19.暴走
「カ、カイン様、ご無事で何より……」
暴走したイフリートの火球を避けたカインとマリエル。それを観客席で見ていたシルファールが安堵の息をついて言った。立ち上がり続けて叫ぶ。
「い、今、参ります! カイン様、お近くで、私もお近くで戦います!!!」
シルファールはそう言うと王族席を飛び出しそして闘技場へと走った。
一方観客はイフリートの暴走で大混乱に陥る。
灼熱の火球が無差別で放たれ飛び交い、その中を皆が我先に出口へと走る。気概のある冒険者は火球から観客を守り、身を挺して避難口へと誘導する。しかし当然ながら恐怖で動けなくなる者も多くいた。
ドン、ドオオン!!!
イフリートから繰り出される数多の火球。カインはわざと目立つように挑発し、火球を自分に向けて撃たせる。
(意外と速いな。避けることは簡単だが、避けた火球が観客に当たるかもしれん)
カインは火球を避けながら二次被害が広がることを考えた。
「グワウオウウアオオオオ!!!!」
突然イフリートが大きな声で叫ぶ。そして両手を上に挙げ、これまでとは打って変わって超特大の火球をその頭上に形成し始めた。それに気付いた観客席から悲鳴に似た叫び声が上がる。
闘技場へと降りて来たシルファールもその異変に気付き、すぐに氷結魔法の詠唱を始めた。
(こりゃまずいな。避けたら確実に犠牲が出る)
カインは立ち止まって腰をかがめ、そして剣を下段に構えた。
「ゴオオオゴオグアアア!!!」
イフリートは奇声を上げると巨大化した火球をカインに投げつけた。それを見たカインが剣を下から上へと力強く振り上げる。
「強風漸!!!」
カインが剣を振り上げるとそこから大きな竜巻が発生した。竜巻はイフリートの放った巨大火球に巻き付き、そのままぐんぐんと上へと押し上げる。そして空高く舞い上がった後、まるで卵を飲み込む蛇のようにその火球を包み込み消滅させた。
カインはその火球が消えるのと同時に、イフリートの眼前に現れ剣を振り上げる。
「はあっ!!」
強烈な袈裟斬りでイフリートを叩き斬る。
「グガアアアアア!!!!」
その直後にシルファールの氷結魔法が、轟音と共に爆発のようにイフリートに起こる。会場が悲鳴包まれる中、カインに斬られたイフリートはシルファールの氷結魔法に巻き込まれて霧となり、そして召喚卵へと戻っていった。
消えたイフリートを確認したシルファールがカインの元へと走り寄る。
「カ、カイン様あぁ!!」
顔を赤くしたシルファールがカインに抱き着いて言う。カインが尋ねる。
「お前か、この氷の魔法?」
「は、はい……、カイン様のお役に立ちたいと思いまして……」
カインはシルファールの頭を撫でて言った。
「まずまずだ。あとあの女の治療をしてくれ」
シルファールは余計なことをして叱られるのではないかと思って内心どきどきしていたが、初めてカインに褒められ嬉しさで気絶しそうになった。それは彼女にとって愛の告白に聞こえるほどの言葉であり、もうそれだけで昇天しそうだった。
それでもその昇天を我慢してカインに指示されたマリエルの治療へと向かう。
残った観客からはイフリート討伐成功に大きな歓声が上がった。生き残った喜びを分かち合う人々。そしてシルファールを称える声が一面に響いた。
「シルファール、シルファール!! シルファール、万歳!!!!」
ほとんどの観客はイフリート討伐を行ったのはシルファールの氷結魔法だと思った。誰も見えなかったのだ。カインの動き、そして繰り出された速すぎる剣撃。一般人にとても見えるものではなかったのだ。
ただ一部の力ある者には見えていた。そのひとり、腰を抜かしたて座り込んでいるイメルダが言う。
「な、なに、あの凄まじい剣。私、あ、あんなのと戦っていたの……?」
イメルダには辛うじて見えたカインの剣。しかしそれだけで十分過ぎるほどの衝撃を彼女に与えた。
そしてもうひとりその剣撃を見た男が言う。
「ちっ、イメルダのクズめ。し、しくじりおって」
イフリートの迫力に恐怖し、全く動けなかったヴェルナが観客席に座りながらひとりつぶやいた。
闘技場でひとり立つカインが周りを見て思う。
(団長の嬢ちゃんがいねえな。……それから今日は試合だったんだよな)
カインは治療をするシルファールの元に歩いて行き声を掛ける。
「おい」
「ふぁい!?」
突然後ろから痺れるような声を掛けられたシルファールが驚き返事をする。顔を赤らめてカインを見上げる。カインが言う。
「あいつが対戦相手だろ。じゃあ俺の勝ちでいいんだな?」
カインは闘技場の外で座り込むイメルダを指差して言う。それを確認したシルファールは立ち上がってカインの手を取り、それを上に挙げて言った。
「勝者、大将カイン、……さま!!!!」
残った観客から大きな歓声が上がる。
意識を取り戻したマリエルも涙を流してその勝利を喜ぶ。シルファールはその歓声を背に、どさくさに紛れてカインに寄り添いまるで魔王から助け出されたお姫様な顔になってカインを見上げた。その時急にカインを襲う眩暈。
カインが目を開けると、そこには甘い顔をして自分を見つめるシルファール姫がいた。
「カイン様……」
シルファールはカインの首に腕を回し眼を閉じる。しかしカインは突然の出来事に頭は真っ白、顔は真っ赤になって叫ぶ。
「ひひひひひひ、姫様あああ!!?? ぎょえええ!!! ぎゅふふぁああぁ!!!」
カインは光の速さでシルファールから離れると、そのまま叫びながら走り出す。
(なななな、なんで姫様が!? な、何であんなに色っぽい顔してえ、えっ、ええーーーーっ!?)
「カイン様……」
「ひっ、ひええええええぇ!!!!」
「えっ? ああぁ、カ、カイン様あああ!!!」
カインはシルファールが呼ぶもそのまま叫びながら走り去っていった。
シルファールはカインに寄り添い興奮していたが、いざひとになると自分の行動を思い出し恥ずかしさのあまり顔を赤らめる。そして体から力が抜けていく。
「ああ、カイン様……」
そしてへなへなと座り込むと両手で真っ赤になった頬を押さえた。
「……さま、……ル様、シルファール様!!!」
何度も声を掛けられて、ようやくシルファールは自分が呼ばれていることに気付いた。
「な、なぁにぃぃ?」
まだ夢心地でいたシルファールが返事をする。兵はシルファールの片前で膝をついて報告する。
「国境に炎神竜が出現、交戦した警備隊に怪我人が多数出ているとのことです!!!」
それは夢を見ていたシルファールにとって、その夢の終わりを告げるには十分過ぎる程の報告であった。




