62.竜の怒り
「ぐわあああああ!!!!」
またひとり戦歴の冒険者が吹き飛ばされた。
弟を目の前で殺された風神竜は自我を忘れて暴走した。優勢に戦闘を進めていた討伐隊だったが、ここから一気に戦況が変わる。
「撃て、撃つのよ、もっと、もっとおお!!」
焦るゲルヴァは弓隊に『竜殺し』の恩恵を付与した弓を撃つように指示をする。弓隊が答える。
「撃ってます、撃ってますが、ぐわあああ!!!」
ゴオゴオと風の鎧を纏った風神竜には矢そのものが届かなかった。体に当たる前に、風に舞う落ち葉の様に四方に散る矢。力もスピードも覇気も、風神竜はそのすべてにおいてそこにいる者達を圧倒した。
「はああ、正面突き!!!!」
シリカ・ファインズのシリカが暴れる風神竜に向かって跳躍し、体の真正面から拳を叩き込んだ。
「きゃあ!!」
しかしその強烈な一撃も、風神竜の体に届く前に渦巻く風によってはじかれる。撃ち込んだ手が巻き込まれるよう、腕ごと回転させられながら宙に飛ばされる。
「シリカーーー!!!」
団員のレターナが叫び、地上に落とされたシリカの元へと走る。
「力の治療!!」
回復術も使えるレターナが急ぎ腕を曲げられたシリカを治療する。
「ぐわあああ!!!」
強烈な痛みに耐えるシリカ。治療で痛みが治ると、気合いで立ち上がって風神竜に叫ぶ。
「ま、負けぬぞ、この程度で!!!!」
そう言って大きく跳躍し、今度は風神竜の背中に向けて足を振り上げる。
「回転蹴り!!!!」
シリカは体をひねらせて反動をつけ強烈な蹴りを放つ。
ズン!!
「ぐっ、きゃあああああ!!!」
しかし拳同様、その蹴りが風神竜に届く前に風の鎧に遮られ、逆の回転をつけられて吹きとばされた。
頭から落ちるシリカにもはや立ち向かう気力は無かった。
「撃て、撃つのよ、撃って、もっと撃ってよ!!!」
ゲルヴァは一向に届かない弓隊の矢に何度も大きな声を出して言う。隊員が言う。
「も、もう弓矢が、矢がございません!!!」
「な、なによ、それ……」
切り札である『竜殺しの矢』を失った討伐隊に動揺が走る。目の前の中には大きな口を開け咆哮し暴れる風神竜。近くにいるだけでそこから発せられる風に体が飛ばされそうになる。
「ま、まだよ、まだまだよ……」
そう小さくつぶやくゲルヴァの顔は真っ青になっていた。
「はあっ!!!」
そんな動揺広がる隊の横をひとりの男が颯爽と駆けて行く。そして風神竜の前で大きく跳躍し、手にした剣を振り上げる。
「絶対斬りィィ!!!」
ズン!!!
「グゴガオオオ!!!」
ローゼン・ファインズの『女神の剣』レンゼント。
その強烈な剣撃が風神竜の風の鎧を引き裂いて初めてダメージを与えた。微かに確認できる風神竜の流血。それを見た団長のローゼンティアが言った。
「は、入ったわ、凄い!!」
ローゼンティアが喜ぶ。しかし地上に降り立ったレンゼントは全く違う思いでいた。
――な、何て重い風の鎧。肩が、腕が……
全てのものを斬り裂くと言うレンゼントの『絶対斬り』。
それは彼の持つ強靭な肉体と精神力の融合、それが交差する一瞬のタイミングを感じとり放つ剣撃。ゆえにその一方、もしくは両方が欠落した時にはその強剣を振るうことはできない。
(わ、私は負けない!!)
レンゼントは再び大地を蹴り跳躍。真下から風神竜に向かって剣を振った。
「絶対斬りィィィ!!!!」
ズン!!
「なっ!?」
レンゼントが放った絶対的な一撃。それは自我を忘れて無防備の風神竜の足に当たり、風の鎧を再度斬り裂いて攻撃した。
負傷する風神竜。剣を振り抜き体から地表に落ちるレンゼント。そこに異変を感じたローゼンティアが駆け付ける。
「レ、レンゼント!?」
ローゼンティアがその体を抱き上げると、剣を持っていた彼の右腕が青黒く染まっていた。
「こ、これ、なんなの!?」
ローゼンティアですら見たこともないダメージ。極限にまで高めた精神と力のバランスが崩れ、その負荷がその剣を持つ腕に集中した。
「ひ、姫、も、申し訳ございません……」
その青黒くなった手で持ち上げるレンゼントの剣。聖剣『レーヴァティン』と称えられるその名剣にもヒビが入っていた。ローゼンティアはレンゼントを腕に手を乗せて迷わずその言葉を口にした。
「大回復」
レンゼントの目から涙がこぼれる。
幾度の戦場を共にしたローゼンティア姫。そして何度も聞いたその言葉。しかし今日ほどその言葉の持つ癒しの力に勇気づけられたことはない。
「ありがとう、ございます……」
レンゼントは回復した体で再び立ち上がる。
「あぶなーーーーい!!!!」
ドオオオン!!
「きゃああ!!!」
立ち上がったレンゼントとローゼンティアに襲い掛かる風神竜。その攻撃を察知したローゼン・ファインズの盾役であるダンベルがその強靭な体を持って攻撃を受けた。
「く、くそっ!!」
しかしあまりの強い攻撃の前に、砂のように吹き飛ばされる三人。ローゼンティアが言う。
「後退、後退します!!!」
ローゼン・ファインズはその団長の言葉に従い後方へと移動する。
(ここまでか……)
その様子を見ていたゲルヴァの側近がそっと離れてから転移魔法で姿を消した。
そこからは一方的であった。
主力ファインズが暴れる風神竜の前に次々と敗北し、弓隊も壊滅。後はその風神竜に小枝を折られるかのように倒されていく討伐隊。
どんどん悪化する戦況を見てガタガタと震え出すゲルヴァ。倒れた冒険者が言う。
「ふ、風神竜だって、厄災級の竜族だろ。む、無理なんだよ、倒すなんて!!」
一度切れた指揮はまるで崩壊するドミノの様に陣を崩し、冒険者は堰を切った水のように逃げ始めた。指揮官が絶望した隊に、もはや勝利とは乾いた意味のない言葉となっていた。
「キサマか!!! キサマが司令官ダナ!!!!」
暴れる風神竜はゲルヴァの姿を見つけて強烈な殺意を持って言った。
「いや、いやだよ、私は、死にたくないーー!!」
そう言って一目散に逃げ出すゲルヴァ。それを見た強神竜は咆哮をしてその背後から襲い掛かる。
ドン!!
「ぎゃああ!!」
背中に強烈な一撃を受け吹き飛ばされるゲルヴァ。顔から倒れ泥と血にまみれる。
「嫌だ、嫌だ、死にたくない! 何で誰もいないのよ!! 使えない奴らばかり!! わ、私は、こんなところで、死ぬことなどないんだよお!!」
そう言って手にした石や草を風神竜に投げつける。風神竜はゲルヴァに向けて大きな口を開いた。
「なに? ゲルヴァが敗れただと、そうか……」
ゲルヴァの側近から報告を受けたクロムウェルが窓の外を見ながら言った。
「使えぬ奴だとは思っていたが、ここまで愚か者だとは。ご苦労、下がってよい」
「はっ」
ゲルヴァの討伐隊から先に戻って来た側近はそう言うとすっと身を消した。クロムウェルが言う。
クロムウェルは品のある燭台のような美しい台の上に置かれた水晶の前に立つ。そしてその水晶を手にすると躊躇いなく床に落とした。
バリ―ン!!
音を立てて粉々に砕ける水晶。クロムウェルが笑って言った。
「送ってあげるよ、援軍を。私は優しいからねえ。魔獣の森の結界を解いてやったぞ。さあ、どうする? どうする、どうするうう??」
クロムウェルはひとり大声で笑った。
ドン、ドン、ドオオオン!!
「ぐわっ!!!!」
もう何度目だろうか。
ローゼン・ファインズの盾役のダンベルがこうして風神竜の攻撃を受けるのは。回復したレンゼントもすでに全身から血を流し意識朦朧としている。ダンベルですらもう立っているのが精一杯の状態。ローゼンティアの回復力も尽きかけている。
ローゼンティアは冷静に周りの状況を眺めた。
ゲルヴァが連れてきた弓隊はもちろん、あれだけいた列強の冒険者達もすべて倒れ立っているのはローゼン・ファインズの数名だけ。彼女は最後の回復魔法をダンベルにかけながら悔いた。
(何でこんな討伐隊に参加しちゃったんだろう……、間違いだった……)
「ぐはっ!!」
「ダンベル!!!」
荒ぶる風神竜の怒りの攻撃を受けついにローゼン・ファインズの盾が倒れた。
「グゴオオオオオオオ!!!!」
「くっ……」
頼るものがなくなった『回復の女神』。
逃げることすらできない最悪の状況。目の前には大きな口を開けて風神竜が迫る。ローゼンティアはふと空を見上げて思った。
(ねえ、見てる? 未来のお嫁さんが怖がってるよ。可愛いお嫁さんが助けてと思ってるよ。……いるんでしょ、未来の旦那様。ねえ、早く来て、カイン君……)
ローゼンティアの目から一筋の涙が流れた。
「はあああああっ!!!!」
ドオオオオン!!!!
ローゼンティアが見上げる空を一筋の光が流れた。
その光は一直線に風神竜にぶつかると、大きな声を上げて風の鎧諸共暴れる竜を殴りつけた。
突然の攻撃に風神竜は体を回転させながら吹き飛ばされ近くの巨木にぶつかって落ちる。
その光は地表に降り立ち、ローゼンティアの方を向いて言った。
「ひ、姫様、怪我はないですか!!!」
安堵から全身の力が抜け両膝をつくローゼンティア。そして答える。
「ちょっとだけ遅いぞ。未来の旦那様。でもね、許して、あげるよ……」
そう言って気を失うローゼンティア。
「ティア!! しっかり!!!」
それを支えるシルファール。マリエルが急ぎ回復魔法を唱える。クララが皆に素早く指示を出す。
「マリエルは怪我人の治療、スミレと私と姫で飛んでる飛竜の相手。そして、風神竜は……」
クララは体勢を立て直して飛来してきた風神竜を見てカインに言う。
「そいつは頼んだよ、カイン!!!」
「はいっ!!」
カインは全身に気合を入れ直した。




