第063話 従属魔法
マスター
獣巫女が僕にそう伝えた瞬間、それまでなごやかだった朝食の雰囲気が一変した。
「どういうことかな?どうしてガブリエラが君をマスターと呼ぶ?」
エヴァンジェリンが僕を睨みながら言う。
獣巫女の名前はガブリエラって言うらしい。
「昨日あなたがタックにかけようとした従属魔法を試したらしいわよ。」
僕の代わりにアナスタシアが答える。
「従属魔法を人が使えるわけないだろ!」
エヴァンジェリンがアナスタシアにかみつく。
「この子、魔道具士だそうよ。瞬間記憶持ちで一度みた魔法陣は再現できるんですって。」
「人の魔力量で補えるわけないだろ。」
「あなた、この子をただの人間と思ってない?アドリアーナを姉呼びするくらいよ。」
”この子”と子供呼ばわりされるのも、人扱いされてないのも納得いかんが、2人が話をしてくれているのでまかせることにする。
「私の従属が解けた理由はアドリアーナの弟、タックと言ったっけ?彼が私の魔法を上書きしたからってこと?」
「そうね。」
「さらには私より出力が大きかったから、私のはレジストできるガブリエラにも効いてるってこと?」
「そうね。」
「すぐには信じがたいわね。」
エヴァンジェリンが険しい目つきを変えることなくこちらを睨む。
「で? 仮に君はここにいるほぼ全員を従属させて何をしたいわけ? 言っておくけど私には効いてないからね。」
「何をしたい?」
と思わず聞き返す。
「あなた何も考えずに私の従属魔法使ったの?」
「使ってみないとどんな魔法かわからないじゃないですか。」
と言い返すと、エヴァンジェリンは少しポカンとした表情を見せた後、
「従属魔法と知らずに使ったの?危険だとか思わなかったの?」
「危険って、エヴァンジェリンさんは僕にそれを使おうとしたんですよね? 人質にしようかって人間に攻撃魔法撃たないですよね。」
「逃げないようにデバフ効果を与えるような魔法かもしれないじゃない。」
「でもアナスタシアさんが手かざしただけで防げる魔法でしょう?」
そう答えるとエヴァンジェリンは得心が言ったようだ。
「そういうことね。アナスタシアが手をかざすと防げる魔法だから実験しても大丈夫と思ったと。」
「はい。」
「アナスタシアは特別よ。」
と言い、エヴァンジェリンはアナスタシアを見る。
アナスタシアはうなづき、
「私は体質的に魔法が効かない。だから従属魔法は私にも効かない。」
なるほどレジストできる理由としては能力値的なもの以外に属性的なものもあるのか。
魔法が効かないということは、身体強化や回復魔法も効かないという事か。
鎧を付けてるのは物理防御力を高めているということだろう。
「で、君はガブリエラに何を命令したんだ?」
それまで黙っていたヴァレンティナが僕に聞く。
「命令はしてないですけどね・・・」
「念話で命令したからガブリエラは仮面を外したんじゃないの?」
記憶にない。そもそも従属しているという認識もなかったしなぁ。すると、
「命令じゃない。」
と仮面をテーブルに置いたまま、座っていた獣巫女が口を開いた。
「マスターから、ご飯食べる時に顔隠すってどういうこと? と念話が来たので外した。」
なるほど、確かに思ったけど、思ったことがそのまま伝わるのは隠し事できなくなるってことでまずい。
『何もまずくない。私はマスターが何を考えても黙っておく。』
とさっそく目の前のガブリエラが念話で話しかけてくる。
『言わなきゃ大丈夫ってわけではないんだな、これが。』
失礼なこと考えても伝わってしまうってことやんけ。
『私はマスターがどんなこと考えても嫌いにはならない。』
駄目だ、これ念話じゃなくてこっちの思考が駄々洩れなだけだわ。どうやって制御するんだ?
「2人で念話で話すのはやめてもらえないか。」
とアナスタシアが僕たちに言う。
さすがに顔を向き合わせたまま無言だったらわかるらしい。
「顔を隠すなって言われても、出してないってことはヴァレンティナはレジストできてるの?」
と向かって右側ではエヴァンジェリンがヴァレンティナに聞いていた。
「何?あなた私も従属魔法にかかってると思ってたの?」
「正直わからなかった。最悪アナスタシアと私だけかなと覚悟したわ。」
「良かったわね。仲間がいて。」
「3人だけだけどね。」
とエヴァンジェリンが言う。かかってない人が少ないことで困っているのだろうか。
「話に割り込んでごめんなさい。従属魔法にかかってない人なら他にもいますよ。」
「なんでそれがわかるの?」
と話に割り込んだことを気にした感じもなくエヴァンジェリンが聞く。
「念話が通じませんでしたから。」
「誰が従属魔法にかかってないの?」
とエヴァンジェリンが聞いてくる。
「アナスタシアさんの部下のターシャさんです。」
「ターシャ?」
とエヴァンジェリンがアナスタシアに視線を向けながら言う。
どうやら知らないようだ。縦割り組織でお互いの部下全員までは把握できてないのかもしれない。
「アナスタシアさんが僕につけてくれたメイドさんです。」
「ふーん。」
とエヴァンジェリンはアナスタシアから視線をそらさず言う。
アナスタシアは特に何か答えるそぶりも見せない。無言のままだ。
少し視線の交錯が続いたが、
「まあ、それは後でいいでしょ。ガブリエラも強制されて仮面を外したわけでもなさそうだし、まずは朝食を食べましょう。」
とヴァレンティナが沈黙をやぶり、ようやくご飯を食べることになった。
パン、サラダ、卵、腸詰をようやく腹に収める。
他の4人はと言うと・・・
エヴァンジェリンは最初から素顔をさらしたままなので、そのまま食事。
ガブリエラは仮面を外して素顔になったので、そのまま食事。
アナスタシアは鎧に下顎部だけを前方にずらす機能があるらしくその隙間を使って食事。
向かい合わせだったので下顎部さえも見ることができなかった。
ヴァレンティナは黒子の内側に食べ物を入れて食事。
隣ではあったがあまり横ばかり見るわけにもいかないがこちらも何も見えなかった。
食べ終わった皆にガブリエラが紅茶を淹れてくれた。
人質の身ではあるが、逃げられる算段がつかないうちは慌ててもしょうがない。
アド姉が迎えに来るか、ここを出る手段をゆっくり考えよう。
そう割り切ることにした。兄ちゃん、結婚式でれないかもしれないけどごめんね。
そう思っていた僕だったが、エヴァンジェリンの次の言葉がそれを打ちくだいだ。
「さて、それでは君の処遇を決めようか、タック君。」




