ショート 満たされぬ声
母船からの指示を受けて前方に散らばる岩を砕く。航行の邪魔になる大きさのものに破砕用のエネルギー波を収束させる。
こんなことの繰り返しがなにかを麻痺させていくような感覚を蓄積させる。定期検診が近いから、その時に何らかの異常が見つかるかも知れない。考えながらも手元の操作盤をタップしていく。
生き物など住めるはずもない鉱石の塊が、飛び散りながらポッドへとぶつかる。軽い金属音がやむと、他の目標が無いかをソナーを使いながら探す。レコーダーが破砕の直前に信号を拾っていたようなので、つい再生してしまった。
連盟の用いる信号ではない。短と長の周波数が再生されて、砕け散る際のノイズによりかき消される。もしやと思っていたが、情報を発信出来る程度の文明があったのかもしれない。この職務についた時に「考えずに任務だけを遂行すること」という条項に少しだけ引っかかりを感じたが、これの事だっただろうか。
高額な報酬と引き換えに単純作業を任されたのが始まりだった。彼らの母星は無計画な開発を進めて資源が枯渇しつつあり、他の銀河系から資源を略奪しつつ定期便に載せ、送っている。食いつぶしながらも維持しなければならない、一つの生き物としての正しい姿なのかもしれないが、金さえ貰えればどうでも良かった。
次の破砕目標が見つかるまで、録音された信号を繰り返し再生する。
何を伝えようとしていたのかなんて、発信者に聞けない。恐らく先程の衝撃波で粉々になっただろうし、その決定を下したものがするべき質問ではない。悲鳴なのか怒号なのか、恨みの声だったのかもしれない。解放されることへの喜びでないことは間違いない。
ループする信号。ふと、違和感を感じる。回路上を走る青白いスパークのような痺れ。ループのはずが聴く度に深みを増していく。操作盤からポッドの方向指示を切り替え、母船へと船体を向けた。
「なんでこんな事してるんでしょうか」
呟きながらも破砕用デコンストラクターを充填させる。充填率が8割を超えたところで母船から一筋の光が照射される。
熱を感じる前にポッド全体が姿を失くして、私も粉々になったようだ。
「指揮命令担当官へ報告。航行時に使用するポッドが一つ壊れた。新しいのを急ぎで一式送ってくれ」
俺は無線へと怒鳴りつけた。あんな不良品のアンドロイドを搭載しやがって、なんのつもりだ。
本隊からここまで貨物を飛ばすのに1日はかかるはずだが、他のポッドで全てを除去出来るかどうかも怪しい。
クルーへと配置換えを通達しつつ、最後に受信したメッセージを再生する。聞く必要は無かったが、何を言っていたのかが気になった。
「なんでこんな事をしてるんでしょうか」
短い合成音声が頭の中で反響する。なんで、だと? 金で雇われたのだから着実にこなせばいいだけだろう。そうすれば、何も考えずに報酬を受け取れる。簡単な話じゃないか。
しかし、ただの合成音声のはずなのに、なぜこんなにも悲しく聞こえるんだ。いや、悲しいのか?
喜怒哀楽のどれかには当てはまりそうだが、悲しさではないだろう。これは……。
「担当管へ再び繋いでくれ。俺たちは何のために資源を送ってるんだ?」
マイクをオンにして、相手が出ようと出まいと、関係なしに質問した。これを聞いているやつらも疑問に思ったかもしれない。
この声を聞いてから、何か満たされない感覚のようなものが生まれた。ありえない話だろうとドクターから言われるに違いない。
アンドロイドがそんな感情を抱くはずは無いと。
本隊からのレーザー光が到達したのは、データベース上で"不満"の意味を調べた直後だった。