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2.少女と世界の不思議

 月曜日。

 あたしは、久しぶりに感じる自分のホームルームのドアの前に立っていた。

 あの『事件』があったのは、水曜日だ。

 木曜日と金曜日、そして休日は、事情聴取だったり、家に閉じ込められたりで、外出出来なかった。

 ああ、入りづらい……。

 もう、帰ってしまおうか。

 あたしの『失踪』のこと、うわさになっているだろうし。

 あたしの友人はクラスメイトでもあるが、この時間には来ていないから、よけい尻込みをしてしまう。

 弱気が頭をもたげる。

 あれからあたしは、行方不明になっていた時のことを覚えていないと周りに対して証言した。

 言わない方が良いと判断したからなんだけど。

 というか、言ったところで信じてくれるわけがない。

 ただ、友人には何故か嘘だとバレてしまい、ごまかすのにすごく苦労した。

 あたしのごまかしを、結局は何も言わずに受け入れてくれたので、本当に頭が上がらない。

 さて、うじうじしていてもしかたがない。

 あたしはぎゅっと弱気をねじ伏せた。


 「はぁ......、行きますか」


 あたしは、思い切ってドアを開けた。

 シーンと一瞬だけ教室が静まり返った。

 あたしは、そんな空気を無視して自席に座った。

 大変気まずい、こっち見るな。

 そう思いつつ、あたしは鞄から、必要なものを取り出していく。


 「よく、来れたよね。

  もっと休めばよかったのに」


 「来なきゃいいのに」


 ズキン、と胸が痛んだ。

クラスメイトの無責任な声を無視して、あたしは最後に一冊の本を取り出した。

 ちょっとレトロな装丁のその本は、ユキさんの本だ。

 一応、この四日間で何回も目を通した。

 何てことのないファンタジー小説にも思えるそれだが、たぶん、それだけじゃああんなメモを挟んだりしない。

 そしてあたしは、一つの結論を導き出していた。

 この本の、そして『覚悟』の意味。

 今日の放課後、答え合わせに、いくつもりだ。


   *   *   *


 放課後。

 あたしは、再びあの公園にやって来ていた。

 この公園、立地は今まで行ったことのない、学校の裏手の住宅街の中にひっそりとある。

 そりゃあ、見覚えがないはずだわ。

 というか、よく気づいたものだ。

 遊歩道を歩き、大樹の周りを『順路』に従って歩く。

 立ちくらみの感覚。

 こうしてあたしは、ユキさんの塔の前に立っていた。

 塔に歩み寄り、階段を上って玄関の前に立つ。


 「......あ」


 そうだ、インターホン無いのに、どうやって呼び出そうか?

 すう、とあたしは大きく息を吸う。

そして、シャウトした。


 「ユーーキーーさあぁぁぁんんん!」


 ちなみに、ここでの正答は『ノッカーをノックして、ほどほどの声で叫ぶ』でした。

 あのドアについてた輪っか、ノッカーだったんだ。

 ユキさんに物凄い笑顔でにらまれて、作法をみっちりと教え込まれたのは、言うまでもない。

 そうして、あたしはこの間の食堂に通された。


 「ユキさん、この本、読みました」


 あたしは、テーブルに向かい合って座る彼女に、本を差し出した。


 「そう」


 ユキさんは、あたしをじっと見た。

 あたしは、思わずこくりと唾を呑み込んだ。

 同性ながら、ユキさんは、とても綺麗なひとだ。

 そんな彼女に凄まれたら、正直怖い。

 だけど、言わなくちゃ。


 「この本に、書いてあったこと、全部本当なんですよね?」


 この本に書いてあったこと。

 この世界の、成り立ちのことだ。

 あの本によると、この世界は大まかに分けて三つ、科学が支配する『科学界』、魔法が支配する『魔法界』、そして二つの世界の住人が死後に行く『霊界』がある。

 この三つの世界の行き来を管理するのが、『砦』と呼ばれる場所だ。

 科学界と魔法界は行き来が可能で、だからこそ、特別な許可を『砦』で貰わない限り、無断往来は罰せられる。

 お互いの世界と住人を守るためと、科学界では、このことが知られていないからでもある。

 そう、ここは、天然の二つの世界を繋ぐ通り道のせいでやって来た……、魔法の世界だ。


 「……、なんで……」


 「そうでないと、説明のつかないことが、いっぱいあったから、です」


 あたしだって、最初から信じたわけじゃあない。

 何度も、何度も考えた。


 「最近読んだ本に、こんな言葉がありました。

  ――ありえなかった仮説を消し去っていって、最後に残ったものは、どれだけありそうもなくても真実だ」


 この言葉がきっかけで、こう考えた。

 公園では、町では、ないはずの塔。

 ここの森でも、いくら見渡しても遊具やベンチがない。

 そして、ユキさんの恰好。


 「別世界と、考えるのが、自然です」


 「悪い大人が、騙していると、思わなかったのですか?

  私は......」


 「思わないよ」


 それをやるなら、もっとほかの手段があったはずだ。

 そもそも、あたしの身柄や命が目的ならば、あの時帰すはずがない。


 「ですが……」


 ユキさんは、少し考え込んだあと、そっとイスから立ち上がった。

 そして、あたしの方へ身を乗り出して、囁いた。


 「しかし、このことが、『砦』にばれてしまえば、罰を受けてしまいますよ!」


 ユキさんの、真剣な表情。

 こんなあたしを、心配してくれているんだ。

 ほわぁ、と暖かい気持ちが胸の奥から湧き上がってくる。


 「そしたら、こう言うよ。

  大切な友達に会いに来て、何が悪いって」


 あたしは、じっとユキさんの目を見返しながら言った。

 あたしは、この人ともっと話がしたい。

 だからこそ、今日もここに来る、と決めたのだ。

 自分の意思で。

 ユキさんはそれを聞いて、きょとんとした表情をした。

 すとんっとイスにもたれこむように座る。

 そして、小さく笑った。

 どこか、ほっとした顔で。


 「ははは。

  ええ、そういうことなら、私も、貴女を歓迎します――大切な、友人として」


 「はいっ」


 あたしたちは、顔を見合わせて大きな声で笑った。

 ひとしきり笑った後、あたしは、ユキさんに紙袋を差し出した。


 「これは?」


 「......学校からの帰りに寄った、美味しいケーキ屋さんの、イチゴジャムとスコーンです。

  あっあたしにはっ、作れなかったし、この間の、お礼にって思って......」


 やばい、恥ずかしくなってきた。

 袋を受け取ったユキさんは、中を見て嬉しそうに顔をほころばせた。


 「おいしそうですね!

  ありがとうございます。

  ......、一緒に、食べますよね?

  これと合う、お茶も用意しますので」


 「はい、ありがとうございます。

  もちろん、いただきます!」


 ほどなくして、紅茶の香りが部屋いっぱいに広がった。


 「今日は、ダージリンを用意してみました」


 「そういえば、ここにも、チョコとか、ダージリンとか、あるんですね」


 なんか意外。

 異世界って、植生とか、全く違うイメージがあるんだけどな。


 「ええ、ここと向こうは繋がっていますし、気候が同じであれば育ちますから。

  逆に、こっちにあって、向こうにはない、というものはいくつもあります」


 「ああー」


 確かに、そりゃそうだ。

 異世界の不思議植物なんてこられては、生態系が破壊されるところじゃあ、済まないだろう。


 「んー、いや、そもそもそういう特殊な植物は魔法界でしか、生きられないかと。

  あとは、逆に、向こうの世界の流行り病の一部は、こちら側では全く流行しないということもありますね。

  さあ、準備が出来ましたよ。

  どうぞ」


 「へぇ~、あ、ありがとうございます」


 あたしは、ユキさんからお茶を受け取った。

 ふわっと独特な甘い香りが漂う。

 続いて、あたしのぶんのスコーンとジャムが取り分けられた。


 「「いただきます」」


 あたしは、スコーンをがぶりと齧った。

 ここのは、外はさくっ、中はふわっとしているタイプだ。

 バターの甘みが、じゅわっと口の中に広がる。

 ここのお店、やっぱり何でもおいしいなぁ。

 ちなみに、前に友人とネットで調べてスコーン作りに挑戦した際、どうしてか、パイのような物が出来上がった。

 レシピ通りにやったはずなのになぁ、あれはあれでおいしかったけど。


 「なるほど。

  なにか、薄力粉と強力粉、バター、牛乳、砂糖、塩、ベーキングパウダー以外に入れたものがありますか?」


 なんかさ、目が獲物を見つけたマッドサイエンティストの目なんだけど。

 気のせいにしとこ......。


 「えっとー、思い当たるのは、レシピ通りですけど、ヨーグルトを入れたことですかね」


 「レシピの中では、卵を入れるものがあると聞いたことがありますが、ヨーグルトですか......」


 少し、顔をしかめて考え込むユキさん。


 「うう、でも、ホットケーキだと、膨らませるために、ヨーグルトか、あと、マヨネーズを入れるって、聞いたことがありますけど」


 「へぇ、マヨネーズですか?」


 「はい。

  あたしは、やったことは、ないですけど」


 なんか、分量間違えて、おやつじゃあなくて、おかずにしちゃいそうなんだよね。


 「なるほど、それは朝食によさそうですね」


 だめだ、目がきらきらしてるっ!

 ていうか、健康上大切な朝食をスイーツで済ませるつもりなのか、この人は。


 「さいですか……」


 巻き込まれないようにしようっと。

 あたしは、朝食はちゃんといただくタイプだし。

 そう考えつつ、今度は、イチゴジャムをつけてもそもそと食べる。

 イチゴジャムは、市販の製品のような甘ったるいだけではなく、ちょっとだけ甘酸っぱい。

 「初恋の味~!」と騒いでいた子が約一名いたっけ。

 てかお前恋したことあるのかと突っ込んだのは内緒である。

 それにしてもこのジャムは、スコーンのような、あまり甘くないものと一緒に食べることを想定しているためか、それのどこか素朴な甘さを引き立てるようだ。

 ちらっとユキさんを見ると、ユキさんは鮮やかな手つきでスコーンを横に割り、半分に割ったそれにジャムを塗り、口に運んでいた。

 わあ、綺麗。

 なんか、この人、どんな教育を受けたのだろうか。

 映画のワンシーンみたい......。

 あたしはぼうっとその様子を見ていた。


 「どうかしましたか?」


 「ひぃ、いえいえっ、なんでもないですっ」


 まさか、スコーンを食べる様子が美しすぎて見惚れていましたなんて、恥ずかしくて言えない。


 「そうですか?

  いえ、また、どこか、暗い顔をされていましたから」


 そっちかよ。

 思わずあたしは両手で頬を押さえた。

 そんなに落ち込んだ顔を、していたのだろうか。


 「そんなに、すごい顔色ですか?」


 「ひとの顔色を読むのに長けたものであれば、わかってしまう程度ですが」


 ユキさんが、鋭すぎるだけなんじゃあないだろうか?


 「えへへ、いや、あれから、ちょっとだけ学校休んじゃって、そのことでいろいろ言われちゃって。

  それで、落ち込んでいただけですよう」


 へらり、と笑う。

 そう、それだけだ。

 最近のあたしは、なんか些細な事でもずるずる引きずりやすくなっているだけなのだ。

 すると、ユキさんは、ぎゅっと顔を顰めた。


 「そうでしたか......」


 ユキさんは、まるで自分が言われたかのような、悲しそうな顔をした。

 そして、ごめんなさい、と呟いた。


 「つらいことを、思い出させてしまいましたね」


 「そんなっ、ユキさんが、謝らないでください。

  それに、あたし、ユキさんにこんな風に話を聞いてもらえて、すごく助かってるんです。

  友人には、こんな弱い自分、見せたくないですから......」


 話しつつ、あたしは、うつむいてしまった。

 そう、完全なあたしのわがままだけど、あの娘には、こんなあたしを、見せたくないのだ。

 見栄っ張りかもしれないけれど。


 「そうですね、私も、その気持ちは、分かります。

  しかし、私も同じようなことをして、友人に叱られてしまいました。

  『そんなに自分は頼りないか』と」


 「友人さん、かっこいい......!」


 ぱっと顔を上げて、ユキさんを見る。

 ユキさんは苦笑した。


 「まあ、今、かつてそう言った友人からも逃げてここにいるので、ひとのことは言えませんが。

  ただ、知っていて欲しいのです。

  きっと、同じようにご友人のかたは、おもっているのではないでしょうか」


 「そうですかね」


 なんかでも、前半、聞き捨てならないことを聞いたぞ?

 あたしは、口をひらいて、そのことを聞こうとした。

 だが、その前にユキさんが遮るように話しかけてきた。


 「しかし、こう考えることはできませんか?」


 「え?」


 あたしは、首を傾げた。

 どういうことだろう?


 「あ、いえ、貴女の体調が悪そうなので、休めばいい、とか、体調が良くなるまで、学校に来ない方がよい、と言ってくれた、という考え方をできないかと」


 「ええ?」


 ポジティブすぎる考え方だな。

 でも、そう言われれば……。

 あの娘たちの会話をちゃんと聴いたわけではないのだ。


 「ええ。

  あまりにも楽観的すぎる考え方は危ないかもしれません。

  しかし、そのほうが、気分的には、楽なのではありませんか?」


 「......、確かに」


 そうかも。


 「時には、そのような好意的な考え方をするのもありだと思います」


 「はい」


 あたしは、素直に頷いた。


   *   *   *


 次の日の朝。

 あたしは、また、ホームルームの扉の前で立ち尽くしていた。

 さっきから、どきどきと心臓の音が、うるさいくらいに鳴っている。

 ポジティブ、あたしのポジティブ、帰ってこい......!

 あたしは、大きく深呼吸をした。

 その時、あたしの背後から、気配がした。

 あたしは、くるっと後ろを振り向いた。

 その姿を見て、あたしの心臓がきゅうっと握りこまれたように痛んだ。

 ――あの娘、昨日の......!

 『学校に来るな』と言っていたグループの娘である。

 どうしよう……。

 たすけてぇ、ユキさん!


 「あれ、だれかと思えば、花丘じゃん。

  おはー」


 「おはー?」


 花丘とは、あたしの姓である。

 念のため。

 それにしても、めっちゃフレンドリーに挨拶されました。


 「あっはは。

  なんだ、元気じゃん。

  やっぱ、花丘は、笑顔が一番だよ」


 「は、はぁ......」


 なんだ、この子。

 なに、朝っぱらから口説き文句と紛らわしいこと言ってるの!


 「ほい、これ、やるよ」


 そして、あたしにのど飴を一つ渡して、彼女は先に教室に入っていった。

 もしかして、あの娘......。


 「ツンデレ......?」


 そのツンデレっ娘は、あたしのこれからの学校生活において二番目の親友になるとは、そのときのあたしは、まだ知らなかった。

 ここまでお読みくださり、ありがとうございます。

 作中に出てくる、「ありえなかった仮説を~」のセリフですが、あの有名な名探偵、シャーロック・ホームズの言葉です。

 ミサは、別の本で紹介されたそのセリフだけを覚えていたようですが。

 そして、『スコーンがパイになっちゃった』事件ですが、これは筆者の実体験です。

 筆者の場合は、材料を量る際に失敗したのが原因ですが......。


 第3話は、8月、場合によっては、7月下旬更新予定です。

 次回はユキさんは登場せず、ミサと友人二人のトークになると思います。

 というわけで、紺海碧でした。

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