第078話 誤解
「タック・・・ 何をしてるの?」
トリィが僕に質問してくる。
殺気を僕に目いっぱいぶつけてきている。
怒っている?
何故?僕は泣いてるヒビキをなぐさめてただけなんだが・・・
「トリィ!これは違うの。」
とヒビキもあわててトリィの怒りを鎮めようとする。何が違うのかわからないけど。
「ヒビキ、あなたとは後でゆっくり話しましょう。」
とトリィは立ち上がったヒビキの肩を抑えて、部屋の外へと促す。
ヒビキを部屋の外に押しやると、トリィは隣の部屋にいるらしいミアに向けて
「ミア、私タックと話があるから誰もいれないでちょうだい。」
と声をかけると、扉を閉め、部屋の鍵をかける。
トリィはゆっくりこちらを振り向き、先程の無表情のまま近づいてくる。
「トリィ?」
と声をかけるが、トリィは何も答えないまま僕に抱き着いてきた。
体重もかけて来たので、僕は抱き着かれた状態のまま後ろに押し倒される。
背中から床に落ちると思ったが、トリィは僕を押すと同時に少し床を蹴って飛んだらしく、背中からベッドの上に着地する格好になった。
トリィが僕の腕ごと抱えてるので僕は身動きが取れない。
僕のお腹に柔らかいものが押し付けられるが、殺気の理由がわからないまま無邪気に喜ぶのは危険だ。
トリィは僕の胸の所に顔を押し付けたまま何もしゃべらない。
「トリィ?」
と再び声をかけると
「ヒビキとこの部屋で何をしてたの?」
と顔をこちらに向けないまま聞いてきた。
「ああ、ヒビキが僕の護衛を辞めるって言ってきたから辞めないでほしいって頼んでた。」
「ヒビキが護衛を辞める?どうして?」
と僕の胸から顔を少し離し、こちらを上目づかいで見ながら聞いてくる。
「ガブリエラにあっさり眠らせられたり、僕を救出にこれなかったり、護衛としての責務が果たせてないからって言ってたよ。」
「ガブリエラ?って誰?」
ああ、しまった。内緒だった。
「ベラのこと。」
「ベラちゃんが仮面かぶってた巫女さんなの?」
「そう。だけど諸事情あってガブリエラがベラってことは内緒ね。」
「ふーん、まあベラちゃんのことはいいけど。なんでヒビキは泣いてたの?」
「護衛としてふがいないって。」
「だって相手は魔獣、じゃないけどそれと同格の獣人でしょ。相手が悪いわよ。」
「僕もそう言ったんだけどね。」
というとトリィは僕の背から手を抜き、上半身を起こした。
僕も上半身を起こそうとしたが、トリィは腰を僕のお腹の上にずらし、それをさせてくれない。
傍から見るとマウントポジションを取られた状態になる。
「状況はわかったわ。」
良かった。わかってもらえた。でもわかってくれたならなんでこのポジション?
「でもね、私が扉を開くとタックが泣いてるヒビキの頭をなでながら、”僕はヒビキにいてほしいんだ。”って言ってる状況だったのよ。それを見た私の気持ちもわかってくれるかしら?」
うーん、確かに状況や僕のセリフは紛らわしかったかもしれない。
「申し訳ない。」
「ミアの時と言い、ローラさんの時と言い、ヒビキの時と言い、タックの言動には問題があるわ。」
「申し訳ない。返す言葉もない。」
「一通り終わったかと思えば、テムステイ山の上位陣は女性ばっかりだし。」
「それは僕のせいじゃなくね?」
「そうなの?私の前でエヴァちゃんとベラちゃんが4番から7番の数字を決め始めたんだけど、何か知ってるかしら?」
「・・・」
あいつら、周りをもう少し確認してから始めろよな。いや、わかってて始めたのかもしれない。
僕が黙ってしまったのを見ると、トリィは微笑みを浮かべ質問をつづけた。
「2番と3番は誰なのかしら?」
「だ、誰だろうね。」
「1番の子は大事にされてるのかしら。」
「だ、大事にされてると思うよ。」
「そうかしら?釘を刺した次の日には1番の子の前からいなくなっちゃうし、戻って来たかと思ったら1番の子じゃなくて他の子の相手をしているのよ。」
「いなくなりたくていなくなったわけじゃないし、バタバタしたけど、ちゃんと1番の子との時間は取るつもりだったと思うよ。」
と言うとトリィはそれまで浮かべていた微笑みを消し無表情に戻った。
何かしくじったか?と思い身構えると、トリィは上半身を少し傾け、僕の肩をつかむ。
「タック・・・」
「な、なにかな、トリィ。」
「私、パーティの時に1番として扱われるのもうれしいとは確かに言ったけど、タックに側室を取っても良いと明言したつもりはないのだけど。」
「う、うん。知ってるよ。」
「なのにどうしてみんなが順番決めているのかしら。」
「いや、そこに僕の意思はなくてだね・・・」
「側室を取る気はないの?」
「うん、それはこないだ王城でトリィが大立ち回りした時にアド姉たちにも言ったと思うんだけど。」
というと無表情から少し表情がついて疑問の顔になる。
「じゃあ、なんで側室の話が再燃してるの?」
「理由は2つあるんだけど、怒らず聞いてくれる?」
と僕が予防線を張るが、
「怒る怒らないは聞いて決めるわ。少なくともすべて包み隠さず話さないと怒るわね。」
とトリィは一瞬で予防線を突破する。
「1つはテムステイ山の上位陣がアド姉が僕と結婚したがっていることを知って、自分たちもってなったこと。ちなみにアド姉のことを話したのは僕じゃなくてローラさんだからね。」
「ふーん。」
とトリィの目つきが厳しくなったものの、怒った様子はない。
「もう一つは?」
「今回僕がテムステイ山を制圧したじゃない。ローラさんが言うにはそれが功績になるらしく、僕陞爵されるかもしれないんだってさ。そこでローラさんが自分は第3だからそれ以降で決めてくれってエヴァ達に言い出して。」
「ふーん。」
セリフは先ほどと同じだが、トリィの表情はかなり剣吞なものに変わってしまった。
「いや、ローラさんにも何か考えがあるんだと思うよ。多分。」
「タック。」
と剣呑な表情で僕を押さえつけたままトリィが僕の名を言う。
「はい。」
「王国に戻るまで私たち別行動は止めましょう。」
「ど、どういうこと?」
「ずっと一緒にいるってことよ。会食も打合せも。」
「それはいいけど。」
不安だからいろいろ把握しておきたいということだろう。それに対して否はない。だが、
「もちろん寝室も。」
というトリィの言葉には反応せざるをえなかった。
「いや、それはまずいでしょ。」
「何がまずいの?私たち結婚するから、おじ様たちに挨拶に行ったりロッコさんの相手にも会いに行くんでしょ?」
「そうだけど結婚式まではまずい。」
「何故?」
と無邪気な顔をして聞いてくる。小首をかしげながら聞くんじゃない。
「僕が理性を保てなくなったらどうするの?」
「タックが理性を保てなくなったとして私をどうこうできるの?」
とトリィに言われてはたと気づく。前世の感覚で男優位の感覚でいたが、トリィが本気で逆らったら僕には押さえつけようもない。
「タックは私が何を心配しているかわかってるのかしら?」
「何を心配しているの?」
「私の知らないところでタックが他の女に盗られちゃうことよ。だから盗られないように近くで見張っておきたいの。」
そんなことはない。そう言いたいのは山々だが、つい昨日攫われたばかりの身であんまり強くも言えない。
「良いでしょ?」
そう言われ、返す言葉もないので首肯する。まあ僕が誘惑に負けても力ずくでどうこうできるものはないので、僕がたしなめられて終わるだけだろう。それでトリィの不安が少しでも解消できるならどうってこともない。
「決まりね。じゃあ、ごはんを食べましょう。」
トリィはにこやかに宣言するとベッドから降り、隣の部屋にいたミアとヒビキを呼ぶ。
ガブリエラとエヴァはまだ打ち合わせのため馬車番を続けるらしい。
あと僕とトリィが打ち合わせをしている間にローラさんから伝言があり、ここを統括しているグリフィス辺境伯に朝一で挨拶してから出かけるので、出発はお昼前になるそうだ。
「少し時間が空くなら、僕たちも朝一でここの冒険者ギルドにテムステイ山関連のクエストを撤回してもらうように依頼に行こう。」
とそれまでの方針を決める。するとトリィが
「じゃあ、ベラちゃんが叩きのめして縛ってるやつを明日ギルドに連れて行った方が良いかもしれないわ。ユニコーン関連のクエストが出てるみたいよ。」
「街から出ることもせずに達成しようとしているってこと?」
「依頼料が高額みたいよ。それに街中で済むなら探す手間も省けるし。」
「冒険者なんだから冒険しろよな。」
とつぶやきながら4人で晩御飯を食べる。
トリィが食事をしながら「今日からタックと寝るから。」というと一時騒然とし、ミアが「お嬢様?!」と普段上げないような声を出したが、トリィが「護衛は必要。」「タックが誘惑に負けても私が勝てる。」「そもそもタックも誘惑には負けない!」と言うと僕も黙ってうなづくしかなかった。
ミアは何か言いたげな顔をしたが、僕がうなづいたので言うのを止めたようだ。
ヒビキは先ほどの件があるせいか、顔を真っ赤にして黙っている。誤解は解けたんだから言いたいことがあれば言えばいいのに。
食事が終わるとミアは食器を下げ始めた。ヒビキはベラたちに明日の予定の連絡を告げに行った。
彼女たちの打ち合わせが終わっていれば馬車番を交代するようだ。
部屋を出ようとするヒビキに身体強化の指輪を渡す。
これまでの反省をいかして箱に入っている出来立ての物だ。
依頼されてる品だが、後でまた作れば良いだろう。
ヒビキは受け取ると「ありがとう」と赤い顔をしたまま礼を言い、外に出て行った。
直に渡したのではないから、婚約指輪として渡したことにはならないと思うのだが。
赤い顔をされると、トリィがジト目で僕を見るから辞めてほしい。
「トリィはどうするの?」
「もう寝るわ、昨日もあんまり寝てないし。」
そういうと僕たちの部屋に躊躇なく入っていく。
「ミア、僕も魔道具いくつか作ったら寝るよ。後はお願いしていいかい?」
そう言って部屋に戻る。
部屋に入るとトリィはすでにベッドに入っているようだ。
キングサイズのベッドの半分は膨らんでいる。
ランタンのあかりはあるが疲れたのでもう寝ているのだろう。
僕を信用するにもほどがある。
明日冒険者ギルトに行く用事もあるので1時間だけ作業し魔道具を2つ完成させると、僕も寝ることにした。
ランタンのあかりを消し、トリィがいないであろう膨らんでない側に身体を滑り込ませる。
目をつむり寝ようとすると、腕をそっと誰かがつかむ。
誰かと言ってもトリィしかいないんだけど。
「寝てなかったの?」
「寝てたわ。タックが入ってきたから起きたの。」
「起こしちゃった?ごめんね。」
「ちがうの、最初からタックが入ったら起きるつもりだったし。」
「ん?どういうこと?」
「タックに聞きたかったんだけど。」
「何?」
「タックは自分が理性を保てない場合の心配をしてたじゃない?」
「うん。」
「わたしが理性を保てない場合はどうする気だったの?」
この程度だと運営から怒られないはずだ。
と思いたい。




