めろ。」

「問答無用じゃ !」

 と、眞姫那は総重量100キロは有ろう二人を肩に乗せ立ち上がった。

「ど、どうじゃ。ビビりよったじゃろう。此れが岐頭奥義三位合体じゃ。」

「お、応…。」

 と、二人の衛兵は天の三佳貞を見やり眞姫那を見やる。

「凄いのは理解した。が、其れでどうする気だ ? 自由に動き回れるでも無いであろう。」

「も…。問題無しじゃ。」

 汗をブリブリ流しながら眞姫那が言う。

「そ、そうか。だが、其れで戦えるとは思えんぞ。」

 と、眞姫那に近づき眞姫那、音義姉、三佳貞の順で三人を見やる。

「フ…。我は通常攻撃。」

「我は上段から攻めよる。」

「わ、我は天津から攻撃じゃ。」

 と、最後に三佳貞が言うと衛兵はゲラゲラと笑い出し”其処からでは届かぬであろう。”と言って更にゲラゲラと笑った。

「ば、馬鹿にするで無い。我は此処から石を投げよるんじゃ。」

「い、石か…。其れは考えつかなんだぞ。」

 と、ニヤリと笑みを浮かべ三佳貞を見やる。三佳貞はブスッと口を膨らませ乍衛兵を睨め付ける。

「ふざけた事を言うのも今のうちだ。アッカンベー。」

 と、三佳貞は舌を出した。

「三佳貞の言う通りだ。この技の真の恐ろしさを見せてやる。」

「ほぅ、まだ何かあるのか ?」

「当然じゃ…。音義姉 !」

「応じゃ !」

 と、音義姉は三佳貞を肩に乗せたまま器用に眞姫那の肩の上に立つ。と、今度は三佳貞が音義姉の肩の上に立った。

「おいおい…。」

 衛兵は三佳貞と音義姉が落ちるのではないかと気がきでない。なんとも見ている方が不安になってしまう。こんな馬鹿げた事をする者は流石に見た事がない。

 平地であっても疑いたくなると言うのに船の上でこれをやるのは正に狂気としか言いようがない。

 波に揺られ船がユラユラとゆれる。


 体制を崩さない様に眞姫那が踏ん張る。踏ん張ってどうにかなるのだろうか… ? 疑問である。だが、眞姫那は見事に踏ん張っている。

「すまぬがもう少し下がって貰えぬか ?」

 眞姫那達の目前に居る衛兵に眞姫那が言った。

「下がる ?」

「そうだ。少し近過ぎる。もう少し後ろだ。ほれほれ…。」

 と、眞姫那が言うので衛兵は心配ではあるのだが、其れとは裏腹の何が起こるのか見てみたい好奇心でワクワクしながら少しずつ後ろに下がっていく。

 そして…。自分達に丁度良い間合いに衛兵が辿り着くとすかさず三佳貞が衛兵の左側に、次いで音義姉が右側に飛び跳ねると眞姫那が猪の如き速さで衛兵に攻撃を仕掛けに走った。

 自分に向かって飛んでくる二人の娘と正面から突進してくる娘…。


 成る程そうくるか…。此れは新しい。


 と、感心はするが驚くような事は無い。何故なら其処には明確な理由があったからだ。


 其れは間違い無く娘達は顔か首を狙って来ると確信していたからだ。そして其れはそのまま現実となる。二手に別れ上空から攻撃を仕掛けて来ても狙っている場所が分かればかわすのは容易い。衛兵はヒョイっと二人の攻撃をかわすと両手バンザイのグーパンチで二人の腹に攻撃を入れると正面から突進して来る眞姫那に軽い蹴りを腹に入れた。まぁ、軽くと言っても眞姫那は全速力で突進して来ているので強烈なダメージが腹に襲いかかる。三人は変な声を腹から出すと甲板に崩れ落ちた。

「こ、これは不味い…。は、腹が痛いのじゃ。」

 お腹を押さえ乍ら眞姫那がボソリ。三佳貞と音義姉は無言である。

「あ、いや…。すまん。つい…。」

 申し訳なさそうに衛兵が言う。

「女子の腹を殴りよるとは…。クズじゃ。」

 音義姉が言った。

「仕方なかろう。あれが最善の策だ。」

「まったくだ…。娘を殴るとは修行が足らんのでは無いか。」

 相方の衛兵が言う。

「ほぅ、あの技は俺だから破れたと言っても言い過ぎにはならんぞ。」

「娘を殴って破ったとは…。情け無い。」

「そうだ。情け無いぞ。」

 三佳貞が言った。

「ちよ、ちょっと待て。手を出したのは彼奴も一緒だ。」

「おいおい。俺は振り払っただけだぞ。其れにお前みたいに拳は握って無い。」

「投げたじゃないか。その方が酷い。」

「投げた ? 人聞きの悪い事を言うなよ。あれはただの瞬間移動だ。」

「しゅ…。ほっほぅ。あれが瞬間移動 ? あんな遅い瞬間移動は見た事がないぞ。」

 と、衛兵達が言い合いを始めたので三佳貞達はチャンスとばかりにズルズルと床を這いながら間合いをあけた。

 と、其処に聞きなれない声が一つ。ピクリと三佳貞達は声の方を見やる。其処には更に恰幅の良い男と溢れんばかりの兵士が集まって来ていた。

「此れはいけん状況じゃ。」

 と、三佳貞は反対側の通路を見やると、其方からも兵士がゾロゾロと集まって来ている。

「しまいよった…。此れは完全に相手の策にハマってしまいよったぞ。」

「じゃよ…。参りよった。」

 と、言った音義姉を強い威圧感が襲う。音義姉はソロリとその方向を見やる。其処には衛兵よりも更に恰幅の良い男が立っていた。大将軍の陽だ。

「何故娘がいる ?」

 衛兵を睨め付け陽が言った。

「何故と言われましても。」

「行商に来たと言ってます。」

「行商 ? 品は何処にある ?」

 娘の周りを見やり陽が言う。

「落としたらしいです。」

「落とした ? 何処に ?」

「海にだ。」

 三佳貞が言った。

「海に… ?」

「じゃ…。コケた時に落とした。」

「コケた ?」

 と、陽は首を傾げる。

「海の上を歩いて来たと言ってます。」

「ほぅ…。で、今も三人揃ってこけたのか ?」

「其処の衛兵に殴られた。」

 音義姉が言う。

「なんと…。娘に手を上げたか。情け無い。」

「え ⁉️ いやいや誤解です。」

「まぁ良い。其れより帥升様は ?」

「船室に…。」

「泓穎は ?」

「同じく。」

「そうか…。」

 と、陽は三人をマジマジと見やる。

「娘…。今回の事は無かった事にしてやる。直ぐに来た道を帰ると良い。」

 と、陽が言うと眞姫那達は船尾を見やり”来た道は遥か彼方だ。”と言った。確かに船は止まる事なくドンブラコッコ…。三佳貞達がせっせと泳いでいた場所は今より後方である。陽は何とも面倒臭い表情を浮かべ頭を掻いた。

「何でも良い。お前達が来たのはあの島であろう。黙ってあの島に帰れと言っているんだ。」

「帰れと言われてものぅ…。」

 と、眞姫那はゆっくりと立ち上がる。

「まったくじゃ…。帰れ言われて右向け島にはなりよらんぞ。」

 と、音義姉も立ち上がる。

「回れ後ろで帰りよるんは其方らの方じゃ。」

 と、三佳貞ものっそりと立ち上がる。

「我等が ? 其れは出来ぬ相談だ。」

「じゃかぁ…。なら仕方ないのじゃ。」

「仕方ない…。仕方ないで2度3度と我等に剣を抜くか…。まぁ、何をしようと好きにすれば良い。だが、何故歯向かう ? 我等がお前達に何をした ? 我等は静かに暮らしているだけだ。其れが気に入らぬと言うか…。」

「静かに ? なら、今すぐ国に帰れ。」

「そうじゃ。我等は侵略者には立ち向かいよる。」

「じゃぁ、じゃぁ。さっさと帰れ ! この地は我等が物じゃ。」

「ふぅ…。我等が侵略者か…。」

「そうじゃ ! 其方らは侵略者だ。」

「侵略者も何も…。先に手を出して来たのはお前達の方だろうが。」

「我等が ? 何の話じゃ ? 我等は他国を攻めたりはせん。」

 と、眞姫那と音義姉は首を傾げる。その中で三佳貞は僅かな音に意識を向ける。船室に続く階段から音が聞こえたからだ。


 トントン…。


 確かに聞こえる。

 誰かが此方に向かって来ている。帥升か又は泓穎と呼ばれた者か…。三佳貞はソッと鐘を鳴らす。その音に眞姫那と音義姉が反応を示す。

「何の音だ ?」

 陽が問う。三佳貞達は答えない。

「鐘…。鈴ですか ?」

 衛兵が答える。陽は音がする方を見やる。鳴らしているのは三人の娘の一人。

「其れは… ? 鈴か ? 何とも変わった音色だ。」

「我等が国の小さな銅鐸じゃ。」

 三佳貞が言う。眞姫那はコソッと音義姉に耳打ちをする。

「そうか…。で、其れの示す意味はなんだ ?」

 と、陽は剣に手を掛ける。三佳貞は生唾を飲む。


 バレている。


 三佳貞は黙ったまま陽を睨め付ける。眞姫那はジッと階段見やっている。 

 やがて、階段を上がって来る人影が見えた。


 その刹那。


 近くにいた兵士を台に眞姫那が階段に向かって飛んだ。陽は咄嗟に剣を抜き眞姫那に斬りかかるが眞姫那の方が一歩早かった。階段を登って来る帥升の後ろを取ると左腕を首に回し帥升の顎を上げ躊躇なくその喉に合口を突き刺した。

 帥升の喉から大量の血が噴き出す。陽達はあってはならぬ現実を前に凍りついた。音義姉は眞姫那の援護に三佳貞は逃げる算段を考える。だが、あってはならぬ現実は三佳貞達にも訪れる。

 眞姫那が口から血を吐いたのだ。三佳貞はその現実を振り払おうとするが其れが消える事は無い。口から血を吐く眞姫那、そして帥升の腹から突き出す剣。其れを見やり三佳貞の思考は停止した。

 その現実に動揺しなかったのは音義姉だけである。否、胸中は嘘であって欲しいと願う。だが、飛び出す間際に”三佳貞を頼む。”と言った眞姫那の言葉が音義姉を強く突き動かしているのだ。音義姉は三佳貞の腕を掴み船尾に走るとそのまま三佳貞を海に捨てた。

  

 ボチャン !


 三佳貞が海に落ちた。落ちて三佳貞は我に戻る。

「音義姉…。」

 海から船尾を見やる。音義姉も柵を乗り越えようとするが、六人の兵士が音義姉を剣で突き刺した。六本の剣が音義姉の体を貫く。

「音義姉 !」

 三佳貞が声を荒げ言う。

「進め三佳貞 ! 其方は其方が役目をまっとうなされよ !」

 最後の力を振り絞り音義姉が叫んだ。そして、兵士が音義姉の首を刎ねた。

「ね…。音義姉…。眞姫那…。」

 三佳貞は泣きそうになるのをグッと堪え海に潜った。

 そして眞姫那と帥升を串刺しにした蘭泓穎はプルプルと震えていた。

「三子の女…。」

「わ、我等の勝ちじゃ倭人。」

「ぬかすな…。我が母を殺したとて何も変わらぬ。」

 そう言うと蘭泓穎は剣を抜いた。眞姫那の腕から滑り落ちるように帥升が床に崩れ落ちる。眞姫那はグッと堪え蘭泓穎を睨め付ける。

「首を刎ねねば死なぬか…。」

「じゃよ。」

 と、眞姫那が言うと蘭泓穎はすかさず眞姫那の首を刎ねた。眞姫那の首が宙を飛びやがて床に落ちる。飛び散った血が蘭泓穎を真っ赤に染めた。

「大将軍がいて尚母を殺されよるとはのぅ…。」

 怒りに溢れた蘭泓穎は階段を登り切ると陽の元に歩んで行く。

「今より我が帥升だ。」

「応。」

「分かっておるな。これより先…。お前達の甘ったるい戯言は通らぬ。」

「応。」

「良い。なら、進路をあの島に…。此れより先…。我等に逆らいし八重と三子の血をこの世に残してはならぬ。皆殺しだ。」

 そう言った蘭泓穎の目は矢張り氷の様に冷たい瞳だった。


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