第008話 呼び出し
商会の受付で僕を出せと騒いでいる人がいる。とミアから聞いて首をひねる。
「タック、何したの?」
腰に手をあて、トリィが聞いてくる。
「僕がしでかした前提で話をするのやめてくれない?」
「今正直に話すなら許してあげないこともないわ。」
許すってなんや。仮にも自分の夫になろうかという人間にそんないじり方しないでほしい。
「心当たりがなさすぎる。」
トリィのからかいをスルーしながら考えたが本当に心当たりがない。
ここで首をひねっていても答えは出そうにないので、受付の方に移動することにした。
開発室も受付も同じ一階にあるので、廊下を向かっていると受付の方からジョニーが歩いて来た。
「タック、いいところに。今呼びに行こうとしたところです。」
と僕の顔を見ると、いつもの笑顔を浮かべたままそう言った。
「ミアから(客が来てると)聞いて。誰が来てるの?」
「ああ、そういうことですか。先ほどお話のあったリール・イニレ様の使いの方が来られてますよ。」
「えー。なんかめんどくさいな。」
一気に行く気がなくなってきた。
「そうも言ってられません。正式な使いの方だそうですが、下品に声を荒げるのでとっとと追い払っていただけませんか。ほかのお客様の迷惑です。」
「ほかにお客さんがいる状況で家名をたてに叫んでんの?バカなの?」
「うちを普通の商会だと思われてるようで。」
とジョニーが笑みを一段と深くする。
あー、これ顔は笑ってるけど、サディストモードの顔だ。
「わたしは商談スペースでお客様とお話してたのですが、外の騒ぎを聞いて中断させてもらってるところです。」
ジョニー自ら対応してたってことは貴族様かそれと同等の影響力がある人が来てるってことか。
そこにイニレ家を名乗りながら僕を出せと叫ぶやつが来たと。
ローデス商会の客には一般人しかいないと勝手に思い込み、優先対応してもらおうとでも思ったのだろうか。
他にもお客さんがいるならしょうがない。出るか。
と面倒くさいがさっさと終わらせることにする。
受付に向かうと、そこには30代後半と思われる男性が腕組みをしながら立っていた。
服装は良さそうだが、体を小刻みにゆすっていてあまり行儀が良いとは言えない。
奥に引っ込んだジョニーが戻ってきたのでこちらを向きなおす。
横にいる僕を品定めする様に見る。
「お待たせしましたが、私がタック・・・」
「遅い! どれだけ私を待たせるつもりかね。イニレ家の正式な使いをこれほど待たせるとは。」
名乗りきる前にかぶせるように怒られた。
あっけにとられたが、まあ予約はなかったにせよジョニーと会話してたりした分待たせたのは事実。
まずは素直に謝ることにする。
「大変申し訳ありません。それで私へのご用件とは?」
「明日の午後、イニレ家のお屋敷に来たまえ。ご令息であるリール様から平民である貴様に話があるそうだ。」
「明日ですか・・・」
午前中は”余”のところに道具もっていかないといけないから・・
お昼は別に後から取るとして・・・
と予定を思い出していると、
「貴様、平民のくせにイニレ家からの招待に対し、躊躇するとは何事だ!
万難を排して、こちらを最優先とするのが当然であろう!」
王城からイニレ家の屋敷があるであろう貴族の邸宅地域への移動時間を考えていたところ、いきなりキレられた。
この人は想像力がないのか?
僕の予定が自身がふるえる権力以上によるものだと思わないのだろうか?
まあ、ローデス商会を普通の商会だと思って平気で声を荒げるぐらいだからその想定がないんだろうな。
だが、それを名乗りもしないこの男にわざわざ伝えてもしょうがない。
少しぼかして言っておくことにする。
「申し訳ありません。明日はすでに午前中に登城するよう仰せつかっておりまして。そちらのお屋敷への移動が間に合うかと心配した次第です。」
と場所だけ伝え、午前中もそれなりの用件であることが察することができるようにする。
「と、登城?! 何故貴様のような平民が・・・ ま、まあよい。確かに伝えたからな。必ず来るのだぞ!」
と言いたいことを言うと、その男は逃げるように踵を返して立ち去ってしまった。
「よろしいのですか?聞いた以上行かねばなりませんが。」
とそばに来ていたジョニーが言う。無礼な招待ではあるが、一応貴族様からの招待だ。無視するわけにはいかないだろう。ジョニーは先ほど口にしていた婚約を邪魔されるリスクを気にしているのかもしれないが、行かないという選択肢は取れない。
「まー、しょうがないから行くよ。」
と男が立ち去った出口を見ながら答える。すると、
「やっぱりタッちゃんの近くは面白そうなことがたくさん起こるわねぇ。」
とジョニーのさらに横のあたりから女性の声がした。
横を見ると、ジョニーの肩の向こうから妙齢の女性がこちらをのぞきながらニコニコと僕を見ていた。
僕より頭一つ低く、褐色肌の女性だった。クリーム色のドレスを着ている。
白金のウェーブがかかった髪も特徴的だが、それよりも両側頭部の耳の上あたりから生え、こめかみの横に伸びている羊角の方が特徴的だった。
獣人。この世界には少数ながらも、亜人が存在する。
獣人の中でも人寄りか獣寄りかの差があるが、この女性は角以外は人と変わらない。
「アド姉?いつこっちに来てたの?」
アドリアーナ・サイフォン。サイフォン商会の会長だ。
それも僕の仮とは違うれっきとした本物の。
血縁関係はないが、小さい頃のなごりで”姉さん”と呼んでしまう。
商会の規模もローデス商会や、僕の実家のタッキナルディ商会と同じぐらい。
扱っている商品がお互いかぶらないので取引することは多いが、サイフォン商会は王国の東に位置するオーグパイム司教領を拠点にしているということもあり、アド姉と会うのは久しぶりだった。
僕が学校を卒業した時以来だから1年ぶりか。
「つい、さっきよ。ターちゃんに会う前にさっさと用事をすませようとジョニーと話をしてたんだけど、面白そうな声が聞こえてきたので中断してたの。」
ジョニーと商談してたのはアド姉か。
まあそれぐらいの大物でなければジョニーがわざわざ対応したりはしない。
「大きくなったわねぇ。」
と言ってアド姉が抱き着いてくる。お腹あたりに柔らかいものが2つあたる。
と同時にアド姉の頭があたる僕の胸に2つの突起が突き刺さった。
「アド姉、角が刺さってるっ! それに1年前からそんなに変わってない。」
「そう?でも最初に会った時からすると大きくなったわよ。」
先ほど妙齢と言ったがアド姉は僕が最初にあった子供のころからこの姿のままだ。
獣人だがエルフの血も少し入っているそうで外見どおりの年齢ではない。
怖いもの知らずだった子供のころに無邪気にアド姉の年齢を聞いたことがあるが、
ハイライトが消え、横長に伸びた羊目で小一時間ほど見つめられ、
「アドリアーナサンガ ナンサイデモ ビジンダカラ ボク キニシナイヨ。」
と言わされた記憶がある。うん、思い出しただけで寒気がしてきた。
「アド姉さん、お久しぶり。私のタックを返してもらえるかしら。」
と後ろからトリィの声がした。寒気はこれか?!
「ええーっ、いいじゃない。久しぶりなのに。」
とアド姉はさらに僕に体をこすりつけてくる。顔は見上げて僕の顔を見るようになっているので角は当たらなくなっていて、お腹に心地よい感触が継続的に伝わってくる状況だ。
「どうして私にはハグしないのに、タックにはハグするのよ!」
とトリィが言うと、
「だってぇ、ターちゃん、私がハグするとうれしそうな顔するんだもん。」
とアド姉さんが言うと、トリィが僕をにらむ。
いや純粋に再会を喜んでいるだけで、お腹にあたってるポヨンは全く関係ない。
「ターちゃんがお姉さんと結婚するっていうから、お姉さんターちゃんが大人になるの待ってたのになぁ。」
「アド姉、それは僕が子供のころの話でしょ。」
僕が5歳くらいの話だ。
「あら、ちゃんと口頭合意したのよ。子供だからとか関係ないわ。」
「口頭合意なら私もしてます!」
とトリィがアド姉さんと僕の会話に割り込む。
「みなさん。」
とそこにジョニーがその身を僕たちの間に割り込むように入り、その笑顔を多少こわばらせながらこう言った。
「受付スペースで痴話げんかはやめていただけますか。やるなら中で。アドリアーナ様も商談の続きは後で。」
その威圧と正当性に負け、”痴話げんかじゃないよ”と反論することもなく、おとなしく奥の開発室に移動することにしたのだった。