60.暗黒竜
「おかえりなさいませ、クロムウェル様」
暗闇広がる夜の空。そこから一頭の黒き竜が大きな翼を羽ばたかせながら王城に戻って来た。黒竜から降りたクロムウェルをゲルヴァが頭を下げて迎えた。そして黒竜の体についた大きな傷を見て言う。
「随分と酷いお怪我で、暗黒竜の方はいかがでしたか?」
クロムウェルが不満そうに答える。
「逃げられた」
「えっ?」
「逃げられたって言ったんだよ。くそっ、こちらが絶対的優位のはずなのに、何だ、あの暴走は!!」
クロムウェルは洞窟内で思わぬ暗黒竜の反撃を受け、黒竜が大きな怪我を負わされたことを思い出した。しかし同時に黒竜が負わせた怪我を思い出し笑い出す。
「くくくっ、だけど向こうは致命傷の怪我を負った。逃げて行ったが、まあすぐに死ぬだろう」
ゲルヴァもクロムウェルを見て一緒に低い声で笑った。
「ウググググッ……」
カインはハクに貰った秘薬を少しずつ怪我をした暗黒竜に飲ませる。カインは横たわる巨竜を見ながら何となく昔遊んでいた強神竜を思い出した。
しかしそれと同時に黒色だと思っていた暗黒竜が焦げ茶色であることに戸惑う。今でも忘れはしない幼き頃に聞いたあの言葉。
『た、大変だ! 真っ黒な竜が、暗黒竜がこっちに向かっている!!!』
確かに暗黒竜飛来を告げた村人はそう言った。真っ黒な竜だと。
カインは横たわる暗黒竜を見つめる。そしてそのことを思い体が身震いした。
――強神竜を殺したのは、この暗黒竜じゃない?
これがもし事実ならば幼い頃から思っていた暗黒竜への憎しみが間違いだったこととなる。そう思うと自分の体が知らず知らずのうちに震え始めた。
「グウウッ……」
横になっていた暗黒竜が声を出し、そしてその大きな目を開いた。
「め、目覚めたのかな……?」
カインがそう思って暗黒竜の顔の前に行くと、突如大きな声を上げて立ち上がった。
「グゴオオオオオオオ!!!!」
一瞬で体を包まれるような気迫。飲み込まれるような殺気。カインは後方に跳躍しようと思ったが、それより先に暗黒竜の強力な腕が振り抜かれた。
ドーン!!!
「ぐわあああ!!!」
至近距離で受けた強烈な一撃。カインは森の木まで吹き飛ばされて地面に落ちる。
「グゴオオオオオオオォォ!!!!!」
暗黒竜が空に向かって咆哮する。そして大きな翼を広げてカインを睨んだ。
(来る!!)
カインはそう感じた瞬間に横に飛んだ。
ドーーーン!!!
今カインが居た場所に暗黒竜が飛来し、大きな前足で木々を殴り倒す。
(は、速い!! いや、それよりも……)
「あ、暗黒竜!! やめてくれ!!」
しかしそんな声も届かないのか、暗黒竜はカインに方を向き再び勢い良く飛来してくる。
ドン!!
「くそっ!!」
カインはその攻撃を空中に飛び跳ねて避ける。しかしすぐに翼を広げた黒竜がカインを追って飛び上がり、真下から大きな口を開いた。
ゴオオオオオオオオ!!!!
暗黒竜の口から放たれる闇ブレス。カインは急ぎ顔の前に両腕を立てて防御する。
闇のブレスがカインを包み込む。息もできぬ状況で必死に耐えるカイン。その時カインの身体が白く光った。
「ウググググッ……!!」
白い光は体を包んでいた闇のブレスを一瞬で消し去り、その眩しさで暗黒竜が一瞬怯む。
地表に降り立ったカインは地面を思いきり蹴り、一直線に飛ぶように暗黒竜に向かって移動。
「目を、覚ませえええええ!!!!」
ドオオオオン!!!
そしてその大きな腹部に渾身の右拳を打ち込んだ。
「グゴオオオオオ!!!!!」
その一撃で暗黒竜の巨体が後ろへ飛び、大きな音を立てて倒れた。カインは直ぐに倒れた暗黒竜の体に乗って、右手を振り上げながら叫ぶ。
「起きろ、暗!!!!」
まるでカインの中の強神竜が叫んだようだった。
その声を聞いた暗黒竜の身体がぶるっと震える。同時に消えゆく怒りのオーラ。
「きょ、強さん……」
暗黒竜は仰向けに倒れたまま小さくその名を呼んで、そして涙した。
「カインーーー!!!」
しばらくして拠点を飛び出したカインを追って来たハクとマリが、ふたりを見つけ名を呼んだ。
「あ、暗ニイ!!!!!」
カインと共に座るヒト族の姿になった暗黒竜を見てハクが叫ぶ。
「暗ニイ! 暗ニイィ!!!」
マリも暗黒竜に抱き着いて喜びを表す。
「ハク、マリ。元気そうで良かった。ハクはまた悪い男に騙されていないか?」
暗黒竜は元気な二人を見て言った。
「大丈夫だよ、心配するなって!」
それを聞いて苦笑いするカイン。暗黒竜がすぐにカインに言った。
「ご無沙汰しています、強さん……」
「い、いや、ほほぼほぼ初めまして、なんですけど……」
カインが困った顔をして答える。それを無視して暗黒竜が話す。
「助けてくれて、ありがとう。強さん」
名前が違う、と思いつつもカインが尋ねる。
「ど、どうしてあんなに怪我をしていたんですか?」
暗黒竜は難しい顔をして答える。
「黒竜に、何者かに操られた黒竜にやられました」
「黒竜?」
それを聞いたマリが言う。
「黒竜って、光さんがずっと探していたはず」
そう言ってハクが考え出す。カインが言う。
「多分、黒竜が何者かに捕まって操られて、悪いことをしたんだ。強神竜も多分……」
「相手はどんな奴だったの?」
ハクが暗黒竜に尋ねる。
「若い男。身なりもしっかりとしていた。ただ彼はレアスキル『竜支配』と『竜殺し』を持っていた」
「な、なにそれ?」
暗黒竜の言葉に驚くカイン達。そしてその説明を聞いて衝撃を受けるほど驚いた。
「だから、暗ニイが怪我してるんだ。普通じゃないよね」
「ああ」
ハクの言葉に頷く暗黒竜。カインが言う。
「必ず正体を突き止めるよ。放置はできない!」
「ああ、ありがとう。強さん」
「い、いや、名前が……」
そんなカインをよそにマリが言う。
「ねえ、暗ニイ。闇は大丈夫なの?」
一同は闇に飲まれたという暗黒竜を見つめた。カインが言う。
「ああ、それだけど、さっき戦っていて感じたんだけど、僕が祓えるかもしれない」
「ええ!? ほ、本当か?」
それを聞き驚くハク。カインが言う。
「うん、光神竜のギフト貰ったからだと思うけど、闇を祓う光の力が使えるようになったみたい」
「す、凄い。光神竜のギフトを貰ったのか?」
暗黒竜が驚いて言う。
「私達もあげたよ」
そう言ってマリが笑顔で言う。
「じゃあ、やってみるよ」
カインはそう言うと暗黒竜のお腹に手を当てた。
「はっ!!!」
ドン!
カインが気合を入れると一瞬暗黒竜の身体がドンと動く。目を閉じていた暗黒竜が言う。
「お、終わったのか?」
「多分。これで大丈夫だと思う」
カインが笑顔で言う。
「ありがとう、強さん……」
目を赤くして暗黒竜が感謝した。
暗黒竜は傷の治療と万が一の暴走を考えて再びねぐらである洞窟へ帰って行った。それを見送ったマリが言う。
「またみんなで暮らせる日が来るのかな」
マリが答える。
「強ジイがいなくちゃね、やっぱり。ねえ、カイン。あんた強ジイになって一緒に暮らす?」
「あは、あはははっ、考えさせてくださいぃ……」
カインは苦笑いして応えた。
ランダルト王国の王城にある武器庫。そこにクロムウェルとゲルヴァが並べられた矢を見て笑って言った。
「ようやく準備ができたぞ、ゲルヴァ」
「はい~」
ゲルヴァが前に並べられた矢を見つめる。クロムウェルに尋ねる。
「これが竜対策になる矢なんですか?」
クロムウェルが一本の矢を手にしてゲルヴァに言う。
「ああ、そうだ。これで風神竜などと言う下等な魔物は一発だ」
「ははっ、これで退治は間違いないでしょう。くくくっ」
ふたりの下賤な笑い声が一面に響いた。




