第061話 検証結果
『マスター、マスター。』
と腕を揺すられる感覚で目が覚める。
目をあけると仰向けに寝ていた僕の左腕にくるまった金属の輪っかが、勝手に左右に転がって僕の腕を揺すっていた。
「ウィン?」
『おはようございます、マスター。アナスタシア様が来られてます。』
扉をノックしている音がする。
「どうぞ。」
と声をかけると、扉を開け黒鎧が入ってくる。
「体調はどうですか?夜遅くまで灯りがついていたと聞きましたが。」
夜更かしして魔法陣の実験していたとは言えぬ。
「ええ、大丈夫ですよ。」
「もう少しで朝食ができるそうなので呼びに来たのですが・・・」
と黒鎧は僕を見る。正確には僕の首から下の服を。
「昨日から服装が変わっていないのは良くないですね。」
「いや、そうは言っても昨日着のみ着のままでこちらに連れてこられたので。」
黒鎧のままのあなたがそれを言いますか?と思いながら答える。
「そうでしたね。では代わりの服を持ってくるように伝えておきましょう。」
着替えを取りに帰っても良いですよ。とはならないらしい。
「そういえば、聞きたいことが。」
「昨日もたくさん答えましたが?」
「あれから新しく発生した質問です。」
「なんでしょう。」
と服を見ていた黒鎧が、角度を少し上げ僕と向き合う。
時間停止の魔法陣のことを聞いてもよいが、まず先に聞きたいことがある。
「昨日僕の護衛についてくれた、ウィン、ですか?僕のことをマスターと呼ぶようになったのですがなんでですかね?」
「呼ぶ?ウィンは発声できませんが。」
「なんというんですかね。頭の中に直接聞こえるというか。」
『念話です。マスター。』
僕の左手に絡まったままのウィンが伝えてくれる。
「ウィンが言うには念話というそうですよ。」
とウィンから教えてもらった単語をそのまま黒鎧に伝える。
すると黒鎧は甲冑のままおでこのあたりに手をやり、
「朝からエヴァが騒いでいた原因はあなたでしたか。」
とつぶやいた。
「えっ?僕何かしたんですか?」
「従属魔法が解除されたと騒いでいたのです。」
「従属魔法とはなんですか?」
と思わず聞き返す。なんだそれ?なんでそれの解除が僕のせいになる?
「言葉の通り、相手を従属化する魔法です。昨日エヴァがあなたにかけようとした魔法です。」
なんつー、恐ろしい魔法を僕にかけようとしたんだ、あの娘は。
「従属化した者とは思念で会話できます。とはいえ近くにいる者か、術者が望まないと会話できませんが。」
黒鎧はそこまで言うと僕に一歩近づいて来た。
「いくつか聞きたいことがあります。私もさんざん答えたので答えられるものは答えてくださいね。」
口調は優しかったが、雰囲気が拒否を許さない感じだったので黙ってうなづく。
「アドリアーナがどうしてあなたを気にかけるのか気にはなっていましたが、先にそれを追求すべきでしたね。あなたは一体何をしたんです?」
黒鎧にそう問われ、昨晩のことをどこまで話すか少し迷う。
「実は僕は魔道具士でして、昨日目にした魔法陣を試してみようかと昨晩テストを。」
甲冑の隙間から見えるヘーゼル色の目が見開いているのが見えた。
アナスタシアは机の椅子に僕と向き合う形に座るとこう言った。
「あなたは昨晩エヴァの魔法を試したのですか?」
「はい。」
「あれは人には言語化できないはずです。魔法陣にしてテストしたということでね。」
「あー、そもそも僕は魔力はありますが、魔法は一切使えません。最初から魔法陣一択です。」
「・・・。魔法陣を作成するのには時間がかかると聞いたことがありますが。」
「僕は1つの魔法陣を作るのに30分程度で作れます。」
「・・・。そうですか。でも先ほど目にしたと言いましたがエヴァが見せたのはあの時だけですし、発動時は私が手で塞いでいたでしょう?」
「僕は瞬間記憶持ちでして。魔法陣が浮かび上がっていれば十分です。」
「・・・。効果もわからないのに試したんですか?」
「試さないとどんな魔法かわからないでしょう?それに僕に向けてきたものなので、火球とかの危険なものではないかと。」
「・・・。あれは結構魔力も必要だと思いますが。」
「はい。寝る間際に全魔力注入しました。」
「・・・。アイテムを使って魔力を補填したわけでもないのですね。」
「はい。そうですね。どれだけ魔力注入すればいいかもわかりませんし。アイテム持ってても使わなかったと思いますよ。」
質問に答えるたびに少し間が空く。感心してるのか呆れているのかは甲冑越しなのでさっぱりわからない。
「なるほど、にわかには信じがたいですが、エヴァの従属魔法をアイテムの補助なしで上書きしたということですか・・・」
30秒ほどあごに手をあてていた黒鎧だったが、ふとこちらを向くと。
「私の魔法も試したのですか?」
と聞いていた。隠してもしょうがないのでうなづく。
「そうですか。どうでしたか?」
と少し興味深そうに感想を聞いてくる。
「真っ暗闇になってしまうので、ちょっと使いづらいですね。」
と答えると、黒鎧は笑い出した。
甲冑が両手を口元にあてて笑うのはかなりシュールな絵面であるがそこは口にしない。
「魔力感知も合わせて使えばいいではないですか。」
「あっ。」
と思い至る。確かに魔力感知を使えば魔力を帯びたものが視覚化されるので、真っ暗闇にはならない。
魔力を帯びたものとは生き物や魔道具のことだ。
「今度試してみます。」
と答えると黒鎧はようやく笑うのを止め、立ち上がると、
「そろそろ朝食の時間です。着替えを持った者を寄こすので、着替えてください。」
と言うと部屋を出て行った。
『ウィン。』
とウィンの方を見ながら口に出さずに話しかけてみる。
『なんでしょう、マスター。』
どうやら、念話で口に出さずに会話できるみたいだ。便利。
『エヴァが従属魔法使ってたのはテムステイ山のどれくらい?』
『ほぼ全員ではないでしょうか。抵抗できていたのは10に満たないかと。』
『というとそれを上書きしたということはほぼ全員が僕の味方ということ?』
『そうなりますが、エヴァ様の魔法を抵抗できるということはそれだけで強者ですので、数はなんの保障にもなりません。』
そうか。黒鎧も特に変わった様子はなかったので抵抗側だな。
となると、昨日の4人は変わってないだろう。
『抵抗したかどうかの見分け方は?』
『念話で話しかければよろしいかと。従者であれば無視はできません。』
なるほど。わかりやすい。
『恐れ入ります。』
『あれ?今念話しようと思ってないけど。』
『感情は伝わりますので。』
『そっか、じゃああんまり嘘もつけないね。』
『いえ、マスターが口にされることがこの世の真実です。』
あまりの重さに口を閉じる。と同時にドアがノックされた。
『どうぞ。』
と扉に念話で回答してみたが、しばらくすると再びノックされた。
どうやら抵抗側の誰からしい。
「どうぞ。」
と口に出して言うと、身長180cmほどの長身のメイドが手に服を携えて入ってきた。
「アナスタシア様からタック様の着替えを手伝うよう仰せつかりましたターシャと申します。」
と左右に伸びた耳を持ったダークエルフの女性はニコリともせずにそう言った。




