第067話 領主の護衛
「もう少し悩むと思っていたよ。」
と握手をほどくとエヴァがほっとしたように言う。
「いや、悩むも何も処遇なんだから。ちなみに僕が拒否したらどうなってたの?」
「了承するまで説得かな。」
選択権をあたえてもらってるようで実はなかったらしい。処遇という表現は正しい。
「僕に従属魔法をかけるって話にはならないの?」
「従属魔法の勉強その1になるけれど対象がすでに誰かを従属させている場合は支配下全員を丸々抱えるだけの魔力量が必要になる。ほぼ全員を配下に従えている君を従えるのは骨だね。」
「その従属魔法だけど解除できる?」
「できるけど解除は一人ずつになる。解除しなくても重ね掛けしない限り自然に効果は弱まるけど。」
「無理強いは好きじゃないので、希望しない人は解除しようかと。」
『私は解除しなくて良い。』
『私もこのままで大丈夫です。』
と速攻でガブリエラとウィンから念話で返事が来た。
渋い表情をした僕を見たエヴァは何があったのか察したのだろう。
「まあ、解除用の魔法陣は別なので、その魔法陣を覚えると良い。」
そう言って僕に魔法陣を見せてくれる。一応作って解除してほしい人がいたら解除しよう。
『現時点ではいないと思われます。』
『私もそう思う。』
とこの場にいるメンバーから即座に否定される。何故だ。
「あと念話の制御ができないんだけど。」
「ああ、思考が駄々洩れになるって嘆いていたことか。意識すれば調整できるようになる。慣れだな。」
とエヴァからざっくりした回答が来た。
「慣れとはいえ・・・君は念話で何人と同時に会話できる?」
「同時にって?ベラとウィンとは普通に念話で相互に会話できてたけど。」
「違う違う。本当に同時に、だ。1100人から念話で同時に話しかけられて応対できるかい?」
「無理。」
「そこは普通に人なんだな。」
どこもかしこも普通の人だが。
『驕らないマスターはかっこいい。』
とベラから念話が伝わってくるが聞き流す。
「アナスタシア、アギレラとミクラを連れてきてくれないか。」
「わかった。」
エヴァの頼みに短く返事をし、アナスタシアは広間を出ていく。
「私は3国への使者の人選をしておくわ。」
とヴァレンティナも立ち上がる。
「使者?」
「私たちはタックの物になりました。って各国に伝える人よ。」
こともなげに言うヴァレンティナ。いや、言い方よ。
そこにアナスタシアが戻ってきた。
片手に刀を、もう片手には手のひらより少し大きい程度のクッションをトレイのように持っている。
エヴァは2名の名前を告げた気がするが、誰かが一緒にいる感じもしない。
アナスタシアがテーブルにクッションを置くと、そこのくぼみに小人のような生き物が丸まって寝ていた。
髪は黒く、白い貫頭衣のようなものを身にまとっている。
服から除く四肢は褐色だった。貫頭衣の背中には切れ目がありそこから透明な翅が出ていた。
翅は折りたたまれているせいか何枚あるかまではわからない。
「妖精?」
思わず口にした僕にエヴァは首肯し、寝ている妖精に話しかけた。
「アギレラ、起きてくれないか。」
そう声をかけられた妖精は身体を震わせ、目を開け上体を起こす。
目は黒白目と言うのだろうか。人の黒目部分と白目部分が逆だった。
「エヴァ様。おはようございます。すみません。何年振りかに静かになったので睡眠をとらせていただいておりました。」
「起こしてすまないね。君に新たな主人を紹介したくて。」
そう言われた妖精はその目を僕に向ける。
「初めまして、マイマスター。私ダークフェアリーのアギレラと申します。」
と頭を下げる。僕がマスターと言うことはわかるらしい。
「タックだよ。よろしくね。アギレラ。」
と声をかけると、一瞬不思議そうな顔をしたが、笑顔になった。
「アギレラは思念応対の達人でね。私の代わりにみなの意見をとりまとめてもらっている。」
「いえいえ、それほどでも。」
「タックは思念通話が得意でないらしくてね。私の時と同じくアギレラに情報の取捨選択をしてほしい。」
「かしこまりました。」
「タック、まずはアギレラと念話で会話してみようか。」
とエヴァに言われ、アギレラと目を合わせる。
『こんにちは。アギレラ。』
と心の中で思ってみると、
『こんにちは。マスター。聞こえております。』
と伝わってきた。
「できたよ。」
とエヴァに告げると
「次に従属しているメンバーとの念話をタックではなくアギレラとつなぐようにイメージする。」
と続けて指示してきた。
「エヴァ、私はマスターと直接話したい。」
とここでガブリエラが主張する。
「ではガブリエラとウィンとアギレラ、それとミクラは除いてくれ。」
エヴァがそう言いなおすが、
「ミクラって?」
と聞くとアナスタシアが手に持っていた刀をテーブルに置く。
ただの刀のようだが・・・と思ったが
『よろしく、マスター。ミクラという。』
と目の前の刀から念話が飛んで来た。ウィンもそうだが中性的な声だ。
「リビングソードのミクラだ。ウィンと一緒に君の護衛になる。」
とアナスタシアが補足する。
護衛。なるほど。ここの主になるってことはそういう役割の者も増えるのか。
人じゃないって特徴はあるけれど。
「さてとミクラが誰かわかったところで、先ほどの念話の調整の続きをしようか。」
とエヴァが促す。ヴァレンティナはアギレラとミクラの紹介が終わったタイミングで出て行った。
ガブリエラとウィンとアギレラ、ミクラを視界に入れながら、この4人以外の念話の窓口を僕からアギレラにシフト。と念じてみると一瞬何かが自分から離れるような感覚があった。
アギレラを見ると、小さくうなづき、
「切り替わりました。みな指示を待っております。」
と聞かれる。
えっ、指示出さないといけないの? と思わずエヴァを見ると
「全員作業は割り振ってある。別命あるまで現作業を継続と伝えておいて。」
と言うのでアギレラにその通り伝える。
いかん、男爵になってもそうだが、何をしたらよいかが良くわからない。
君臨すれども統治せずで、のんびり魔道具作りにいそしむ生活を送りたかったのだがどうしてこうなってるのだろう。
ここの領主としてのふるまい方も後でエヴァに聞こう。
「よし、ではタック。」
とエヴァが再び不敵な笑いを浮かべる。
「今度は何だい?」
とおずおずと尋ねると
「君の席は今からここだ。」
とエヴァは自分が座っていた椅子から立ち上がり、そこを僕に勧めてきた。
そこは長机の端っこで、通常家長が座る席だ。
なるほどこちらから聞く前にふるまい方を教えてくれるらしい。
勧められるままそれまでエヴァが座っていた席に座る。あったかい。でも口にはしない。
テーブルの上に置いてあったミクラを、椅子の右に立てかけておく。
「座るのはいいんだけどね。まずは僕の同行者の安全を把握したいかな。」
「アギレラに命じると良い。治安部隊から遠目が使える斥候を出してくれる。」
と僕が座っていた席に座りなおしたエヴァが僕に伝える。
『アギレラ、頼めるかい。王国から帝国に向かう街道沿いで男女合わせて6人で馬車は2台のはずだ。』
トリィのことだから一旦集合してから今後の方針を固めるはずだ。
アド姉がここに来てみんなにちゃんと集めた意図を説明してくれるといいのだけど、事情が分からない今、それだけを頼りに行動するのは危険だ。
『承知しました。伝えます。』
「処遇が決まったとして、僕はここにいないといけないだろうか?」
とエヴァにストレートに聞いてみる。
「別にずっといないといけないということはない。むしろ所有権を認めてもらうために各国を行脚しないといけないかもしれない。正直どう転ぶかは私もわからないんだ。」
と肩をすくめながらエヴァは言う。
「じゃあ、僕は明日の、じゃない、もう今日か。今日の夕方には帝国領に入らないといけない予定だったんだけど。そんな早いタイミングでここを離れてもいいかい?」
エヴァは少し考えた後、
「我々の帝国向けの使者と同行するんだったら良い。あとアギレラたちは連れて行ってほしい。」
と告げた。
連絡役と護衛は必要だろう。そこは問題ないので首肯する。
「あと夕方に帝国領に着きたいとのことだが方法はないでもない。使者を送るのに使おうと思っていた方法があるからそれを使うといい。ちなみに君の同行者も連れていける。」
ダメもとで言ってみたがなんとかなるものだ。
そもそも捕縛されて半日で立場が大きく変わってしまったので、予定通り進むのかどうか全くわからなくなってしまったが、少なくともローラさんには相談したい。
『タック様。』
とここでアギレラが念話で僕に話しかけてくる。
『なんだい、アギレラ』
『斥候に出た者からの報告ですが、女性2名がこの屋敷に向かって急速接近中だそうです。』
なんだろう。その2名はすごく身近な人間の気がする。
『1人がアド姉だったら、妨害せずにここに通すよう伝えてくれる。』
『了解しました。』
残したメンバーでテムステイ山にためらうことなく入ってきそうなのはトリィとアド姉。
2人にずいぶん心配かけてしまったな。
と思った時、現状を考え非常にまずいことに気付く。
2人が今の僕の状況を知ったらなんて思うか・・・
のんきに”心配してもらってる間にここのボスになっちゃった”とか言ったら殺されるかもしれん。
なんと説明したら怒られないか。少ない時間で考えをまとめようとする僕だった。




