第060話 アナスタシアの魔法
「アドリアーナを姉と呼ぶなら私のことも姉と呼んでいいですよ。」
本気とも冗談ともわからないセリフを残してアナスタシアは出て行った。
アナスタシアの年齢はわからないが、僕よりも年上なのだろう。
僕を子供扱いしているところを見ると、僕の母親ぐらいなのかもしれない。
「そんな人の小さい頃を面倒見てたってアド姉いくつなんだ?」
と独り言を言ってみるが、昔のトラウマを思い出しそこは永遠に追求しないことにする。
「さてと」
と言い、部屋を見渡す。
机、椅子、ベッドとシンプルなつくりだ。
机の上にはアナスタシアが置いていったランタンがある。
机の引き出しを開けると筆記用具もそろっているようだ。
寝る前に今日見た魔法陣だけ確認して寝よう。
本当だったら脱出のために睡眠を十分とっておく方がよいとはわかっているが好奇心が勝る。
・アナスタシアが見せてくれた魔法
・エヴァが僕にかけようとした魔法
の2つを書き起こす。
「どちらからやるかだが、・・・まずはアナスタシアの魔法かな。」
あれの謎がわからないと、最悪逃げ出すことになった場合も対処方法が取れない。
「さてと・・・」
とおもむろにアナスタシアの魔法陣に魔力を注いでみる。
必要な魔力量がわからないので、とりあえず”風弾”と同じくらいの量で試す。
1瞬あたりが暗くなったような気がする。
「ランタンの火が弱くなった?」
いや、暗くなる前と火の大きさが変わった様子もない。
ランタンの火を見ながら、初回の2倍程度の魔力量で試す。
すると先ほどより気持ち長めに暗くなった。
暗くなったというよりもランタンの火が見えなくなった感じだ。
ランタンの火だけでなく自分の周りすべてが。
3倍、4倍と試すが暗闇になる時間が延びるだけだった。
「光が消える魔法?」
いや、そんなことはない。僕が掴まった時にそんなことは起きなかった。
だが、魔力量をだんだん増やしていっても時間が延びるだけでそれ以外の変化はなかった。
やってみればわかると思ったけど、意外に効果の判別は難しい。
エヴァの魔法もあるし、今日はこれくらいにして明日アナスタシアと会話してヒントを得よう。
そう判断して、とりあえずわかっていることを紙に書き記そうと思ってペンに手を伸ばす。
暗闇でももともとペンのあった場所はわかっていたつもりだったが、指で弾いてペンを転がしてしまった。暗闇なのでどこにあるかわからない。
「しまったなぁ。光が戻ってから書くか。」
そう独り言ち、ペンのあった場所を見ながら暗闇が解除されるのを待つ。
解除した瞬間に、指の近くにあったペンが机の下に落ちる。
「ん?」
と思わず声が出た。
何故暗闇が解除されるまで、ペンは落ちなかった?
「まさか・・・」
と思いついた仮説を検証すべく、落ちたペンを拾い再度宙に投げ、ペンが空中にあるうちにアナスタシアの魔法陣に十数秒分の魔力を注ぐ。
十数秒後、光が戻ると宙にあったペンが重力に引かれ床に落ちて行った。
「時間停止?」
自分だけ動けるけど光も動かないから何にも見えないってことか・・・
見えないから使い勝手はいまいちだが、これなら動きを検知して作動する”空壁”が効かないわけである。
タイムラグなく後ろに回られた理由もわかった。
使えるシチュエーションはいまいち想像できないが魔道具を作ることを決める。
「次にエヴァの魔法陣を試してみますかね。」
先程同様とりあえず”風弾”と同じくらいの量から試し始める。
・・・
「何も起きないな。」
先程の時間停止(?)と違い、何も変化が起きない。
注入する魔力量の問題かと思い、”風弾”の20倍まで試したが何も起きなかった。
「書き損じたのかなぁ。そんなことはないはずなんだが。」
自分の瞬間記憶を考えるとそれは考えずらい。
「とはいえ時間停止(?)でも時間を取っちゃったし、よく考えたらもう真夜中なんだよなぁ。」
早めに寝ようとした時に捕まって、ここまで移動して、魔法陣検証して。といろいろしている。
最後が一番時間かかっている気もするが、気のせいだろう。
「いずれにしてもそろそろ寝ないとなぁ。」
と言いながら、エヴァの魔法陣を見る。
「少なくとも注入する魔力量が不足してる可能性だけでも消しておくか。」
と残った魔力を全部投入して寝ることにする。
これで駄目なら魔力不足と言う事で僕には使えない。とひとまず判断できる。
魔法陣に手をあて、残る魔力を全部注入する。
一瞬魔法陣が緑色に光ったように見えたが、魔法陣を書いた紙が放射状に引きちぎれて燃えてしまった。
「駄目か・・・」
種族的な制約とかがある魔法なのかもしれない。
「何の魔法か知りたかったんだけどな。」
とひとりごちて寝ることにする。
何が起こるかわからないから、腕輪や服はそのままで寝る。
ベッドに横になろうとすると、ベッドの脚から金属状のものがくねくねと登って来て、僕の左手の腕輪の周りにしがみついてきた。
ウィンって言ってたっけ。
僕の護衛って言ってたから、寝る際にも近くにいてくれるということだろう。
「お休み、ウィン。」
と言って目をつむると。
『お休みなさい。マスター』
と脳内に誰かの声が聞こえてきた。
「えっ?」と思わず口にする。
『わたしです。ウィンです。念話で会話しております。』
なんだよ、会話できるんじゃん。もっと早く言ってくれたら会話できたのに。
それよりなんだよ、マスターって。
といろいろ聞きたいことが浮かんだが、睡魔がすぐそこまで迫っていた。
明日起きてからいろいろ聞こう。
すぐに護衛が解除されるわけでもないだろう。
そう思って僕は意識を手放した。




