56.帰還
「社長、手術成功おめでとうございます」
「ああ」
出張から帰った雷牙はすぐに女社長が入院している病院へ見舞に行った。雷牙はスーパーで買って来た果物の詰め合わせを机に雑に置く。それから病室に置かれている椅子に黙って腰かけた。少しの沈黙。女社長が口を開いた。
「ダンナに急に逝かれちまってよ、事務しかできなかった女が急に社長だよ」
「……」
「頑張ったんだぜ、これでも。男には絶対負けたくないってな」
「……ああ」
女社長は窓から外を見ながら続ける。
「でもさ、もうダメなんだって、体に無理させるの」
「……」
それは雷牙が最も聞きたくない言葉であり、そして最も願う言葉でもあった。女社長が雷牙の顔を見て言う。
「……継いでくんないか、うちを」
「しゃ、社長……」
女社長のその目は真剣であった。
「男なんかには負けないと思っていたけど、なんだろうね。お前に譲ると決めた瞬間、こう、肩の力が抜けてもういいかなって思えちゃったんだ」
「お、俺は……」
「大丈夫。銀行とかごちゃごちゃ騒ぐ外野の奴らには私から説明する。雷牙、お前にやって欲しい」
「お、俺なんかには……!!」
社長の顔は笑顔だった。
普段からよく笑う社長であったが、今日はまた格別に清々しい笑顔であった。
「嬉しいんだよ」
「えっ?」
「嬉しいから笑顔になれるんだよ。前にお前が教えてくれたよな。『笑う先には未来がある』って」
「あ、ああ……」
雷牙はクララに教えて貰った言葉を社長に話したことを思い出した。
「病気になって手術して、先生に仕事するなって言われた時には目の前真っ暗になってさ。でも、お前を思い出して、笑っていたらさ、見えてきたんだよ、未来が」
「社長……」
女社長は雷牙の手を握って言った。
「だから、やっておくれ。雷牙。これは私からの最後の『社長命令』だ」
雷牙が目を赤くしながら頭を下げて言った。
「謹んで……、お受けします……、俺、頑張ります……」
女社長は下を向いて涙を流す雷牙の頭を優しく撫でた。
「そうですか、炎神竜様に白神竜様、魔神竜様にまで認められましたか」
竜の住処にやって来たカイン達。住処と言っても基本的には幾つかの巨木の上に枝と藁で作られた寝床がある程度のもの。ひとつだけ大きな場所が作られており、そこに数体が集まったりできるようになっている。
カイン達は老竜達とこれまでのことを話したりして過ごした。食事は生のケモノ肉を持って来たので、シルファールが魔法で焼いてくれて食べた。
またカインは知らなかったのだが、竜の名前に『神』の文字が付くと階級がとても上がるらしい。強神竜、炎神竜、白神竜など。暗黒竜はそれよりも階級で言えば下の様だ。老竜が言う。
「白神竜様と魔神竜様とご一緒に暮らされているとは! お二方はお元気でしょうか?」
まさかメイド服を着せて菓子屋で働かせているとは言えない。
「あ、あははっ、げ、元気ですよ~。す、好きなことやっているみたいだし」
マリエルが少し引きつった顔で答えた。
少しの雑談の後、老竜が真剣な顔をして言う。
「暗黒竜様のことですが、私共にはどうしても厄災などと呼ばれる理由が分かりませぬ」
「それはどういう意味で?」
クララが尋ねる。
「ええ、確かに我を失った暗黒竜様は見境なく暴れる事でしょう。『竜耐性』を持つその体にはわしらが攻撃をすることもできず恐ろしい存在となります。ただ……」
カイン達はその話を真剣に聞く。
「ただ、暴れることなど数十年に一度ほど。ほとんどの時間を自我を押さえる為に大人しくひと目の付かぬ場所に引きこもっておられると聞きます。ヒト族の考えることは分かりませんが、暗黒竜様よりも頻繁に暴れる魔物がいるのに『厄災』と決めつけて討伐すると言うのは同じ竜族としていささか納得しかねるところです」
皆にとって意外な話であった。
暗黒竜イコール最悪の存在と決めつけていたヒト族にとっては、それは意外過ぎる話であった。
老竜の話が本当ならば大人しくしている暗黒竜にヒト族が手を出して返り討ちに遭うのは当然のことではないだろうか。カインが言う。
「じっちゃんが、強神竜が暗黒竜に殺されたんだ……」
「何と……!!」
それを聞いた老竜が驚きを持って言った。カインがすぐに続ける。
「ただ、今考えるとおかしな点もあるんだ。自我を忘れて暴れる暗黒竜なのに、じっちゃん達竜族だけが殺されていたんだ。近くにあったヒト族の街は全くの被害なしで……」
「妙ですな……」
老竜も頷きながら言う。ローゼンティアが言う。
「それでも、それでも自我を忘れて暴れる者に対しては討伐が必要なのではないかと。厄災かどうかは別として……」
「ローゼンティア様……」
カインがローゼンティアの顔を見る。シルファールが言う。
「まだ何が本当か決めつけるのは早いわ。何が本当で何が間違いなのか、これからしっかりと見定めていきましょう。ね、ティア」
「う、うん……」
皆がシルファールの言葉を聞いて思った。
何が本当なのかは分からない。老竜が嘘を言っているとは思えないが、分からないことが多すぎる。
ただ、賽は振られた。
動き出した暗黒竜討伐、世界選抜会議。
これからはもっとしっかり状況を見極めながら行動する必要がある。
「さて、そろそろ休みましょうか」
老竜の言葉で皆が就寝の準備をする。
「カイン君は私と寝るんだよね。未来の旦那様だもん」
「えっ!?」
「はっ?」
カインの前にローゼンティアがニコニコしながら立つ。
「いいい、いや、そ、そんな……」
否定をしようとしたカインより先に大きな声が響く。
「なりません!!」
「なりませぬ!!」
そこには血相を変えて立つシルファールとレンゼントの姿がある。シルファールが言う。
「カカカ、カイン様は、わ、私と、その、ご一緒する予定なので……」
顔を赤らめるシルファール。同じく顔を赤くして怒声でレンゼントが言う。
「な、なりませぬぞ! そのような破廉恥な振る舞い。こ、このレンゼントが決して許しませぬ!!」
それを聞いたローゼンティアが言う。
「はあ、レンゼントはまるでお父様のようだわ。一挙手一投足まで見張られている感じ。ファインズなんて辞めてもう修業でもしちゃおうかなあ~」
「な、何の修業ですか?」
レンゼントが驚いて尋ねる。ローゼンティアが笑顔で言う。
「花嫁修業、カイン君の。きゃは!!」
「ひ、姫~!!!」
クララ達はやれやれと言った顔でそのやり取りを見つめた。
「大回復」
翌朝、一番でローゼンティアは邪竜の子供の治療を行った。
「う、ううっ……」
心配そうに見つめる邪竜。やがて子供の顔色が良くなり邪竜に抱き着いて言った。
「父ちゃん!!!」
その声ははっきりしており誰の目にも元気いっぱいの子供であった。
「良かった、良かった……、ありがとう……」
邪竜は息子を抱きながら涙を流して礼を言った。ローゼンティアが言う。
「礼には及びません。逆に謝罪をしなければならないのは私達の方……」
クララが言う。
「忙しくなるね。これから」
「ええ」
ローゼンティアが真剣な顔で答えた。
「おお、凄い!! 高いぞ、高い!!」
ランダルト王城への帰りは邪竜達が背に乗せて送ってくれた。
試練の条件であったAランク以上の魔獣は討伐は終えているので条件はクリアしている。カイン達は邪竜に街外れまで送って貰い、そこからランダルト王城を目指し歩き出した。
「さあ、行こうか」
ランダルト王城の城門までやって来たクララが皆に言った。




