第066話 領主
「へっ?」
思わず声が出る。
「待った待った。どうしてそうなるの?」
とエヴァに向かって言う。
「ここにいるほぼ全員を従属させておいて何を言ってるんだ、我が君。」
と問われたエヴァは笑みを浮かべながら僕に言う。悪い笑みだ。
「我々3人だけでは何もできないのであなたに全面降伏しようという結論に至った。」
と向かいに座っているアナスタシアが言う。甲冑のままなので感情が全然わからん。
「幸いにもすでに従属しているガブリエラもひどいことをされていないようなので、私たちにも人道的な配慮をお願いしたいですわ。」
と右隣のヴァレンティナも言う。こちらも黒子なので感情が全然わからん。
「僕の処遇を検討していたんじゃないの?」
「処遇を検討した結果、あなたを主にしようという結論に至ったのだけど。」
と代表してエヴァが答える。
「僕はただの魔道具士だよ。」
「ご謙遜ね。普通の魔道具士はこれほど正確に、早く魔道具を作成できない。おまけにどんなに魔力量が必要な魔法でも起動可能な魔力持ちだし。」
「その代わり魔法が使えない。」
「魔道具が作れるのであれば些末な問題。あなたの価値を一切損なうものじゃないわ。」
「僕はレイスリン王国の男爵だ。一応領地はあるければ、ここにいる人数の生活を支えることはできないよ。人数も知らないし。」
「人数は1124名だ。生活を支えるというが、一応自給自足はできている。食料を保証してほしいわけじゃないの。」
結構人数はいる。先ほどキャンプ地と言ったが、この屋敷以外に生活している人たちもいるようだ。
だが男爵領に期待しているわけでもないらしい。
「じゃあ僕が主になることによる君たちのメリットはなんだい?」
と素直に聞くことにした。
「まず前提から話をするとわれわれは全員訳アリだ。テムステイ山を土産に周辺3国(レイスリン王国、ミゼラ帝国、オーグパイム司教領)のどこに近づいても、誰かが出ていかなければならない。」
「訳アリって魔獣認定されたり、奴隷だったりってこと?」
「同じ部族から追放されたものもいる。」
とエヴァはアナスタシアとガブリエラを見ながら僕に伝えた。
「それが僕が主になると?」
「3国との距離感を保ちつつ、交流を起こすことができる。」
「いや、だから僕はレイスリン王国の・・・」
「でもご両親はミゼラ帝国の貴族。兄上はオーグパイム司教のお相手なのだろう?」
「そりゃそうだけど。」
「ここであなたがテムステイ山を攻略したと3国に伝えたとしましょう。3国はどう動くと思う?」
レイスリン王国の領地として素直に認めるか?
これまで遠征で犠牲を多く出してるのに”はい、そうですか。”と領有権を王国に渡すとは思えない。
「でもこれまで各地に魔獣が出て、被害を出しているのだろう。その被害者たちが君たちを許すのか?」
「それも3国と交流したい理由の一つ。冒険者や狩人達の領内への侵入を制限したい。」
「冒険者や狩人?」
「そう、彼らはここを治外法権として、魔獣の子供を殺したり、卵を盗んだりしている。」
「ひょっとしてクエストで?」
「何のタスクの為にしているかまでは知らない。でも普通子供を殺されたり攫われたりしたら犯人を追いかけるでしょ?」
「魔獣は迷い出たわけではなくて、犯人を捕まえに出ただけ?」
「そう。ちょっかいだされなければ外には出ることはない。でも犯人を追いかけてテムステイ山から外に出たらこちらが魔獣として討伐対象となってしまう。ただしこれからテムステイ山が一個人の領地となったら?」
「領内での冒険者達の活動に制限をかけることができる。」
「そのとおり。勝手に出入りする者を取り締まることもできる。」
ガブリエラが小刻みに首を縦に振っているので嘘を言っているわけでもなさそうだ・・・
うーん、魔獣が出た原因が他にあるとわかれば納得してもらえるか?
こういったのは心情的なものなのでしこりは残るが、どうしようもないか。
それよりも・・・
「君たち自身は仲間が討伐されたことに対して外部の人間に悪感情はないの?」
「仲間?ああ、外部で討伐された魔獣はみな私たちが食用に飼ってる家畜クラスだよ。」
「へ?」
「逃げ出した家畜で外で処分されちゃったって感じ。文句も言えないし、あきらめてる。」
「外では大騒ぎで倒してたんだよ。」
「人はそれなりに能力ないと駄目でしょうけど。私たちはほら、訳アリだから。元奴隷の人間以外は大抵家畜クラスには勝てるわ。」
それを聞き、周りを見回すと全員がうなづいた。
『ウィン、君は?』
『私は向かってくれば勝てますが、逃げられると追いかけられないですね。』
あー、負けないんだ。
「ちなみにさっきの1124人だっけ、そのうち元奴隷じゃない人はどれくらいいるの?」
「300人ちょっとかしら。」
「そんだけいれば3国に勝てるんじゃない?」
「無理ね、数の暴力に押しつぶされるわ。」
確かにアド姉やトリィみたいに単騎で魔獣倒せる人も何人かいるし、領土を広げても維持できないか。
非戦闘員の800人を24時間守りながらというのも難しいだろう。
「我々は戦争をしたいわけではないんだ。ただこのままジリ貧になるのを甘んじるつもりもない。」
「外部と対等な関係になりたい。そのために僕の立場を利用したいと?」
「そういうことだね。」
とエヴァは言い、口をつぐんだ。伝えたいことは言ったということだろう。
あとは僕の返答待ちということか。
「2つ条件がある。」
「なんだい?」
「1つは戦争だけでなく戦闘行為もできるだけ控えること。」
「それはこちらも望むことだ。」
「冒険者たちに対してもだよ。」
「相手次第だができるだけ控えよう。」
「もう1つは君に対するものなんだが。」
「私?」
と訝しげにエヴァが眉をひそめ聞き返す。
「従属魔法の制御方法を教えてくれないか。思考が全部念話で伝わってるんだ。」
というとエヴァは一瞬キョトンとした表情をすると笑いはじめた。
「そんなことで良いなら喜んで教えるよ。」
そういうとエヴァは片手をこちらに差し出した。僕も手を出し差し出された手を握る。
しばらく握っていると外からどよめきが聞こえた。
いつの間にかブルーノがいなくなってる。
先程伝えられた僕の軍門に下る話を外にいる人たちに伝えたのだろう。
どうやらここにいる人たちの面倒を見ることになってしまったらしい。




