66.その少年の名
「く、くそぉ、手が、拳が……」
シリカ・ファインズの団長シリカは、目の前に立つトロールキングを見て自分の無力さを感じた。何度も何度も殴り続けたその手の皮は破れ、流れ出す血が止まらない。拳を握るだけでうずく痛みに耐えながら、気力でその化け物に対峙する。
「レターナ……、くそ……」
後ろにはトロールキングの攻撃を受け倒れる仲間達。今、自分が倒れたらファインズは壊滅する。シリカは痛みを我慢して拳を向ける。
「まだまだ、俺が倒れる訳には……、えっ!?」
そう叫んだシリカの目に、トロールキングの頭上に飛び上がるひとつの影が映った。
「絶対斬りィィ!!!!!」
ズン!!!
トロールキングは頭上から放たれた剣撃によって頭から背中を斬られ、そのまま前にドンと音を立てて倒れた。
「お、おまえは、ローゼン・ファインズのレンゼント……」
「回復します!」
唖然とするシリカの周りにローゼンティアの優しい声が響いた。次々と治療される仲間達。
(助かった……)
シリカは安堵の涙を流した。ローゼンティアが言う。
「回復が終わったらシルのところへ行くわよ!!」
ローゼンティアは疲れてボロボロになりながらも必死に回復を続けた。
「ティア!!」
「シル!!」
ふたりの姫はお互いの無事を確かめ合って抱き合った。
「良かった、無事で……」
シルファールが一緒にいるララ・ファインズのメンバーも皆怪我をしており体力の消耗が激しい。未だ街の至る所で戦闘が続けられているが、なんとかSクラス級の魔物はほぼ討伐できたようだった。
「みんな、まだ戦える?」
ローゼンティアが集まった冒険者達に問う。
「ああ、回復してもらったんで行けるぜ」
シリカが答える。
「姫のゆくところ、どこまでもお供致します!!」
レンゼントも頷いて答える。
「もうひと息、頑張るよ!!!」
クララも手を上げて応える。
「これからランダルト王城へ乗り込みます!! そこですべての元凶であるクロムウェルを討ち取ります!!!」
ローゼンティアが皆に向かって叫んだ。
しかしその皆の上を大きな影が飛行する。
「あ、あれは!?」
その影は皆の頭上で少し旋回するとゆっくりとその大きな翼を羽ばたかせて降り立った。大きく真っ黒な竜。その背には不気味な笑みを浮かべながらクロムウェルの姿がある。
クララ達を見つめながらクロムウェルが言う。
「やあやあ、みなさん。ごきげんよう」
そう言いながらゆっくりと頭を下げる黒竜から降りるクロムウェル。身構える一行。クララが言う。
「スキル『竜支配』に『竜殺し』、やっぱりあなたなのね、クロムウェル」
クララはカインから聞いたそのスキルの名前を言った。クロムウェルは少し意外な顔をして答える。
「どうしてあなたがそんなことを知っているのかは知らないけれど、まあいいだろう。もう計画は始まっているんだからね」
「計画?」
ローゼンティアが言う。
「そう、私が『この世を統べる者』になる為の計画。ローゼンティア姫、あなたは私の隣でその計画を供に成すんですよ」
ローゼンティアが答える。
「えー、それはできないかなあ。だって私にはもう旦那様がいるしー」
「ひ、姫え~」
隣に立つレンゼントが情けない声で言う。クロムウェルが少し笑って言った。
「くくくっ、あなたの気持ちなどどうでもいいですよ。だってこの私、厄災をも作り出したこの私にすぐにひれ伏すのですから!!」
「や、厄災を作り出したって? なんてことを!!」
クララが驚いて言う。
「すべては私の計画の為、じゃあもう終わりにしましょうか。行きなさい、黒竜!!!」
そうクロムウェルが言うと隣にいた黒竜が突如咆哮する。そして翼を広げ羽ばたくと一気にクララ達の方へ向かって突撃して来た。
「下がれ!! はあああああ!!!!」
ローゼン・ファインズの盾役のダンベルが皆の前に出て両腕を立て黒竜の突撃を受ける。
ドーーーン!!!
「ぐわあああ!!!」
ダンベルと黒竜が衝突した瞬間一面に響く爆音、そして地面を震わす振動。ダンベルはその勢いで瞬時に後方まで吹き飛ばされて民家の壁をぶち破って倒れる。
「ダ、ダンベル!!!」
団長のローゼンティアが急ぎダンベルの元へ駆けつけ回復を行うが、その重い一撃で瀕死の重傷を負っていた。
「はあああ!!!! 正面突きっ!!!!」
大きな翼を広げ空に舞い上がった黒竜に対してシリカが跳躍し、真正面から渾身の突きを打ち込む。
ドン!!
「ぐっ、ぐわああっ!!」
黒竜に突きを放ったシリカが大声で叫びながら地表に落下する。必死に抑えるその拳からは血が溢れ、骨が砕けたのか形が変形している。急いでレターナが回復を行う。
「硬え、なんて硬えんだよ……」
シリカの目から涙がこぼれる。
「絶対斬りィィ!!!!」
レンゼントが宙に舞う黒竜の真下から剣を構えて跳躍する。
ガン!!!
レンゼントの剣と黒竜の足の爪が鈍い音を立ててぶつかる。
「くそっ!!」
剣撃を防がれたレンゼントが地表に降り立ち悔しそうな表情をする。ローゼンティアがレンゼントに叫ぶ。
「レンゼント、行くわよ!!!」
その顔を見たレンゼントがその意味を酌み頷く。ローゼンティアが魔法を唱えた。
「昇華!!!!」
魔法を掛けられたレンゼントの体が白く光り始める。それを見たシルファールが言う。
「あ、あれは昇華!?」
「昇華?」
それを聞いたクララが尋ねる。シルファールが言った。
「短い間だけど全体能力を一段階上げるの。とっても強力な魔法。でも……」
「はあああ!!!!」
再び剣を持って黒竜に向かおうとしていたレンゼントに何者かが斬りかかった。
ガン!!!
「なっ、お前は!!」
「目障りですよ、いい加減」
レンゼントに襲い掛かったクロムウェルは少し笑みを浮かべてそう言った。
「クロムウェル!!!」
そう叫んだレンゼントが剣を握り直してクロムウェルに斬りかかる。
カンカンカン、カーーーン!!!
激しく打ち込むレンゼント。それを手にした剣で弾くクロムウェル。ローゼンティアが驚いて言う。
「昇華したレンゼントと互角ですって……!?」
余裕の顔をしたクロムウェルを見てローゼンティアが驚く。
「ぐはっ!!!」
剣を防いでいただけだったクロムウェルが初めてレンゼントに斬りかかった。剣を横にして受け止めたレンゼントはその勢いでそのまま後ろ押される。クロムウェルは笑いながら再びレンゼントに剣を振った。
ドーーーーン!!!
「ぐわあああああ!!!!」
今度は後方まで吹き飛ばされたレンゼント。
その白く輝いていた光は体から消え、レンゼントは仰向けになって倒れた。それを見たシルファールが言う。
「昇華は強いけど時間が短いし、それに起き上がれない程の体力を使っちゃうの……」
シルファールは仰向けになったまま動けないレンゼントを見て言った。
「う、上っ!!!」
その時、倒れていたシリカが上空にいる黒竜を見て叫んだ。
「いけない!!!」
黒竜は大きな口を開けて何かを吐こうとしている。それを見たシルファールが右手を上げ魔法を唱える。
「巨大氷壁!!!!!」
シルファールは黒竜の前に巨大な氷の壁を築く。
ゴオオオオオオ!!!
黒竜はその大きな口から真っ黒なブレスを吐き出した。
その漆黒の息はシルファールが作った氷壁に当たり上空へと拡散される。それを見たローゼンティアが叫ぶ。
「あれは漆黒のブレス!!! ダメ、あれに触れると灰になる!!!!」
「くっ!!」
シルファールは上空に散った漆黒のブレスを見て両腕を上げる。
「これで消えてえええ!!!! ファイヤーストーム!!!!!」
シルファールの体を中心に広範囲の炎の嵐が巻き起こる。クララが言う。
「す、凄い、姫様。どれだけ魔力があるの……」
シルファールが巻き起こした炎の嵐が上空に散った漆黒のブレスを焼き尽くす。
「はあ、はあ、これで…………、!!!!」
シルファールは消え去った漆黒のブレスの上に、再度大きな口を開けてブレスを吐こうとする黒竜を見て体が震えた。
(ダメ、もう、力が……)
シルファールには氷壁を放つ魔力ももう残っていなかった。
ドン!!!
「ぐわあああ!!!」
倒れたレンゼントの横に立ち、クロムウェルがその腕に剣を突き刺す。叫び声と共にレンゼントの腕からドクドクと流れ出す鮮血。
「レ、レンゼントおおおお!!!」
ローゼンティアが青い顔をして叫ぶ。クロムウェルは笑いながら言った。
「あははははっ、くたばれ、くたばれよおお。私の邪魔をする者達よ!!! さあ、黒竜よ、とどめだ!!!」
そうクロムウェルが言い終わると同時に、大きく開かれた黒竜の口から漆黒のブレスが吐き出される。
ゴオオオオオオオオ!!!!
仰向けになったままのシリカが思う。
(や、やっぱりダメなのか……、私達じゃ……)
剣を突き刺されたレンゼントが思う。
(無念、無念、無念、己のこの無力さ……)
ローゼンティアが思う。
(今の私達じゃ敵わない、だから、ね……)
シルファールが思う。
(やっぱり、あなたじゃないとダメなの、だから呼びますわ。その名を……)
クララが目に涙を溜めながら叫んだ。
「カインーーーーーーーーー!!!!!!」
「爆炎ーーーーーーっ!!!!」
ドオオオオオオオン!!!!
黒竜が吐く漆黒のブレスが、その口から出た瞬間に激しい業火によって焼き消された。空中で燃え盛る業火。それを見たクロムウェルが驚いて叫ぶ。
「な、そ、そんな馬鹿な……」
黒竜の前に現れた少年が、乗っていた邪竜の背を蹴り黒竜に向かって跳躍する。そして剣を振り上げながら大声で叫んた。
「何やってんだよおおおお!!! お前はあああ!!!!」
ドオオオオオオオン!!!
「グゴオオオオオオオ!!!!」
黒竜はそのまま爆音と共に勢いよく地面に叩き落とされた。大きな傷を負い、体が痙攣する。そしてそこに居たみんなが座り込んで言った。
「カイン、カインーー!!!」
カインはすっとクララの前に降り立つと大きな声で言った。
「ララ・ファインズ団員カイン、これより参戦します!!!!」
「うん」
クララは流れ出る涙を止めることができなかった。




