54.邪竜
「ローゼンティア姫!!!!」
「カ、カイン君ーーーっ!!!!」
カイン達が叫び声がする方へやって来ると、そこにはローゼンティアがたったひとりで凶悪な邪竜と対峙していた。ローゼン・ファインズの他の団員、そして大きなイノシシの魔物がその周りで横になって倒れている。
最強の矛と盾を有するローゼン・ファインズの半壊した光景に目を疑うシルファールであったが、それよりも先に邪竜がローゼンティアに向けて攻撃を仕掛けた。
「姫っ!!!」
カインはそう叫ぶと一直線にローゼンティアの元へと駆け出した。
(速い!!)
クララはその目にも止まらぬスピードで移動するカインを見てすぐに思った。
ドン!!!
「ぐはっ!!」
カインはローゼンティアの前から抱き着くように邪竜との間に入ると、その強烈な一撃を背中に受け姫諸共激しく飛ばされた。
「カ、カイン!!」
クララが叫ぶ。
カインはローゼンティアが怪我をしない様に自分が下敷きとなり地面に叩きつけられる。
「カ、カイン君!?」
起き上がったローゼンティアがカインの名前を呼ぶ。
「だ、大丈夫です……」
しかしカインの背中から流れる流血を見て青ざめるローゼンティア。
「か、回復魔法を……」
そう言うローゼンティアにカインは手で制して言った。
「だ、大丈夫です。こんなのかすり傷です。姫の回復は他の方に使ってください」
「えっ!?」
初めてだった。
回復を専門として幾つもの戦場を経験してきたローゼンティア。
沢山の人達を治療し、そのすべての人達から感謝の言葉を貰った。それが当たり前であった。『回復の女神』と呼ばれるまでになった自分の回復はすべての人に必要なものなんだと。だから思う。
初めてなのだ。
その回復を断る冒険者など。
「そ、そんなこと、そんなことないでしょ? カイン君も大怪我だよ……」
カインは涙目になっているローゼンティアを見つめた。
――怪我をしている
美しかった姫の服や金色の長い髪が汚れ、何が起こったか知らないが体の至る所から出血をしている。カインが言う。
「僕が片付けます。姫はみんなの所へ下がってください」
カインの言葉に驚いたローゼンティアが言う。
「な、何を言っているの? レンゼントやダンベルだって一体倒すのが精一杯だったのよ!!」
「大丈夫です」
ローゼンティアはそう笑って言うカインの顔を見て、不思議とこれ以上何も言うのをやめようと思った。
「カイン君……」
ローゼンティアは何度もカインの方を見ながらシルファール達がいる方へと向かった。カインが空を舞う邪竜に向き合う。邪竜が声を上げた。
「貴様、何者だ?」
カインは少し驚いた顔をして答える。
「こ、言葉が話せるんだね。だったら言うよ、こんな酷いことをして許さない!!」
邪竜はこれまでのヒト族とは違うカインに違和感を覚えながらも大声で言い返す。
「何が許さないだ!! 何が酷いことだ!! お前らヒト族がどの口で言う!!!」
邪竜が口を大きく開けそこから闇のブレスを吐き出す。
ゴオオオオオ!!!
「氷壁!!!」
カインは氷の壁を築き闇ブレスを防ぐ。
(こ、この氷は、まさか……、嘘だろ……?)
ドオオオン!!!
ブレスによって破壊される氷壁。邪竜はその壊れた氷壁の中を突き抜けてカインに向かって突撃する。
「爆炎!!!!」
ドオオオオオオン!!!
「ぐはっ!!」
突如目の前で起こる爆発に驚き上空へと飛び上がる邪竜。その頭の中で少しずつ混乱が広がっていた。戦う度、攻撃を受ける度感じる既視感。しかしそんな既視感もヒト族への怒りがすべてかき消した。
「カイン……」
ひとり邪竜と戦うカインを見守るクララ達。
そんな彼女達の背後にひとつの大きな影が現れた。気配に気づいたシルファールが叫ぶ。
「な、なに!? 後ろ!!」
「!!」
皆が振り返ると、そこには目の前で戦っている邪竜にそっくりな大きな老いた竜がいた。マリエルが叫ぶ。
「こ、こんな所にも竜がああああ!!!」
すぐに戦闘態勢に入るクララ達。
しかしその現れた老竜は目の前にいるクララ達に一向に興味を示さずに、一心不乱にカインと邪竜の戦いを見つめている。
「……何か、様子が変だよね?」
それに気付いたクララが小さくつぶやく。そしてその老竜の目が少し潤んでいることに気が付いた。老竜が言う。
「お前達はあの少年の供の者か?」
「へっ? と、供?」
「はあああ!!!」
ガンガンガン!!!!
一方、邪竜と戦うカインもその微かな異変に気付いていた。
――強い怒りは感じるけど、邪心がない……
剣を振るう度に感じる強烈な怒り。
しかしそこに悪意はなかった。悪意と言うよりもむしろ悲しみの感情のようなものが伝わって来る。しかし怒りに支配された邪竜が叫ぶ。
「これで終わりにするぞ!!!!」
そう言って思いきり上空まで舞い上がる。そして地表にいるカインめがけて急降下して来た。
「これで滅びよおお!! ヒト族があああ!!!」
それと同時にクララ達の後ろにいた老竜が前に飛び出して叫んだ。
「やめよ!!! やめるんじゃ、その方は!!!!!」
ドオオオオン!!!!!
急降下する邪竜に対して、跳躍して迎え撃ったカイン。
剣を振ったカインの強烈な一撃で真横に吹き飛ばされた邪竜は、巨木にぶつかりそのまま地表へ落ちた。
「ふうっ……」
地面に降り立ったカインが大きく息をつく。そこで初めてもう一体老いた邪竜がいることに気付いた。しかし全くと言っていい程邪気がない。カインは持っていた剣を鞘に納めた。ローゼンティアが思う。
(カ、カイン君……、こんなに強かったんだ。竜のギフトってもしかしたら本当のことなの……?)
ローゼンティアはレンゼントの攻撃すら通じなかった邪竜相手に、たったひとりで無双するカインを見て心底驚いた。そして同時に普段のおどおどするカインとのギャップに不思議と心揺さぶられた。
(何だか分からないけど、可愛いぃ! カイン君!!)
「ギュワアアアアアアア!!!!」
邪竜が咆哮する。体勢を立て直して翼を広げ、爪を立てながらカインに向かって突入して来た。しかしカインは一向に剣を抜こうとしない。
「やめぬか!!!!!」
その時カインの前まで来ていた老竜が邪竜に向かって一喝する。
「!?」
邪竜が飛行をやめ、地表に降りる。そして老竜に言う。
「な、何を言ってるんだ、ジジイ!! そいつらは憎きヒト族だぞ!!!」
老竜が言い返す。
「まだ分からぬか、愚か者めが!! この方は……」
そう言って老竜はカインの前に来て大きな頭を下げて言う。
「強神竜様、じゃぞ……」
「えっ!?」
邪竜の体から一瞬でその張りつめていた力が抜けていった。
「こいつが、強神竜様だと……?」
老竜が言う。
「ああ、姿かたちは違うが、強神竜様のギフトを受け継ぐお方。認められたお方じゃ」
「あ、ああ……、そ、そんな、俺……」
邪竜の中で感じていたカインに対するあるはずのない既視感。それがすべて理解できた。
――同じ竜族。しかも最高峰のに君臨する竜だったとは……
「ご、ご無礼致しました!!!!」
邪竜もカインの前に来て老竜と一緒に頭を下げる。老竜が言う。
「強神竜様。愚息の愚行、何卒お許しくださいませ……」
二体の巨大な竜がその大きな頭を地面に擦り付けてカインに謝罪した。カインが驚く。
(え、え、えええ、えええええ!? りゅ、竜が頭を下げて、じ、じっちゃんって、本当に一体、えええっ? な、何がどうなって??)
カインは突然の展開に脳の処理速度が追い付かなくなっていた。頭を下げる竜にどうしていいのか分からない。そして脳が混乱していたのは助けられたそのお姫様も同じであった。
「竜が、竜が、カイン君に頭を下げて……、あ、あれ~????」
先程まで自分を殺そうとしていた邪竜が頭を下げる光景を見て、ローゼンティアはカイン以上に頭が混乱していた。




