8.少女と体育祭にむけて
かなり久しぶりの更新です。
......申し訳ございませんでした......!
主人公に視点が戻って再開です。
「それでは、これから、体育祭の種目決めをしまーす!」
「「「いえーい!」」」
週初めの六限目、LHRの時間。
今日は、五月の最後の日曜にある、体育祭の種目決めだ。
それだけなのに、ハイテンションだな、我がクラスメイトよ。
「ねえ、ミサは、何出るんだっけ?」
「うん、あたしは、走る系の競技かなって......、あれ?」
あたしのクラスの男女比は、大体半々。
席順は出席番号、男女関係なくばらばら。
あたしのすぐ後ろの席にはナツがいるけど、この声の主は、離れた席のはずだ。
「有川さん、どうしてここにいるか伺っても?」
「え? ここの娘、前にいるじゃん」
つまり、かえでは、現在、前で司会をしている体育委員から席を奪ったらしい。
一体いつの間に。
「自由だ......」
「ほんと、猫みたいだよな、有川って」
あたしとナツは、そう言って頷きあった。
「で、ナツは、どれだっけ?」
「オレはハードル走だよ。
やっぱ、優勝狙うなら、足速いやつが走る競技にでないとな」
そう、あたしたちは足は速い方なのだ。
ちなみに、この学校は、各学年大体四十人クラスが四つある、普通科高校だ。
体育祭の際は、縦割りで四つのブロックに分かれて戦うことになる。また、学年ごとの優勝争いもあるし、ブロックごとに行われる応援合戦という名のダンス部門もある。
優勝したからといっても、何か貰えるとすればトロフィーくらいだが、皆やるからにはトロフィーを貰えるよう励むので、かなり毎年白熱した闘いが観られる。
「そういえば去年、『お前に勝ったら言いたいことがある!』って言ってた先輩がいたね」
「うんうん」
あたしは「200m走の人~」と言う声に対して挙手しつつ、かえでに向かって相づちを打つ。
あ、制限人数行かなかったな、あたしはこれで決まりっと。
「ああ、あれな。
あの流れで告るとは思わなかったな」
そう、まさかの公開告白。
元々相思相愛だったようで、中庭でいちゃいちゃしている姿はちょっとした名物だ。
ちなみに、去年のMVPはそのお二人だったりする。
「あれはすごかったなぁ」
目をうるうるさせて回想するかえで。
あたしの後ろでは、ナツが無事にハードル走への出場を決めていた。
「で、かえでは何に......」
「綱引きの人~」
「あ、はいは~い」
あたしたちと比べてちょっと足が速いとは言えない――失礼――かえでは、どうやら走らなくていい、そして定員が多い競技が第一志望のようだ。
まあ、あたしたち三人はすんなりと決まったが、全員がそうではない。むしろこれからだ。
二巡目が始まり、残り少ない枠を取り合う生徒には目もくれず、かえでが言う。
「ねえねえ、今年の『生徒会枠』、何するか聞いた?」
生徒会枠とは、生徒会が体育祭のお昼休みの直後に行う、ちょっとしたイベントだ。
行う内容は毎年変わり、出場選手は学年ごとに決めた人数分をくじで当日に決めて発表する、わが校の伝統でもある。
「いや、知らねえな」
「あたしも」
「ふっふっふっ。では、教えて進ぜよう。
今年は、なんと、『借り物競争』ですっ」
どこから情報を仕入れてくるの?
「なるほど。
......、花丘、やらかすなよ」
「なんであたしに」
「去年やらかしてただろうが」
それ言われると、否定のしようがないね。
ちなみに、去年は『鬼ごっこ』だった。
一~三年ごちゃ混ぜVS.生徒会で、前者が逃げる方である。逃げる方の腰には左右にタグが付けられており、五分の制限時間、場所はトラックの中のみだった。そして、二本とも取られなければ食堂の食券十日分、一本が残れば五日分、全て取られてしまっても一日分貰えた。ちなみに食券が貰えるのは、生徒会からの参加賞&迷惑料である。
「それなのに、ミサ、十五日分貰ったんだよね」
「うん......」
何故か。
それは、少々複雑なアクシデントの積み重ねのせいだったりする。
あのとき、あと残り時間一分のタイミングで、あたしだけがタグを二本持っていて、当然のことながら集中攻撃された。結構ギリギリまで追い詰められたのだが、あたしを捕まえようとした子が、こけたのだ。その時、たまたま彼のハチマキが取れてしまい、あたしは反射的にそれを盗って逃げ切ったのだった。
その行為が『鬼狩り』認定され、十五日分を貰うに至った。
どこかのマンガの週刊誌の登場人物じゃああるまいし。
「あれは、事故っていうか、なんか魔が差したっていうか......」
「それ、ヤバいやつのセリフだぞ」
「うっ、でも、あたし去年選ばれたんだし、今年は選ばれないでしょう」
「「それはない」」
「なんで?!」
「なんとなくそういう予感がするから?」
「お願いフラグ立てないで」
ユキさんの二の舞にはなりたくないんだよ。
「花丘はそういうの引き寄せるからな」
「ひどくない?!」
「「「「「ひどくない」」」」」
見ると、クラスメイトたちが全員頷いていた。
これぞ四面楚歌。
あたしは力なく机に突っ伏したのだった。
* * *
「最近、ミサ疲れてるね。
何かあった?」
塔に着くなり、あたしは心配そうな顔をしたウィリーにこう訊かれた。
「んん、体育祭の準備が忙しくって......」
あたしは、カバンを玄関に放置して、ぐっと背伸びをした。
あれから、また少し時が流れて、今日から放課後の練習が本格的に解禁されたのだ。
まあ、最近も体育の時間、かなりしごかれてたから、ウィリーは『最近』って言ったんだろうけど。
おおまかなスケジュールとしては、今日からは学年別の自由練習で、本番一週間前になるとほぼ強制、前日は予行という名の前日祭、といった感じだ。
あたしたち、二年生が中心となるので、体育祭の運営に関わる同学年生たちは、かなり熱が入っている。
つまりは、クラブにも塾にも入っていない、あたしのような二年生はがっつりそれに巻き込まれるということだ。
不満はないけどね、うん。
「『体育祭』って何?」
「学校でする、スポーツの祭典だよ」
「お祭り! いいなぁ......」
目をキラキラさせるウィリー。
なら、「見に来る?」と招待してあげたいが、いくら外部からの観覧が可能でも、ここから出ることが出来ないであろうウィリーが見に来ることは、現実的に不可能だろう。
「ウィリーはお祭り、好きなの?」
「うん! だけど、ボクはルーの精霊だから」
「ユキさんと行かなかったの?」
「行けなかったんだよ、ルーは」
あたしは、切なげなウィリーの顔を見て、後悔した。
訊くべきじゃあ、なかったな......。
ウィリーを大切にしているユキさんが、ウィリーのお願いを却下するとは余り思えない。
ということは、行けない、かなりの理由があったということだろう。
あたりに重い沈黙が降りた。
しかし、すぐにウィリーが目を見開いてぱっと顔を上げた。
と同時に、あたしたちの目の前に、赤い髪と瞳を持った、ウィリーと同じ年頃の少年がぱっと現れた。
「ぎゃあ!」
あたしは、思わずびっくりして、派手な悲鳴をあげた。
「うるせーよ、人間が」
「だったら、急に人前に現れんな!」
なんだこいつ。
たぶん、精霊なんだろうけど、ガラ悪すぎないか?
「二人とも、ケンカはやめて。
ミサ、彼は、この塔に住んでいる、火の精霊だよ」
睨み合うあたしたちの間に入り、ウィリーが補足してくれた。
ウィリーは、火の精霊に向き合う。
「ねえ、なにか、起こったんじゃあないの?」
「ああ。
今、正規のルートを辿って、こっちに来る未登録者が一名いる。
そいつの様子が、変なんだ。
だから......」
と、そこで区切ってちらっとあたしたちを見る。
「ついて来て欲しいの?」
「うっ、あ、ああ......」
あたしが確かめると、すごく嫌そうな顔で肯定された。
そんな顔しなくても......。
「なんで、ボクたちが一緒に行かないといけないの?
他の塔付きは?」
「今、忙しいんだってよ......」
「じゃあ、まさか、一人は寂しいから......」
何気に全力で煽ってるな、ウィリーさん。
あたしは、とりあえず「ウィリー、どうどう」と宥める。
それを聞いた火の精霊君は、顔を真っ赤にして、吠えた。
「つっ、ああ! そうだよ!」
一転、心配そうな顔であたしを見上げるウィリーと彼を見て、あたしはにっこりと笑った。
「ねえ、行こうか、楽しそうだし!」
「え~」
ウィリーはダメと言いたそうだが、同じくらい同僚からの頼みを断りにくい、と思ったらしい。
結局、あたしたちは、ヤバそうだとなったらあたしは真っ先に退避する、という約束で偵察に行くことになった。
このとき、あたしたちには、“ユキさんに相談する”ということが選択肢になかった。
そして、その選択肢を選ばなかったことを、後悔することになる。
三人で森の小道に入り、進んでいく。
地味に、あたし、ここ行ったことないんだよね。
ちょっとわくわくしてきた。
それどころじゃあないっていうのは、分かってるけど。
「ねえ、あんたのこと、なんて呼べばいい?」
僅かな間でも、呼び名がないとやりずらい。
小さな声で、赤い精霊に尋ねた。
「......、別に。好きに呼べば」
その言葉に、ウィリーはすこし驚いたような反応を見せた。
......どうしてだろう?
しかしあたしは深く考えることはせず、彼に向かってこう言った。
「じゃあ、遠慮なく......、“プロクス”」
この間、ふと目にした言葉だが、結構いいのではないだろうか。
あたしがそういうと、目を見開いて二人ともがあたしを凝視した。
「なんか、不味いこと言った......?」
「いや......、気にすんな。
それよりも、来るぞ」
そう、プロクスが言って、前を見るよう促した。
前からは、そう......。
あれは、大きな......。
「クマ?」
「熊?」
「うん、二人とも、気持ちは分かるけど、どんだけくまに見えても、一応、人間だから......」
「だれが“くま”だ!」
そう、熊のような図体を持つ、成人男性......。
身長も高いし、マッチョ! って感じがする。
つまり、力比べになったら100%負ける。
「もうっ、あいつ、なんで、ここに......。
全力で走って戻れ、二人とも!」
ボクは足止めをする、と言ってウィリーはあたしたちに退避を促した。
知り合いっぽいのに......。
知り合いだからか。
「行くぞ」
「うんっ」
あたしたちは走り出したが、すぐに、あたしがコケた。
それも、勢いよく。
ずしゃあ、と派手な音を立てて、うつぶせになる。
「っつ、たぁ......!」
「ちっ、ミサ!」
「ミサ!」
慌てて数歩先を行っていたプロクスが戻ってくる。
それに気づいたウィリーもこちらへ来る。
二人の視線の先を見ると、あたしの足には蔦のようなものが巻き付いてあり、これのせいであたしはこけたらしい、と悟った。
ウィリーが初めて見る、酷く怒った顔をして、蔦を引きちぎった。
しかしあたしは、強かに体を打ったせいで、すぐに立つことが出来ない。
「いたあ......」
「ごめん......、おれのせいだ......」
あたしの傍にしゃがみ込み、プロクスが思いつめた表情で、擦りむき出血した傷口を眺めた。
「ううん......、プロクスは悪くないよ」
あたしはとっさに笑って見せた。
制服もひどい状況で何よりも痛いし、これでは体育祭は万全の体調で臨めなさそうだが......。
「おい、訊きたいことがある。
これ以上痛い思いをしたくなければ素直に......」
そう言いつつ、ゆっくりと近づいてくる熊を見て、思わずあたし口からは「ひっ......」と、小さな声が漏れた。
怖い。
ああ、今のあたしには、死は救いなんかじゃあない。恐怖の対象だ。
あたしは、やっぱり死にたくない......!
だけど、どうすることもできない。
本でしか知らない世界。ウィリーたちがいたとしても、勝手に動くべきではなかった......。
後悔しても遅いけれど。
そう思いつつ、ぎゅっと目を瞑ったその時。
「立ち去れ」
怒気を孕んだ声が、あたりに響いた。
「「ルー!」」
あたしがそろそろと目を開けると、見慣れた背中が、飛び込んできた。
ユキさん。
助けに来てくれたんだ。
あたしの目が、涙で潤む。
「ルー......」
「貴方と話すことは一切ありません。
即刻、余計なことを言う前に、立ち去ってください」
やはり知り合いだったのだろう。
熊の呼びかけに、ユキさんは揺らぎを見せることなく追い出そうとしている。
確かにあの熊は怖い。
だけど、一切話し合いせずに、帰しちゃってもいいのかな?
一番は。
『ユキさん、あの熊とは、どういう関係なの?
ひょっとして、前に言ってた“友人”は、あの熊なの?』
こうして考えると、あたしは、ユキさんについて全くと言っていいほど知らない。
不安になって、あたしはユキさんを見上げた。
ユキさんが、ゆっくりと振り返る。
「無事ですか......、なっ」
あたしの様子を見て、ユキさんが絶句した。
しゃがみ込み、じっと膝に出来た傷を診る。
「なんて......、酷い......」
「ルー。
あいつが、ミサを転ばせたんだ」
ウィリーがユキさんに言う。
それを聞くや否や、すうっと周りの空気が冷えた。
うわあ、激おこだ、あれ......。
思わず腕をさす......、ろうとして、手のひらにも傷があるのを思い出してやめた。
血のシミって、取れにくいんだよ。
「どういうことです?」
「それは......」
口ごもり、俯く熊。
悪いことをした、という自覚はあるらしい。
「立ち去ってください」
冷たく凍った声が、熊に刺さった。
それをもろに受けた熊の体が、揺れた。
「分かった。
......、だけど、また来る」
そう捨て台詞のような言葉をかえし、熊は人里と思しき場所へと降りて行った。
「あ、ありがとうございます」
「いえ、それよりも、助けが遅くなり、申し訳ございません。
他に、怪我をしているところはありませんか?」
「えっとー」
「ルー、手のひらも。
あと、足首を蔦で絡まされて転ばされたから、そこも」
「ちょ、ウィリー」
慌ててウィリーを止めようとして、あたしは手を伸ばす。
その手を、がっちりとユキさんに掴まれて、逆効果だと分かった。
「えっと、あのう......」
手を掴まれてると、なんか、恥ずいのですが......。
「治癒しますので、じっとしていてください」
そう言ったユキさんは、小さく何かを呟いた。
すると、どこからともなく泡が現れて傷口を覆い、次に黄色い光がその上を覆った。
光がなくなると、傷口はすっかりなくなっていた。
地味に、魔法見るの初めてだったり。
すごい、ユキさんが“魔術師”っていうのは知ってたけど、実際に魔術師してるの見るの初めてだ。
「すごい、ありがとうございます!」
「いえ、他に痛いところはないですか?」
「はいっ、この通り......、おわぁっ」
そう言ってあたしは勢いよく立ち上がったが、勢い良すぎたのかよろけてしまった。
ユキさんが難なく支えてくれる。
「すみません......」
「大丈夫です。
さあ、行きましょうか」
と言って、当然のようにユキさんはあたしを抱え上げた。
俗にいう、“お姫様抱っこ”というやつである。
「ぎゃああ、自分で歩けますっ!
だから、降ろしてぇ!」
「またこけられるのは、嫌ですので。
それに、こうでもしないと、貴女、学ばないでしょう?」
そう言って、ユキさんはあたしたち三人を見回した。
「あなた方三人とも、帰ったらお話があります」
「「「はぁい......」」」
その後、あたしたちはみっちりと叱られたのは、言うまでもない。
あたしちなみに、お姫様抱っこ、初めてだったんだけどな。
ムードも何もなかったから、ノーカウントでいいですか?
ちょっとドキドキしたのは、したけど......、あれ、どっちかというと、罰ゲームだよ......。
でも、制服きれいきれいしてくれたのは、まじ助かりました、ありがとう、ユキさん。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
更新が空いたほぼ一年の間、筆者のプライベートではいろんなことがありました。友人に身バレしそうになったり、パソコン君がまたもやぶっ壊れて新しいパソコン君をお迎えしたり、勉強を兼ねて始めたゲームのモンスターが怖すぎて悲鳴をあげたり......。
この作品と世界観を共有する作品(場所はちょっと違う)を投稿したりもしました。
......ここまで空けるつもりはなかったので、かなり申し訳なく思ってるんです......はい......。
今後は、定期的に投稿できるようしていきたいと思っています。
それでは、紺海碧でした。次回は、体育祭に突入、できるのか......?!