68.家族
ローゼンティアを攫ってランダルト王城屋上へ逃げたクロムウェル。姫を柱に縛り付け、黒竜には魔族化すると言う黒玉を飲ませる。助けに来たカイン達はクロムウェルが言った言葉に驚いた。
「厄災を育てただって?」
クララのつぶやきにシルファールが答える。
「あの黒い竜を暗黒竜に仕立てて、それで、それで世界を恐怖に陥れていたってこと?」
「恐らく……」
クララ達はその事実に怒り、そして悲しみの表情を浮かべた。
クロムウェルは黒竜に対して、助けにやって来たカイン達への攻撃命令を出した。
「行け、行け、黒竜!!! 全て壊してしまええええ!!!!」
「グッ、グオオオオ!!!!」
黒竜は一瞬苦しそうな泣き声を上げてからカインに向かって来た。
「下がってな、嬢ちゃん達」
カインはクララやシルファールを後ろに下げてから、剣を構えて黒竜に向かって走った。
ガーーーン!!!
カインの剣と黒竜の鋭い爪がぶつかり、鈍い音が響く。カインの剣撃で吹き飛ばされた黒竜が体勢を立て直し、大きな翼を広げ奇声を上げながら突入してくる。
ガン!! ガンガンガン、ガーーン!!!
黒竜の爪を使った連続攻撃。
そのあまりに速いスピードはそこに居るカイン以外に見切ることはできなかった。攻撃を剣で受け流しながらカインが言う。
「くはははっ、いいじゃねえか。いいぞお!! さすが厄災とまで言われた竜!! 強ええのはいいぜ、だがよお……」
ドオオオオオン!!!
カインは剣を大きく振り上げて強烈な一撃を黒竜に加えた。
直撃を受けて吹き飛ぶ黒竜。カインが言う。
「だけどよお、家族を奪われたカインの悲しみ。おめえらに、分かるか?」
カインは数日前にあった会社での出来事を思い出した。
「雷牙、どうだい? 調子の方は?」
久し振りに会社を訪れた元女社長が雷牙の顔を見て言った。
「順調です。社長っ」
「バカ、社長はお前だろ?」
「いや、まだ、慣れなくて……」
雷牙が鉄工所の社長に就任して数か月が過ぎていた。最初は驚いた周りであったが、女社長の説得もあって無事社長に就任することができた。
そして発揮される雷牙の能力。彼は最高の『人たらし』であった。
元々面倒見が良かった雷牙の人格を慕い、まず彼の高校時代の元部下達がこぞってやって来た。既に皆社会に出て第一線で活躍しており、雷牙の社長就任を新聞などで知ると次々と挨拶にやって来た。
「雷牙さ~ん、ずっと、ずっと会いたかったっすよ」
家を出て以来、ほとんど昔の人間とは誰とも連絡を取っていなかった雷牙。訪れる元部下達は皆が涙を流して再会を喜んだ。
そして次々と決まる仕事の契約。『雷牙の会社』と言うだけでその元仲間達は自分から仕事を持って来てくれた。
工場での評判も良かった。
誰隔てなく接する雷牙は皆から慕われ、同時にその社員の適材適所を次々と見抜いて行った。社長に押され得意な仕事にまい進する社員。成果を上げた者にはしっかりとその報酬も支払った。
たった数か月だが、雷牙は凄腕の社長とて認知し始められていた。女社長が言う。
「元気にやっていてくれたらそれでいい。私は嬉しいよ」
雷牙が答える。
「まだまだですっ。もっと色々教えてください」
女社長はニコニコしながら雷牙の話を聞いた。
「社長、面接の人が来ていますが……」
雷牙が話をしていると、事務の女性が今日予定していた面接する人間の履歴書を持ってやって来た。
「ああ、ありがとう」
雷牙はその履歴書を手にしてすぐに体が震えた。
――オ、オヤジ……?
それは間違いなくもう数年間も会っていない雷牙の父親であった。履歴書には務めていた会社を数か月も前に退職になっている。そして驚いたことに実家の住所も変わっており、この近辺のアパートの名前が記入されていた。
(ど、どうしちまったんだ?)
震える雷牙に気付いた女社長が言った。
「じゃあ、私はこれでおいとまするよ。雷牙、頑張れよ」
「しゃ、社長、待ってくだ……」
雷牙は女社長を呼び止めたが、彼女は軽く手を上げるとそのまま部屋を出て行った。事務の女性が尋ねる。
「どうします、社長? 応接室でお待ちですが……」
「ああ、分かった。今から行く……」
雷牙は心を決めて履歴書を手に応接室に向かった。
「ら、雷牙……」
応接室に入って会釈をした後に、雷牙の父親が驚いた顔で言った。
「ど、どうして……」
信じられない表情の父親。雷牙が言う。
「それはこっちのセリフだ。何であんたがこんなとこに来てるんだ?」
全てを悟った父親が小さな声で言う。
「会社を、会社をリストラされたんだ……、金も無くなりまだローンがあった家も売った」
雷牙はとても小さく見える父親を見つめた。父親が続ける。
「母さんがな、そんな俺に見切りをつけたのか知らない男と浮気をしてな……」
「わ、別れたのか?」
父親が首を横に振る。
「大喧嘩をしたけど、結局あいつもどこへも行けずに俺と一緒にいる」
雷牙は履歴書に記載された近くのアパートを思い出した。雷牙が言う。
「それでここに申し込んできたのか? あんたにやれるのか? 溶接が」
父親が小さく答える。
「未経験でも可とあったんでな。大丈夫だ、やれる」
「……」
雷牙は無言になった。そしてしばらくの沈黙の後、父親に言った。
「もういい。あんたなんて面接しなくても分かっている。今日は帰ってくれ。結果は……、また後で伝える」
父親は思い詰めた顔をして雷牙を見つめた。そして無言で立ち上がると、か細い声で言った。
「雷牙、色々とすまなかった……」
そう言って頭を深く下げると、父親は部屋を出て行った。
ドン!
雷牙はひとりになった部屋で壁を叩いた。
「くそっ、くそっ、なんなんだよ、どうなってるんだよ……」
自然と流れる涙。色々な感情が混ざり合って噴き出してくる。それはこれまで自分があえて向き合おうとしてこなかった負の感情。あえて見ようとしなかった触れられたくない思い。
雷牙は部屋を歩き回る。そしてふと壁にある鏡に目が行った。
「俺、泣いてんのか……」
鏡に映った顔。その目からは涙が流れていた。
ある言葉が雷牙の頭をよぎった。
――笑って。笑う先には未来がある!
雷牙は目を腫らしながら少しだけ笑って言った。
「ふふっ、そうだよな。笑わなきゃな、こんな時だからこそ」
そして頭を巡るカインとの日記。
『今日もじっちゃんといっぱい遊んだよ。楽しかった!』
『今日じっちゃんに叱られた。じっちゃんなんて大嫌い!!!』
『ねえ、雷牙。最近じっちゃんが元気ない。もうおじちゃんだからかな?』
『雷牙、ボクね、じっちゃんが大好きだよ!!』
――ねえ、雷牙。家族ってさあ、いいよね、やっぱり。
雷牙は溢れる涙を堪えながらひとり言った。
「そうだな、そうだよな、カイン。家族って、家族って奴はもうそれだけでいいよな」
雷牙は作業服の袖で涙を拭うと大きく深呼吸をしてから、履歴書にある携帯番号に電話を掛けた。
「はい、佐々木ですが……」
「……俺、だ」
「雷牙か?」
雷牙は少し間を置いてから話し始めた。
「人が足らねえから、来週の月曜日から来て欲しい……」
「い、いいのか?」
「ああ、だが条件がある」
雷牙は再度深呼吸をしてから言った。
「会社では俺のことは社長と呼ぶこと。それから……」
我慢していた雷牙の目が再び赤くなる。
「母親を……、母さんを大事にすること。女を泣かせるような奴は雇えねえ……」
父親は少し間を置いてから答えた。
「分かった。約束する」
「ああ……」
そう言って電話を切ろうとした雷牙に父親が言った。
「ありがとう、雷牙」
雷牙は無言で電話を切った。
そしてひとりで声を殺して泣いた。
「クララの団長おおお!!!」
「な、何よお!!」
カインは剣を持って走りながらクララに言った。
「ありがとよ!! 愛してるぜ!!!」
「え、ええええ!?」
それを聞いて真っ赤になるクララ。カインが叫ぶ。
「さあ、行くぜ!! 大事な強神竜を奪ったクソ共め!!!!!」
カインは渾身の力を込めて剣を振り上げた。




