表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/10

1.少女と不思議な塔

 長編初投稿です。

 よろしくお願いします。

 あたしは、とにかく『絶望』していた。

 人間関係、将来のこと、不安な気持ちが比例したように急激に下がってしまった成績……。

 悩めば悩むほど、深くて昏い底なし沼にはまっていく感覚から、どうしても抜け出したいのに抜け出せなくて、あたしは毎日魂が削り取られる感覚を味わっていた。

 死にたい......。

 いつの間にか、そんな言葉が、自然と浮かぶようになっていた。

 死んだら、こんなどうしようもない悩みから抜け出せるんじゃあないかと考えていた。

 そんな中、四月の終わりごろのあの日、あたしは友人とケンカをしてしまった。

 家族とはなかなか心を繋げられないあたしにとっては、唯一、気持ちを分かち合えるひとだったのに。

 今となっては、彼女が何とかして今にもどこかへ行ってしまいそうなあたしを、心の奥底から心配して、繋ぎとめようとしたのだとわかる。

 だけど、あの当時のあたしにはわからなかった。

 逃げるように二人っきりの教室を飛び出して学校から走り去ったあたしは、家にも帰らず、ふらふらと町中を歩いていた。

 特に目的地があったわけではない。

 ただあてもなく、半分ぼんやりとした意識で歩いていたので、だいぶ危険な行為をしていたのだが、当時の私はその自覚すらなかった。

しかし、そんな私だったからこそ、あの場所に、そしてあの人に出会えたのだと思う。

 歩いているうちに見慣れないひっそりとした公園の前までやって来ていたあたしは、普段ならそんなことはしないのに、何かに引き寄せられる気持ちがして、そこに足を踏み入れた。

 申し訳程度に置かれたちょっとボロ......、歴史を感じる遊具に、何の木だろうか、公園の奥までぐるりと一方通行に続く、両端に木が植えられた遊歩道だけの、本当に小さな公園だ。

 せっかくなので、行けるところまで行こうと、あたしは遊歩道に足を踏み入れた。

 進んでいった道の終点には、ひと際大きな木があった。


 「へぇ......」


 木の前に立つと、看板が建っているのを見つけた。


 「順路?」


 そこには確かに、大きく、順路、と書かれ、その下には、左向きの矢印があった。


 「この木の周りをぐるっとまわれと?」


 やってやろうじゃあないか。

 鞄の取っ手をぎゅっと握りつつゆっくりとまわる。

 看板の前まで来たとき、何か突き抜けた感覚がして、くらっと立ちくらみがした。

 思わずぎゅっと目を瞑り、その場にしゃがみこんだ。

 しばらくして、そろそろと目を開いた。


 「ここはどこ?」


 リアルでこのセリフを言うなんて、思わなかった。

 そこは、明らかに公園ではなく、森だった。

 しかも右手には、赤茶色のレンガで建てられたと思しき高い塔がある。


 「わぁ、ファンタジー」


 夢でも見ているのかな。

 そう思うのは、無理もないと思う。

 とことこと塔に近づく。

 玄関のドアの前には数段の階段があり、その上には、庇もついていた。

 あたしは階段に座って自分に言い聞かせた。


 「これは夢。めっちゃリアルな夢」


 そしてあたしは――、寝た。

 それはもう、ぐっすりと。


   *   *   *


 目が覚めると、そこは見慣れた自室の天井――ではなく、見知らぬレンガ造りの天井だった。


 「夢じゃあ、なかった......?」


 さて、ではここはどこでしょう?

 ひょっとして、あの塔の中とか?

 塔自体も、どこに建てられているかわからないが。

 というか、なんでここにいるんだ。

 謎を探るべく、あたしは変に固い、寝かされていたベッドから降りて、下に置かれていたローファーを履いた。

 ベッドに横向きに座った状態で部屋を確認すると、右手に窓と机、そしてその上にレトロなデザインのランタンと、お盆に乗った水が入った水差しとコップ、あたしのスクールバックがあった。

 左手には、重厚な木製のドア。


 「さてと」


 外に出られるとしたら、これか。

 そう思いつつ、ドアを開けて廊下に出ると、甘い、いい匂いがした。

 辿っていくと、たどり着いたのは、台所的な場所だった。

 覗き込むと、そこには、腰まである長くて真っ直ぐな、白い髪を持つ人がいた。


 「あの......」


 何やら作業をしているその人――彼女だろうか――に声を掛けると、くるりとその人があたしの方を振り返った。

 彼女を真正面から見て、あたしは思わず息を呑んだ。

 すごく綺麗な人……。

 彫が深く整った顔に、澄んだ空色の瞳。

 髪の色はよく見ると純白ではなく金色がかっていて、年は次の誕生日で十七になるあたしより少し上に見える。

 着ている服は不思議なデザインのコートのようなもので、色は純白だった。

 いや、こんな四月に室内でコートって、某ミステリーに登場する青髪天才美少女じゃあるまいし。

 というかあんな服、どこで買ったのだろう。

 腕まくりをしているせいか、ほっそりとした両腕に一つずつつけられた、デザインが全く違うブレスレットがはっきりと見える。

 あたしを見たその人は安心したように、柔らかい色を湛えて目を細めた。


 「ああ、良かったです、お目覚めになられて」


 わあ、ハスキーな声だ。

 歌手の人みたいに綺麗な声......。


 「えっと、あの……。

  助けてくれて、ありがとうございます。

  あたしは、ミサっていいます。

  貴女は......」


 とりあえず、あたしは名乗った。

 普段は結構ため口だが――たまに先生の前でやってしまって怒られる、あたしの悪い癖だ――、最初くらいは猫被っとこっと。

 彼女は、あたしの方を少し困ったように見た。


 「私の名前は……」


 何か言いかけて、彼女はうつむいてしまった。

 なんか、訳ありなのかな。


 「じゃあ、お姉さんのことあだ名で呼んで良い?」


 あたしは目を輝かせて確認しつつ、案を巡らせた。

 なので、地が早速出てしまっていたことと、彼女がすごく微妙な顔をして、「お姉さん......」と呟いていたとは知らなかった。


 「その髪、雪みたいに白くてきれいだから、ユキさんって、呼んでいいですか?」


 そう聞くと、彼女は一瞬、きょとんとした顔を見せたが、


 「ええ、いいですよ」


 とにこやかに了承してくれた。


 「あのう、ユキさん、ここって、どこですか?」


 あたしは、思い切って尋ねた。

 ユキさんは、少し首を傾げて答えてくれた。


 「ここは、『さいはての塔』と呼ばれる場所で、今は私の住処ですね。

  ところで、ミサさんは、何か苦手なもの、食べられないものはありますか?」


 「え? ないですけど」


 いや、『さいはての塔』とはどこにあるのか。

 塔の名前じゃあなくて、ここの地名を知りたいの。

 聞き方、間違えたなぁ……。

 ん? でも、そんなファンタジックな名称の建物なんて、うちの町にあったっけ?

 内心首をかしげて混乱するあたしに、ユキさんは気づかなかったようだ。


 「今、ちょうど、お菓子を作っていたのです。

  お茶を、していきませんか?」


 思いがけない提案に、あたしは目を丸くした。


 「お茶?」


 「ええ」


 「いいの、いいんですか? その……」


 あたしが尻込みをしていると、ぐうぅぅぅ、とお腹の音が鳴った。

 あたしのお腹の虫である。

 かああ、と頬が熱くなった。


 「その、ありがとうございます......」


 あたしは、ちいさな声で、お礼を言った。

 ユキさんは、あたしに向かって笑顔を向けて、さらに提案をした。


 「そこに、椅子があります。

  良ければそこに座って、私の話相手になってくださいませんか?」


 「あ、はい」


 あたしは、とことこと部屋の隅に置いてある椅子に近づいて、腰掛けた。

 それを見届けて、ユキさんは作業を再開させた。

 すごく、手際が良い。


 「お料理、得意なんですね」


 「ええ、こうして一人で何とかやっていける程度には、家事全般得意ですね」


 「すごい」


 いいな、この人には、得意なことがあって。


 「あたしには、何にもない......」


 卑屈な言葉が、ぽろっとあたしの口から零れた。

 それを、ユキさんは、聞いていたようだった。

 作業の手を止め、しばらく考え込んだ後、あたしに語りかけてきた。


 「そんなこと、ないと思いますよ。

  私も、初めは、失敗だらけでしたよ」


 「そうなの?」


 意外そうなあたしの反応を見て、ユキさんはさらに提案をしてきた。


 「途中からですが、良ければ一緒に作りませんか?」


 「ええ? いいの?」


 「ええ。

  手洗いはあちらに、タオルはこれを」


 「はいっ」


 不思議な強制的に突き動かされて準備を整え、あたしはユキさんの隣へと立った。

 ちなみにユキさんの方が頭一個分程、身長が高いです。

 あたしも決してチビじゃあないんだけどな。

 むう。


 「では、始めましょうか」


 「らじゃー」


 テンションを上げようとしておどけて敬礼をしたが、さらっと流されて、説明が始まった。


 「......、というわけで、こんな風に混ぜて下さい」


 ユキさんは、チョコチップが入ったチョコレート色の生地を混ぜつつ実演してくれた。

 そして、ゴムベラを渡してきた。


 「出来ますか?」


 「ん、飛び散らせないように気をつけるからだいじょーぶ」


 「少々不安になる返事ですね……」


 ちなみにちゃんとミッションクリアしましたとも。


 「みっしょんこんぷりーと」


 「まだまだこれからですよ?」


 ユキさんは苦笑しつつも、生地を型に入れた。


 「それにしても、実は同時並行でクッキーを焼いていたので、助かりました」


 「お役に立てて、なによりです」

 

 さっきから、甘く、香ばしい匂いが部屋いっぱいに漂っているのはそれでか。


 「ええ。

  それでは、こちらも焼きましょうか」


 そどなくして、さらに甘い香りが漂った。

 あたしはちゃっかり先に焼き上がったクッキーを味見として頂きつつ、ユキさんがオーブンの様子を見ながらポットの準備をしているのを見学していた。

 あんな本格的な作業、あたしには手伝えない、足手まといになってしまう。

 実のところ、さっきから恥ずかしい程お腹がなっていたのだ。

 ああー、ココアの生地に程よくオレンジピールが効いていて、美味しい。

 ただ、ドライフルーツが苦手な人はむりかもな。

 あたしはいけるけど。

 あ、ユキさんがオーブンからマフィンを取り出した。

 そして、お茶の準備も終わったようだ。

 すごく、お腹の空く、いい匂いだ。


 「なるほど、それは良かったです。

  さて、あちらに行きますよ」


 そう言って、ユキさんは大きなお盆に、マフィンとティーセットを載せて、食堂らしき場所に連れていってくれた。

 テーブルに向かい合って座る。

 ユキさんは、あたしの前にマフィンを渡した。


 「さぁ、どうぞ」


 「ありがとうございます」


 あたしはありがたく受け取った。

 すると、お茶の最終的な準備をしていたユキさんの方から、柑橘類の香りがした。


 「ハーブティー?」


 「ええ、私は、薬草茶が好きなので」


 「あたし、初めて飲むんだけど……」


 「なら、蜂蜜を入れてください。

  マフィンもありますし、美味しく頂けると思いますよ」


 どんな味なんだろう。

 ちょっとどきどきする。

 ユキさんの方も準備が終わり、席についた。


 「「いただきます」」


 両手を合わせて、まずあたしは蜂蜜を入れたハーブティーに手を伸ばした。


 「あちー」


 おのれ猫舌、味が全然わかんねぇよ。


 「ふふふ。大丈夫ですか?」


 「だいじょーぶ……」


 気を取り直して、もう一度口に含む。

 甘い香りが口いっぱいに広がった。


 「どう?」


 「味が、します!」


 「うん、それは良かったですね......」


 もちろん、わざとである。

 ねぇ、誰か突っ込んで。


 「これ、なんて言うんですか?」


 「ビターオレンジ、です」


 なんか、苦そうな名前。

 美味しいけど。

 続いて、マフィンに手をつけた。

 思ったより、ふわふわしてる。

 カフェで出るようなそれと、本当に変わらない程、美味しそうだな。

 一口、口に入れる。


 「んまー」


 チョコレートのほろ苦い香りと、チョコチップのじゅわっとした甘みが広がった。

 そして、卵と牛乳、バターの柔らかい、甘い味がする。

 思わず、目を細めた。

 甘いものって、すごく幸せになれるんだな。

 気づくとあたしは、涙を流していた。


 「美味しいものを美味しいって言えるのは、生きている者の、特権です。

  だから私は、落ち込んでいる時こそ、美味しいものを食べます」


 涙で滲んだ視界のなか、優しいまなざしで、ユキさんは言った。


 「先程言いそびれましたが、ビターオレンジには、不安を和らげる効果があると言われています。

  私は、あなたがあまりにも死にそうな目をしていたように見えたので、ついついお節介を焼きたくなってしまったのです」


 ユキさんはゆっくりと立ち上がってあたしに近寄ると、ハンカチを渡してくれた。


 「いっぱい泣いていいですよ。

  今日ばかりは、カロリーのことを考えるのはやめです。

  心ゆくまで、味わってください、『生きている』実感を」


 マナーも、気にしないでいいですから。

 いたずらっぽく笑うユキさんの笑い顔は、あたしを、ぎゅっと沼から引っ張り上げてくれた。

 そして舌に残る甘みは、これ以上ないほど、あたしを蕩かせた。

 この味を、あたしは一生忘れない。

 そう、思えた。


   *   *   *


 その後、無事に泣きながら完食したあたしは、ついでに泣きながら寝落ちし、気がつくと一晩たっていた。

 起こしてよ! これじゃあ無断外泊じゃん!

 まあ、仕方ない、と開き直ってちゃっかり朝食までいただきました。

 フレンチトーストとサラダにスープ。

 非常に美味しかったです。

 ユキさんに見送られつつ、塔の外に出る。


 「帰る際はあの正面の、二つの木の間をくぐり抜けなさい。

  楽しい時間を、ありがとう」


 「こっちの方こそ」


 何やかんやいって、あたし、してもらってばっかりだ。

 今度、玉手箱......、じゃあないや、お礼の品でも、持っていかなければ。


 「さあ、いきなさい」


 「うん、また来るね、ユキさん」


 背中を押されて、あたしは一歩踏み出した。

 木をくぐる。

 立ちくらみの感覚。

 目を開けると、そこは、あの公園だった。

 こっちでは、案の定、あたしは一晩行方不明で、例の友人に泣きながらこっぴどく叱られたのは、言うまでもない。

 そしてこれは余談なのだが、あたしのスクールバックに、一つ異常があった。

 見覚えの全くない本が一冊、紛れ込んでいたのだ。

 本には、メモが挟まれていた。


 『覚悟ができたのなら、またおいで  ユキ』


 この本が、再びあたしの人生を変える、まさにほんのはじまりとなったのは、また別のお話。

 ここまでお読みくださり、ありがとうございます。

 現時点では、タグ、けっこうネタバレが含まれています。

 実は、この第1話で、いろんな仕掛けがあるんですよね。

 ぜひ、予想してみてください。

 次話で、ほとんど明らかになりますが。

 ところで、今回、この作品を書くにあたって、色々調べましたが、ハーブティーを実は筆者は飲んだことがなく(これから挑戦する)、描写についておかしい点があるとは思います。

 また、訂正箇所があれば、あたたかい言葉で教えてください。

 次、投稿出来るとすれば、七月かな......。

 それでは、紺海碧でした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ