第059話 敗北の理由
「この部屋になります。」
黒鎧は屋敷の2階奥にある一室の前でようやく僕を肩から下ろすとそう言った。
エヴァ達3人は自分たちの部屋に戻るそうで、僕たち2人だけだ。
「ここがアド姉の部屋?」
「そうですね。ほとんど使ってませんが。」
アナスタシアはそう言うと、僕を真正面から見すえると、
「ウィン、もういいわよ。」
と声をかける。
すると僕の手足を封じていた金属錠がひとりでに開き、廊下にこぼれ落ちた。
落ちたかと思うとたちまち錠としての形は消えうせ、水たまりの様にまとまる。
ただし、色は金属のような光沢をまとっており水銀を連想させる。
銀と言うよりはちょっと鈍色だが、そもそもなんだこれ?
「金属生物です。」
水たまりを見ていた僕に黒鎧はそう教えてくれた。
教えてはくれたものの、初めて見る生き物(?)なので、どう接してよいかわからん。
とまどっている僕を気にせず、アド姉のものという部屋の扉を開けて僕に入るように促す。
逆らったところでどうなるものでもないので、促されるまま中に入る。
部屋はシンプルで机と椅子、ベッドしかない。
机の上には筆記用具が置いてある。後で魔法陣の実験はできそうだ。
「お願いしたいことは明日お話します。今日はここでお休みなさい。ウィンを護衛に付けておきます。」
と言うと、黒鎧は踵を返して立ち去ろうとする。
「ちょっと待った。いくつか教えてほしいことが。」
「なんでしょう? 夜更かしはお肌に良くないのですが。」
「それなら夜襲なんかしかけてこなければいいでしょう?」
「冗談ですよ。教えてほしいこととは何ですか?ちなみに答えられないことは答えませんよ。」
甲冑で表情読めないんだから、冗談かどうかなんてわかるか。
と心の中で思いながら、話を聞いてくれるそうなので情報収集を進めることにする。
それに答えられないことは答えませんよ、と言ってくれた。
嘘をついてごまかすことはしないということだろう。
何故そこまで実直に対応してくれるのかはわからないが、ありがたい。
「僕が解放される条件はアド姉がここに来ることですか?」
「そうですね、来てもらうだけでは駄目で、私たちの質問に答えることがあなたの解放条件です。」
そこはぶれないみたいだ。
トリィを倒さずに振り切ったのは僕が連れ去られたことをアド姉に伝える伝言役としてだろう。
「僕を捕まえた時のことですが、僕は空気で壁を作っていたはずなんですが、どうやって突破したんですか?」
「あら、そんなことしてたんですか。突破した方法は内緒です。」
残念、教えてくれないみたいだ。
だが、黒鎧は右腕を僕の方に差し出すと、
「大サービスですよ。特殊魔法です。」
と言って魔法を唱えると、差し出した右腕の前に魔法陣が浮かび上がる。
だが、魔法陣が完成するかしないかといった瞬間に、黒鎧が消える。
「えっ?」
と口に出した瞬間、僕の両肩に手が置かれる。
「こんな感じですね。」
と僕の後ろから、黒鎧の声がした。何故かうれしそうだ。
先ほど僕が倒された時と全く同じで消えて再び現れるまでのタイムラグがない。
これは認識阻害とは違う。
「まあ、何かわかっても使えないでしょうけど。」
と黒鎧が得意そうに言う。
まあ普通はそうだろうね。と思うが、ここで喜びすぎると警戒されそうなのでおくびにも出さない。
「そうですね。教えてくれてありがとうございます。」
とわざと悔しそうに言う。正体はわからんが再現してみればわかるだろう。
僕からすれば魔法陣を見せてくれた時点で答えを教えてくれたようなものだ。
「次の質問なんですが・・・」
「まだあるんですか?」
「これが最後です。」
「なんですか。」
「僕がアド姉の弟と伝えた時に、それまで感じていたプレッシャーがなくなったような気がします。」
「気のせいでは?」
「いえ、それまで身動きするのもつらかったのが緩和されたので間違いないです。」
「・・・おそらく、姉と呼んだことではなく赤ん坊の時から時々面倒見てもらってると言ったことですね。」
「そこですか?」
「はい。そこですよ。」
と一息つくと黒鎧は僕に衝撃的な一言を伝えた。
「私も赤ん坊のころはアドリアーナに面倒見てもらってましたから。」
と。




